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ヨクルと奇妙な森  作者: フオツグ
第六話

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命を削るもの

「失礼ですが、そちらの目はどうしたのですか?」


 ヨクルはいつもの淡々とした口調で尋ねた。


「ああ、これですか」


 ダーイン師匠は眼帯に手を当てた。


「昔、異形にやられましてね。お恥ずかしい話なんですが」

「何も恥ずかしいことではありません。異形に立ち向かった証です」

「あはは、ありがとうございます」

「見せて頂いても?」


 ダーイン師匠はきょとんとした。


「構いませんが……見て面白いものではありませんよ」


 俺はダーイン師匠の眼帯の下を見たことがない。寝ている時も顔を洗う時も、師匠は眼帯を外すことはなかったのだ。

 触れて欲しくないことなのだろうと、俺は深く聞かなかった。養子として世話になっている身で、聞いて良いことではないと思ったのだ。

 俺も騎士の端くれだ。ある程度の傷は見慣れている。


 ダーイン師匠はそっと眼帯を外した。

 左目の周りには、左下から右上に向かって、斜めに切り裂かれたのだろうであろう傷跡が残っていた。

 ダーイン師匠が目を開くと、濃い紫色の煙が溢れ出ていた。

 俺は師匠の瞳を見てぎょっとした。眼球が濃い紫色に一色になっていたのだ。


「異形の色……?」


 まるで異形のような色だと、俺は思わず漏らしてしまった。


「やはり……」


 ヨクルは立ち上がった。


「近くで見てもよろしいですか?」

「あまり近づかない方が良いですよ」

「瘴気が漏れ出ているからですか?」


 俺は驚いて、ヨクルを見た。瘴気──それは異形がまとう害のあるものだ。

 ダーイン師匠は硬い表情になる。


「このまま放っておくと、貴方はいずれ、異形になってしまいます」

「わかってます。医師にそう言われましたから。治す手立てがないとも」

「そんな……師匠!」


 どうして黙ってたんだ、と責めるようにダーイン師匠を睨みつけた。


「ごめんね、ティリル。本当は言うつもりじゃなかったんだけど」


 ダーイン師匠は眉を下げ、申し訳なさそうな顔をした。

 俺は奥歯を噛み締めた。

 違う。俺は責めたいんじゃない。俺に何も言わず、墓場まで持っていくつもりだったことに腹を立てているんだ。


「グラムさんにはこのことを?」

「既に言ってあります。目がこうなってしまったから、私は戦場から姿を消したんです。戦いの最中に異形化してしまったら、大きな被害が出てしまいますから」

「……失礼」


 ヨクルは師匠の左目に顔を寄せた。


「瘴気に当てられてしまいますよ」

「平気です。僕は瘴気の影響をあまり受けない体質なので」


 ヨクルはじっとダーイン師匠の左目を見つめ続けた。


「……ふむ。大分、瘴気に癒着されているようですね」

「怪我をしてからそれなりに経ちますからね」


 ヨクルはスッと自身のベルをダーイン師匠の目の前に出した。

 ダーイン師匠は不思議そうな顔でそのベルを見つめた。


「『純潔なる銀よ、(じゃ)を退けよ』」


 ヨクルは手首を動かし、ベルを軽く鳴らした。


「ぐっ……!」


 突如、ダーイン師匠が左目を抑え、苦しみ出した。


「師匠!?」


 俺は思わず立ち上がり、師匠に駆け寄った。


「これはかなり深刻だ……。ティリルさん、ホヴズさん、彼の体を抑えて下さい」

「え?」

「左目が見えるようにお願いします」


「わかりました、ヨクル様」と村長は頷き、苦しむダーイン師匠の腕を掴み、椅子に押さえつけた。


「村長、何を!?」

「ヨクル様の言う通りにするんです。悪いようにはせん」


 しかし、苦しんでるダーイン師匠を押さえつけるなんて……。

 俺は迷ったが、覚悟を決めた。


「……師匠、ごめん!」


 俺は村長と共に師匠の体を押さえ込んだ。


「ヨクルは凄い魔術師だから……! 安心してくれ!」


 その間に、ヨクルは窓を開け放った。雪が家の中に侵入する。


「『我は高尚なる銀雪なり。雪上を歩む者の苦痛を和らげよう』」


 ヨクルはベルを構え、詠唱を始めた。ごうごう、と雪風が吹き荒れる。

 ダーイン師匠は唸り声を上げ、目を見開き、あたり構わず手足を振り回した。こんな師匠は初めて見る。彼の狂戦士(ベルセルク)の面を垣間見たときだって、騎士の矜持を忘れてはなかった。今の彼はまるで駄々っ子のようだ。

