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ヨクルと奇妙な森  作者: フオツグ
第六話

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きっとまた

「うう……ティリル……?」


 ダーイン師匠が意識を取り戻したようだ。俺はそちらに目を向けた。


「体の調子はいかがですか? ダーインスレイヴさん」

「フロスティ辺境伯……? 私は一体……」


 ダーイン師匠はハッと目を見開いて、即座に起き上がった。そして、不思議そうに左目の瞼に触れた。


「目が……!?」

「貴方の目を蝕んでいた瘴気を〝取り除かせて〟頂きました。これで異形化することはないでしょう」


 ヨクルはなんて事もないように言った。実際は取り除いたのではなく、ヨクルに移したのだが……。このことをダーイン師匠に話したら、俺の比ではないくらいに怒るだろう。俺にはその経験がある。

 ダーイン師匠は確認するかのように何度も目元に触れる。


「そんなことがあるなんて……。しかし、これは治らないと……。私は夢でも見ているんでしょうか」

「夢ではありませんよ。残念ながら、失った視力までは取り戻せませんでしたが……」

「……いえ、十分です」


 ダーイン師匠は静かに涙を流した。


「弟子の成長をこの目で見られるんですから。本当に、ありがとうございます。感謝してもしきれません」


 その顔を見て、さっきまでの怒りが静まっていった。もやもやとした気持ちは残ってはいたが、今言うことではないと口を噤んだ。

 ダーイン師匠は涙を拭い、ヨクルに言った。


「フロスティ辺境伯、差し出がましいお願いですが、その瘴気を治す術を……私に教えて頂くことは出来ますか? 瘴気で苦しんでいる同僚が私の他にもいるのです」

「普通の人間がこの魔術を扱うのは非常に危険です。僕だからこそ、出来たことです。かつて、この魔術を使える一族は大勢いたのですが、今はもう、僕しか残っていません」

「……そうですか。いえ、多くを望んではいけませんね。瘴気が消えたことを喜びましょう」


 ダーイン師匠は笑った。


「このことはどうか内密にお願いします。瘴気を即座に取り除く魔術があると知られれば、宮廷魔術師に迷惑をかけてしまいます。彼らはおそらく、僕のように瘴気に抗う術を持っていないはずですから」

