第六夜 醒め
遠くで響く爆発音と、地響きのような振動。
それが、尊と煉くんが戦っている証だった。
「……行くぞ、茉奈」
詩織さんの静かな声に、私は頷いた。
伊勢神宮・内宮。
本来であれば、玉砂利を踏む音さえ憚られるほどの静寂に包まれた神域。
けれど今は、帝国の無機質なバリケードと、遠くの戦闘音によって、その神聖さは傷つけられていた。
「尊にーちゃんたち、大丈夫かな……」
隣を歩く葵ちゃんが、不安そうに背後を振り返る。
私は彼女の手をぎゅっと握った。
「大丈夫。あの二人は強いもの。それに、私たちがここで立ち止まったら、二人が体を張って作ってくれた時間が無駄になっちゃう」
「……うん! そうだよね!」
私たちは闇に紛れ、木々の間を縫うようにして進んだ。
詩織さんの先導は完璧だった。帝国の監視カメラの死角を突き、パトロールのドローンが通り過ぎるタイミングを見計らって、確実に奥へと進んでいく。
やがて、木々のトンネルを抜けた先に、それは現れた。
正宮。
天照大御神が鎮座する、日本で最も尊い場所。
幾重にも巡らされた瑞垣の向こうに、唯一神明造の社殿が、月明かりを浴びて静かに佇んでいる。
「ここが……」
息を呑む。
空気が、違う。
八坂神社で感じた荒々しくも力強い気配とは異なる、もっと根源的で、すべてを包み込むような温かく、そして絶対的な光の気配。
「さあ、茉奈。神が待っておられる……」
詩織さんに促され、私は石段の下で膝をついた。
地面の冷たさなど感じなかった。
ただ、胸の奥にある『何か』が、目の前の社殿と共鳴して熱く脈打っている。
(……天照大御神様)
私は手を合わせ、目を閉じた。
願いは、一つ。
(力を、貸してください。尊を、みんなを、そしてこの国を守るための力を……)
その瞬間だった。
私の意識が、肉体という殻を破って、急速に拡大していくのを感じた。
視界が白く染まる。
いや、白ではない。光だ。
膨大な情報の奔流が、光となって脳内に流れ込んでくる。
『――接続』
誰かの声が聞こえた気がした。
次の瞬間、私の閉じた瞼の裏に、信じられない光景が広がった。
地図だ。
それも、ただの地図じゃない。
まるで衛星軌道上から地上を見下ろしているかのような、精緻で、それでいて神々しい日本列島の姿。
**[ Divine Domain Map: Expanded ]**
**[ Area: All Japan ]**
**[ Resolution: Maximum ]**
脳内に、システムウィンドウのような文字が浮かび上がる。
これまで関東一円が限界だった私の『神域図』が、一気に拡張されていく。
東は北海道の凍てつく大地から、西は沖縄の珊瑚礁の海まで。
日本全土が、私の掌の上にあるかのように鮮明に知覚できる。
(見える? ……全部…… わかるという方が正しいのかも……)
各地に点在する神社の微かな神気。
山々に眠る龍脈の流れ。
そして、そこで暮らす人々の命の灯火。
それだけじゃない。
意識を凝らせば、無機物さえも検索できる。
帝国の基地、兵器の配置、移動する列車の運行状況。
神の視点と、現代のネットワーク情報が融合したかのような、全知の感覚。
「そこまでだ!」
突然の怒号が現実に私を引き戻した。
目を開けると、数名の帝国軍兵士が銃を構えてこちらを取り囲んでいた。
私の体から溢れ出した光に気づき、駆けつけてきたのだろう。
「神域への不法侵入者を確認! 直ちに排除する!」
「待って! ここは神様の御前だよ! 発砲なんてしたら――」
私の制止も虚しく、兵士たちはトリガーを引いた。
乾いた銃声が、静寂を切り裂く。
ダダダダダッ!
無数の銃弾が、私と詩織さんに降り注ぐ――はずだった。
「させないよっ!」
葵ちゃんが私の前に飛び出し、両手を広げた。
キィィィィン!