 ヨクルの詠唱は続いた。


「『我は純潔なる銀。万物の蝕む紫黒よ、我の元へ集え』」


 ダーイン師匠の左目から漏れ出てた瘴気が、ヨクルのベルに吸い込まれていく。


「──鳴鐘」


 ヨクルのベルが一際大きな音を出した。

 ダーイン師匠は体を突っ張らせた後、ぐったりとした。


「師匠……?」


 俺はダーイン師匠の顔を覗き見た。意識を失っているようだ。顔色は蒼白で、呼吸は荒いが、確かに生きている。


「……少し、刺激が強過ぎましたかね。かなり瘴気に癒着されていましたから、荒療治をする他ありませんでした」


 ヨクルが閉じた師匠の左目を開かせた。黒々とした眼球が嵌まっていた。だが、先程までの背筋が凍るほどの瘴気は感じられない。


「瘴気が消えてる……!?」


 俺は歓喜の声を上げた。


「消えた訳ではありません。瘴気を僕の身に移しただけです」


 ヨクルはそう言って、自身のベルを見せた。美しかった銀色の表面がが少しくすんでいた。


「え……移した、って……」

「ああ、しかし、ダーインさんの体から瘴気がなくなった、という意味では、消えたと言えるかもしれません……」

「ヨクルは大丈夫なのか!?」

「瘴気の影響を受けにくいと言ったでしょう? 暫くすれば、瘴気は空中に霧散し、消えます。僕は異形を避ける銀色の服を身につけていますからね」

「だが、あんな瘴気を自分に移して、無事な訳ないだろう……!」


 もし、瘴気に当てられ、俺みたいに記憶を失ったら……。

 俺は拳を握り締めた。


「無茶はするな」

「無茶などしていませんよ」

「じゃあ、顔を見せてくれ」


 俺がそう言った途端、部屋の空気が凍りついたのを感じた。


「ティルヴィングさん、それは……」


 村長は苦言を呈した。


「顔を見たら、無茶してるかどうかわかる。見せてくれ」

「ティリルさん、一体どうしたんです? 今まで見せずとも仲良く出来ていたではないですか。今はダーインスレイヴさんの無事を喜びましょう」

「ヨクル、わからないのか? 俺は怒ってるんだ」


 俺は怒気を含んだ声で言った。

 ヨクルは首を傾げた。


「ダーインスレイヴさんを苦しめたことですか? それに、ティリルさんを加担させたことに怒っているのでしょうか。しかしそれは、彼のために必要なことでした」

「師匠の目の瘴気が消えたことは嬉しいさ。でもな、お前が代わりになるのは違うだろ」

「僕にとって、この程度の瘴気は何ともありません」

「なんで、あんたは自分を蔑ろにするんだ……!」


 俺は自分の気持ちが伝わらないことに憤り、拳を握り締めた。

 ヨクルは一人で何でも出来てしまう。だからか、自分のことはいつも二の次だ。

 俺はダーイン師匠と同じくらい、ヨクルも心配なんだ。どうしてそれが伝わらないんだろう。


「ヨクル様、わしもティルヴィングさんと同じ気持ちです」


 村長が口を開いた。


「貴方様がお優しいのは知っています。ですが、わしらは貴方様も大事なんです。何か大きなことをなさるときは、一度わしらに相談して貰えませんかの」

「……ふむ」


 ヨクルは腕を組み、少し思案した後、頷いた。


「そうですね。少々、軽率でした。僕が使い物にならなくなったら、村人の皆さんに迷惑がかかってしますからね。次からはちゃんと説明してから行動を起こすようにしましょう」

「ヨクル……!」


 そういうことを言いたいんじゃない。俺はもう我慢の限界だった。


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