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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第三章 解放と神託
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第七夜 濁魂

 亀山にある液晶ディスプレイ工場跡地。


 広大な搬入ドックにバイクを停め、俺たちはヘルメットを脱いだ。

 エンジンの熱気と、張り詰めていた緊張が、冷たいコンクリートの床に溶けていく。


「もう腕パンパンです……」


 煉がその場に座り込み、大きく息を吐く。

 葵もサイドカーから降りるなり、ふらふらと茉奈に寄りかかった。


「お疲れ様、みんな……無事でよかった」


 茉奈が優しく葵の頭を撫でる。

 その表情には、以前のような守られるだけの儚さはなく、全てを見通す静謐な強さが宿っていた。


「ここなら安全じゃろう。武東鉄道のスタッフが手配してくれるまで、少し休むといい」


 詩織さんがゴーグルを外し、乱れた髪を直しながら言った。

 俺たちは用意されたパイプ椅子に腰を下ろし、配給された水を喉に流し込む。

 生きている。

 伊勢神宮という死地を潜り抜け、俺たちは生還したのだ。


「……茉奈」


 俺は隣に座る彼女に声をかけた。


「さっき言ってた『全部見える』って話、詳しく聞かせてくれ」


 茉奈はコクリと頷き、虚空を見つめるように瞳を閉じた。


「うん……やってみるね」


 彼女が小さく息を吸うと、周囲の空気がふわりと揺らいだ気がした。

 神気。

 伊勢で覚醒した茉奈の力が、この無機質な工場跡地を、神聖な空間へと塗り替えていく。


「『神域図』、展開」


 その言葉と同時に、俺たちの脳裏に映像が流れ込む。

 夜の日本列島を、まるで衛星軌道から俯瞰しているかのような光景だ。


「すごっ……これ、衛星映像ですか!?」


 煉が驚きを隠せない。

 暗闇に沈む列島の上で、無数の光の点が明滅する。

 赤く毒々しい光は帝国の拠点や監視網。

 そして、それに対抗するかのように、清冽な青白い光が輝いている。


「この青い光が、神域……神様たちがいらっしゃる場所だよ」


 茉奈が説明する。

 視点がズームインしていく。

 東北の山奥、雪に閉ざされた小さな祠には、村人たちの密かな祈りが光となって灯っていた。

 四国の山間部の廃村では、老人が帝国のドローンから逃れつつ、先祖代々の土地を守る祈りを捧げている。


「すごい……帝国に支配されても、まだこんな祈りが残ってるんだな」


 詩織さんが感嘆の息を漏らす。

 科学と暴力では奪えない、人々の信仰と神気の力――それが俺たちの希望となる。


「そして……特に強い光が二つある」


 茉奈の意識が西日本へとフォーカスする。

 一つは、九州・大分県。


「宇佐神宮。八幡神の総本宮、武運の神様だ」


 もう一つは、中国地方・島根県。

 そこには、他の光を圧倒する太く強大な光の柱が立っていた。


「出雲大社……国譲りの神話の舞台」


 俺はその光を凝視する。

 須佐之男命がヤマタノオロチを討ち、宮を構えた地。

 そして、その子孫である大国主命が、天照の使者に国を譲った場所。


「尊の『和魂』……影響は不明だが、関連は濃厚か」


 詩織さんが扇子をくるっと回す。

 八坂神社で荒ぶる力を制御した経験を踏まえ、次は出雲で『統治の力』を学ぶ可能性がある。


「よし、次は出雲へ――」


 だがその時、茉奈がビクリと体を震わせた。

 顔色が蒼白に変わる。


「ま、茉奈? どうした?」

「……だめ……だめ……!」


 悲鳴と共に脳内の映像が変貌した。

 出雲大社の光の柱は、見る間に黒く濁り、禍々しい闇に変わっていく。


「なっ……なんじゃこれは!?」


 詩織さんも息を呑む。

 帝国の赤い光ではない。もっと粘着質で、生理的嫌悪感を催す黒泥。

 神域から溢れ出し、山々と大地を侵食していく。


「神様が……悲鳴を上げてる……! 穢れが、神域を食い破ってる……!」


 茉奈は頭を抱え、うずくまる。

 その中心に、嘲笑う狐面の男の幻影。それがこちらを見た……


「……神凪」


 俺は憎々しげに呟いた。

 帝国の科学ではない。『残光』による呪術的汚染。


「神凪め……伊勢に気を取られている隙に、出雲を掌握したとは!」


 詩織さんが唇を噛む。

 出雲は落ちた。いや、奪われたのだ。


「……どうします、詩織さん?」


 煉が拳を握りしめる。

 しかし詩織さんは首を横に振る。


「ならぬ。今飛び込めば、飛んで火に入る夏の虫。あの黒い穢れ……対策なしでは尊も茉奈も危うい」


 重苦しい沈黙が落ちる。

 希望の光の直後に、絶望が押し寄せた。


「……戻ろう」


 俺は静かに告げた。

 逃げるのではない。勝つための撤退だ。


 ◇


 数時間後。

 俺たちは武東鉄道が手配した貨物列車に揺られていた。

 窓のないコンテナ車内。だが空気は以前とは違う。


 煉と葵は疲労で眠りこけ、詩織さんはタブレットに向かい作戦を練る。

 茉奈は俺の肩に頭を預け、浅い眠りにつく。眉間には不安が残っていた。


 俺はマジックミラー越しに夜の闇を見つめる。

 その向こう、西の空には、あの禍々しい黒い気配が渦巻くはずだ。


(待ってろよ、出雲)


 八坂神社で手に入れた『神威』。

 伊勢で茉奈が得た『神域図』。

 俺たちは確実に強くなった。


 必ず取り戻す。

 神凪に奪われた神域も、帝国に支配された国も。


 列車は長い汽笛を鳴らし、東へとひた走る。

 遠征の終わりは、次なる激戦への幕開けに過ぎない。

 俺たちの戦いは、ここからさらに激しさを増す――。

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