空中に展開された六角形の光の壁『守護領域』が、全ての銃弾を弾き返した。
薬莢が地面に落ちる音だけが、虚しく響く。
「なっ……バリアだと!?」
「徹甲弾(AP)を使え! ただの能力者じゃないぞ!」
兵士たちが慌ててマガジンを交換しようとする。
けれど、葵ちゃんは不敵に笑っていた。
「へへーん、全然平気! あの怖いお侍さんの攻撃に比べたら、こんなの豆鉄砲だよ!」
確かに、葵ちゃんの結界は微動だにしていない。
物理的な衝撃力だけで言えば、銃弾よりも東郷の一撃の方が遥かに重かったということか。
あるいは、葵ちゃんの守る力が、この神域でさらに強化されているのかもしれない。
「ここまで堕ちたか帝国。退くのじゃ、無粋者どもめ」
詩織さんが扇子を一閃させる。
すると、突風が巻き起こり、兵士たちの視界を奪った。
「うわっ!?」
「今のうちに! 茉奈、葵!」
私たちはその隙に、森の奥へと駆け出した。
目的は達した。あとは、脱出するだけだ。
◇
内宮の森から立ち昇った光の柱を見て、俺は作戦の成功を確信した。
「煉! 撤収だ!」
「了解です! 最後にもう一発! 『雷轟・爆散』!」
煉が放った広範囲の細かな雷撃が、追撃してくるドローン部隊を麻痺させる。
その隙に俺たちは戦線を離脱し、事前に打ち合わせていた合流地点――宇治橋近くの駐車場へと走った。
そこには既に、茉奈たちが待っていた。
そして、その傍らには、武東鉄道が用意してくれたという「逃走手段」が鎮座していた。
「……マジかよ」
俺は思わず声を漏らした。
そこに在ったのは、黒塗りの大型バイクが二台と、サイドカー付きのクラシックなバイクが一台。
いずれもエンジンが掛かっており、重低音を響かせている。
「お待たせ、尊!」
「無事でよかった……!」
茉奈が駆け寄ってきて、俺の無事を確認するように体に触れる。
その瞳は、以前よりも深く、澄んだ光を宿していた。
「茉奈、その目は……」
「うん。……見えたよ、尊くん。全部」
彼女は力強く頷いた。
詳しい話は後だ。今はここを離れるのが先決だ。
「さあ、乗るのじゃ! 追手が来るぞ!」
驚いたことに、サイドカー付きバイクのハンドルを握っていたのは、詩織さんだった。
巫女服の裾を巧みに捌き、ゴーグルを装着した姿は、妙に様になっている。
「詩織さん、運転できるんですか!?」
「ふふん、伊達に長く生きてはおらんよ。陸海空、大抵の乗り物は心得ておる」
詩織さんは不敵に笑い、アクセルを吹かした。
「茉奈と葵はサイドカーへ! 尊と煉は単車を使え! 目指すは亀山、武東鉄道の隠れアジトじゃ!」
「了解!」
「誰が一番かなー?」
葵の声だけが残され詩織さんはスタートした。
俺と煉はそれぞれのバイクに跨った。
アクセルを回すと、猛獣のような咆哮が上がる。
「うわ! これ最高ですね!」
煉が嬉々として叫ぶ。
俺たちは一斉にクラッチを繋ぎ、夜の伊勢路へと飛び出した。
背後からは、帝国の装甲車やパトロールカーがサイレンを鳴らして追ってくる。
だが、このバイクの性能は桁違いだった。
一瞬で時速百キロを超え、風になる。
「しっかり捕まっておれよ!」
詩織さんの運転するサイドカーが、ドリフト気味にカーブを曲がっていく。
サイドカーに乗った葵ちゃんが「きゃー!」と楽しげな悲鳴を上げ、茉奈は必死に振り落とされないようにしがみついている。
「尊にーちゃん、右からドローン!」
葵ちゃんの警告。
並走するドローンが機銃を向けてくる。
「させるか!」
俺は右手でアクセルを回したまま、左手をかざした。
脳内コマンド、起動。
`> Target: Drone_Rotor`
`> Action: Lock`
`> Execute`
ドローンのローターが強制停止し、バランスを崩して後方のパトカーに激突した。
盛大なクラッシュ音を背に、俺たちはさらに加速する。
伊勢自動車道を避け、山間の旧道を駆け抜ける。
冷たい風が肌を刺すけれど、それすらも心地よく感じられた。
俺たちはやり遂げたんだ。
一時間ほどの逃走劇の末、俺たちは亀山市にある広大な廃工場――かつて液晶ディスプレイで世界を席巻した工場の跡地――に滑り込んだ。
シャッターが静かに下り、周囲に静寂が戻る。
「つ、着いたぁ……」
バイクを降りた煉が、疲れ切った身体を地面に投げ出す。
俺もヘルメットを脱ぎ、大きく息を吐いた。
「みんな、怪我はないか?」
「うん、大丈夫」
サイドカーから降りた茉奈は、少しふらつきながらも笑みを浮かべていた。
その顔には、疲労以上の、達成の輝きが滲んでいる。
「尊……!」
茉奈が俺の目をまっすぐに捉えた。
その瞳の奥には、確かな覚醒が宿っている。
「分かったの……次に向かう場所も、探している人たちの居場所も」
彼女はこめかみを指先で軽く触れ、視線を外さない。
「この力で、日本中の全てが見える……!」
覚醒した巫女――茉奈。
神威を手にした神使――俺。
ここから始まる日本奪還への道筋が、今、確かに示された。
そして俺たちの旅は、ただの戦いではなく、全てを変える力を手にした、最初の一歩なのだ。
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