「知られたくないなら、何故、一介の騎士なんかにこの魔術を……?」

「雪達が……『助けてやれ』と。ふふ。彼らがそんなことを言うなんて驚きました。余程、ダーインスレイヴさんを気に入ったんですね」

「はは、それなら光栄ですが、多分違うと思いますよ」


 ダーイン師匠は俺に目を向けた。


「ティリルが森での任務を頑張ったおかげでしょう。私はそのおこぼれを頂いたに過ぎません」


 俺は照れ臭くなって、後頭部をかいた。


「このことは誰にも口外しないことを約束します。銀竜のエンブレムに誓って。騎士団長にも上手く言っておきますね」

「ありがとうございます、ダーインスレイヴさん」

「お礼を言うのは私の方です」


 ダーイン師匠は微笑んだ。


「それにしても、あれだけ瘴気に癒着されていたにも関わらず、異形化が進んでいないのには驚きました。雪を目薬にでもしていたんですか?」

「左目が疼くと目の上に雪を乗せてたんです。ほら、雪には異形の湧き穴を塞ぐ効果があるでしょう?」

「雪には瘴気を払う効果があります。効果は微々たるものですが、何年も続けていれば、進行を抑えることが可能です」

「眉唾モノの民事療法だと思ってたが、意外と理に適ってたんだな……」


 俺は感心した。


「──ティリル! かぼちゃニンゲン!」


 ヒューキが村長の家に飛び込んできた。


「ヒューキ! おかえり」

「ただいま! 村、平気か? なんか変な気配した!」

「変な気配?」


 ヒューキは渋い顔でヨクルとダーイン師匠の顔を交互に見た。


「……そっちのニンゲンとかぼちゃニンゲンからだ」

「瘴気でしょうか。もう解決したので、怖がらなくても良いですよ」

「がるぅ……まあ、かぼちゃニンゲンがそう言うなら……」


 ヒューキは不安そうに二人を見つめた。


「フロスティ辺境伯、もしかして彼が……?」


 ダーイン師匠はヒューキを見て言った。


「はい。月追い狼のヒューキさんです」

「わあ……! 本当に人間に近い見た目をしているんですね! 狼の耳に尻尾、かっこいい!」


 ダーイン師匠は鼻息を荒くしてヒューキを見つめた。

 ヒューキはさっと俺の背中に隠れた。


「がる……なんだ、このニンゲン」

「俺の師匠だ」

「シショー?」

「俺を育ててくれた人」


 じゃあ悪い人じゃないか、とヒューキは少しだけ警戒を解いた。


「ダーインスレイヴさん、グラムさんにはお願いしたのですが……」

「ええ、任せて下さい。──彼を立派な剣士にしてみせます!」

「……え」


 俺達はぽかんと口を開けて、師匠を凝視した。


「あの、彼の仲間を探してあげてほしいのですが……」

「……ああ、そうでしたね! 立派な剣士にしつつ、彼の仲間を探します!」


 ヨクルが首を右に左に傾げている。

 俺もダーイン師匠の言動は不可解だ。おそらく、師匠の頭は今、剣に支配されている。グラム騎士団長に話は伝わっているはずだから、師匠にヒューキを預けて問題はないだろう。

 ヒューキとはここでお別れだ。


 俺達は村長の家の外に出た。


「ヒューキ、向こうに行っても元気でな」


 俺は別れの言葉を告げた。


「ティリル、『またあした』か?」

「ん?」

「フレイとフレイヤ、巣に帰る時、そう言う」

「はは。『またあした』は次の日も会う時に言うんだ。この場合は、『さようなら』だ」

「……さようなら、か」


 ヒューキは指をいじいじとした。


「ティリル、狼にならないか?」

「……へ?」


 俺達はぽかんとした。


「狼になったら、群れに入れる。ヒューキと共に(マーニ)追える」


 ヒューキは「それがいい」とうんうん頷いた。


「ティリル、狼になっちゃうのかい!?」


 ダーイン師匠は顔を真っ青にさせた。


「そ、そんなつもりはない! というか、出来ないだろう。……出来ないよな?」


 俺はヒューキに尋ねた。すると、ヒューキは不思議そうな顔をした。


「ティリル、狼なれないのか? かぼちゃニンゲンはニンゲンになれてるのに?」

「ヨクルは元から人間だから……かぼちゃを被ってはいるが」


 俺はため息をついた。

 ヒューキは寂しいのだろう。慣れた場所から離れ、知らないところに行くのだから当然だ。


「ヒューキ、俺は狼にならない」


 俺ははっきりとそう言った。


「手紙を書くよ」

「テガミ?」

「俺の言葉を送る。師匠に読んで貰ってくれ」

「……わかった」

「仲間、見つかると良いな」


 俺はヒューキの頭を撫でた。ヒューキは頷いた。


「ティリル、本部に戻ってくる気はないのかい?」


 ダーイン師匠が俺に聞いた。


「任務なんだぞ。俺の裁量では戻れないだろ。それとも、騎士団長に俺を回収してこいって言われたのか?」

「言われてないけど……」

「なら、俺は任務を続けるだけだ」


 ダーイン師匠はため息をついた。


「ティリルも頑固だよね。誰に似たんだろう」

「師匠じゃないか?」

「師匠はそんなに頑固じゃないよ!?」


「多分、きっと」と師匠は小さい声で付け足した。


 こうして、俺達は村を後にするダーイン師匠とヒューキを見送った。「寂しくなるな」と俺は呟いた。


「人と人はいずれ別れるもの。『きっとまた会える』……とは申し訳ありませんが、言えません」


 ヨクルはそう答えた。

 俺はフッと笑った。


「わかってるよ。申し訳ないと思わないでくれ」

「僕は貴方の任務を終わりにするよう、グラムさんに言えますよ」

「言わなくて良い。ここでの任務、結構気に入ってるんだ」


 俺はそう言って笑い、奇妙な森の方へと歩き出す。その歩みに迷いはなかった。

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