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ヨクルと奇妙な森  作者: フオツグ
第七話

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穴の中

 落ちる、落ちる、落ちる──。

 どこまで落ちている? わからない。

 ただ一つわかることは、このまま落ちたら地面に叩きつけられて死ぬだろうということだけ。

 横を見ると、ヨクルがいた。目を閉じ、脱力して、落ちるままに落ちている。意識を失っているのだろうか。今はヨクルの魔術だけが頼りだ。

 俺はハンドベルを取り出して、思い切り鳴らした。


 □


 俺は少しの間、気を失っていたようだ。いつの間にか地面に仰向けで倒れていた。しかし、体に痛みはない。どうやら、助かったみたいだ。

 目を開けるとそこは、見知らぬ森の中だった。雪はなく、緑が生い茂っている。雪のない場所を見てみたいと思っていたが、まさかこんな形ど見ることになるとは。

 隣を見ると、ヨクルが片膝をついていた。頭部にいつものかぼちゃの被り物はない。


「はあ……とんだ失態だ」


 ヨクルは肩についたかぼちゃの破片を手で払いながら立ち上がった。


「ご無事ですか、皆さん」


 ヨクルが俺達を見下ろした。正面から彼の素顔がはっきりと見た。

 傷一つない真っ白な肌。紫色の大きな瞳。あどけない顔。美形でも不細工でもない、普通の顔の青年だった。

 何故、今までこの顔を隠し続けていたのか、素顔を見て尚わからなかった。

 ヨクルがこちらの視線に気づくと、慌てて顔を手で覆った。


「やはり、この顔は異様に映りますか?」

「いや! 驚いただけだ!」


 俺は慌てて否定した。


「ただ想像してたのと違って……」

「想像?」

「顔に大きな傷があるとか、強面だとか、そういった、顔を隠している理由があると思ってたんだ。そうは全く見えないからさ。どうして隠してたんだ? 綺麗な顔じゃないか」

「僕もこの顔は気に入っています」


 ヨクルははっきりとそう言った。

 意外とナルシストなんだな……。俺は少し困惑した。


「この顔を晒していると、争いの種になってしまうので」

「争いの種って……何があったんだ」


 俺は食い下がった。自分の好きな顔を隠さざるを得ないなんて、何か大きな事情があったに違いない。

 ヨクルは渋々話し出した。


「……昔の話です。森で迷った人間達を保護しようとして……後ろから襲われまして。全く、不甲斐ない話です」

「襲われた!? 大丈夫だったのか!?」

「僕はそこらの人間に引けを取るような魔術師ではないですから。ティリルさんもご存知でしょう?」

「だが、ヨクルは人に怪我をさせるような人でもないだろ」

「僕のことを何だと思ってるんですか。流石にこの身を害そうとする者に手心は加えませんよ。……彼らは僕の外見が少々人間離れしていたせいで、異形と見間違えたようでした」


 ヨクルは白にも紫にも青にも見える不思議な髪と珍しい色の瞳をしている。確かに、異様に映る。奇妙な森という異変が起こる場所で出会ったなら尚更そうだろう。

 だが、そうだとしても、助けようとしたヨクルを襲うなんて許せない。俺は強い憤りを覚えた。


「当時の僕は自分を客観視出来ていなかったのです。辺鄙な森に住みついてる男が、どのように思われるか、など」


 ヨクルは目を細め、遠くを見つめた。


「……まあ、そのようなことがあり、この顔を無闇に晒すのは良くないと思い、かぼちゃをくり抜いて被るようになりました。どのような理由があれ、この顔を貶されるのは不本意でしたから」


「奇妙な森に住むかぼちゃの怪物が迷い人を導く……面白い御伽話でしょう?」とヨクルはくすりと笑ってみせた。それが何だか痛々しく見えた。


「……村人達にはそのことを話したのか」


 知ったら怒っただろう。ヨクルの何倍も。

 ヨクルはふ、と笑みを浮かべた。


「言いませんよ。下手を打って、助けるべき人間に怪我を負わされた。挙句に、その人間達を救えなかった、など」

「そうか。そいつらは森から出られなかったのか……」

「はい。その頃の僕は未熟でしたから」


 ヨクルは自分が襲った奴らにも心を痛めているようだった。何処までも優しい……人間だ。


「すまない。辛い記憶を思い出させて」

「辛いのは僕ではありません。今も尚、魂を森で嬲られ続けている彼らの方が余程──」

「そうじゃない。なんでお前は自分を蔑ろにするんだ」


 俺はヨクルをじっと見つめた。

 ヨクルは肩をすくめた。


「長く生きているからか、何処か驕りがあるのでしょうね。鼻についたら申し訳ありません」


 ヨクルは悲しそうな顔で謝った。何だかこちらが申し訳なくなったが、話の根幹はそうではない。


「だから……ああ、もう!」


 俺が次の言葉を言う直前、


「──もっと怒りなさいな!」


 公女が代わりに叫んでいた。

 公女とスラオシャも一緒に穴に落ちていたのだった。ヨクルの素顔に目を奪われて、すっかり忘れていた。


「傷ついたのにへらへら笑って、何でもないような顔して……! ああ、腹が立ちますわ!」


 公女はわなわなと肩を震わせていた。


「貴方は深く傷ついてるんですのよ! でなければ、顔をあんな被り物で隠しませんわ! 自分にだけは、嘘をついてはいけませんの……!『嫌だった』、『辛かった』って言いなさいな!」

「……ふふ」

「何がおかしいんですの!?」

「貴女はやはり、善良な方だ」

「からかってるんですの!?」

「さあ? どうでしょうね」

「貴方! 不敬ですわ!」


 ヨクルは子供のような顔で笑っていた。かぼちゃの下ではこんな顔をして笑っていたのか……。

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