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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第三章 解放と神託
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第六夜 醒め

 遠くで響く爆発音と、地響きのような振動。

 それが、尊と煉くんが戦っている証だった。


「……行くぞ、茉奈」


 詩織さんの静かな声に、私は頷いた。

 伊勢神宮・内宮ないくう

 本来であれば、玉砂利を踏む音さえはばかられるほどの静寂に包まれた神域。

 けれど今は、帝国の無機質なバリケードと、遠くの戦闘音によって、その神聖さは傷つけられていた。


「尊にーちゃんたち、大丈夫かな……」


 隣を歩く葵ちゃんが、不安そうに背後を振り返る。

 私は彼女の手をぎゅっと握った。


「大丈夫。あの二人は強いもの。それに、私たちがここで立ち止まったら、二人が体を張って作ってくれた時間が無駄になっちゃう」

「……うん! そうだよね!」


 私たちは闇に紛れ、木々の間を縫うようにして進んだ。

 詩織さんの先導は完璧だった。帝国の監視カメラの死角を突き、パトロールのドローンが通り過ぎるタイミングを見計らって、確実に奥へと進んでいく。


 やがて、木々のトンネルを抜けた先に、それは現れた。

 正宮。

 天照大御神が鎮座する、日本で最も尊い場所。

 幾重にも巡らされた瑞垣の向こうに、唯一神明造の社殿が、月明かりを浴びて静かに佇んでいる。


「ここが……」


 息を呑む。

 空気が、違う。

 八坂神社で感じた荒々しくも力強い気配とは異なる、もっと根源的で、すべてを包み込むような温かく、そして絶対的な光の気配。


「さあ、茉奈。神が待っておられる……」


 詩織さんに促され、私は石段の下で膝をついた。

 地面の冷たさなど感じなかった。

 ただ、胸の奥にある『何か』が、目の前の社殿と共鳴して熱く脈打っている。


(……天照大御神様)


 私は手を合わせ、目を閉じた。

 願いは、一つ。


(力を、貸してください。尊を、みんなを、そしてこの国を守るための力を……)


 その瞬間だった。

 私の意識が、肉体という殻を破って、急速に拡大していくのを感じた。


 視界が白く染まる。

 いや、白ではない。光だ。

 膨大な情報の奔流が、光となって脳内に流れ込んでくる。


『――接続コネクト


 誰かの声が聞こえた気がした。

 次の瞬間、私の閉じた瞼の裏に、信じられない光景が広がった。


 地図だ。

 それも、ただの地図じゃない。

 まるで衛星軌道上から地上を見下ろしているかのような、精緻で、それでいて神々しい日本列島の姿。


 **[ Divine Domain Map: Expanded ]**

 **[ Area: All Japan ]**

 **[ Resolution: Maximum ]**


 脳内に、システムウィンドウのような文字が浮かび上がる。

 これまで関東一円が限界だった私の『神域図』が、一気に拡張されていく。

 東は北海道の凍てつく大地から、西は沖縄の珊瑚礁の海まで。

 日本全土が、私の掌の上にあるかのように鮮明に知覚できる。


(見える? ……全部…… わかるという方が正しいのかも……)


 各地に点在する神社の微かな神気。

 山々に眠る龍脈の流れ。

 そして、そこで暮らす人々の命の灯火。


 それだけじゃない。

 意識を凝らせば、無機物さえも検索できる。

 帝国の基地、兵器の配置、移動する列車の運行状況。

 神の視点と、現代のネットワーク情報が融合したかのような、全知の感覚。


「そこまでだ!」


 突然の怒号が現実に私を引き戻した。

 目を開けると、数名の帝国軍兵士が銃を構えてこちらを取り囲んでいた。

 私の体から溢れ出した光に気づき、駆けつけてきたのだろう。


「神域への不法侵入者を確認! 直ちに排除する!」

「待って! ここは神様の御前だよ! 発砲なんてしたら――」


 私の制止も虚しく、兵士たちはトリガーを引いた。

 乾いた銃声が、静寂を切り裂く。


 ダダダダダッ!


 無数の銃弾が、私と詩織さんに降り注ぐ――はずだった。


「させないよっ!」


 葵ちゃんが私の前に飛び出し、両手を広げた。


 キィィィィン!


 空中に展開された六角形の光の壁『守護領域』が、全ての銃弾を弾き返した。

 薬莢が地面に落ちる音だけが、虚しく響く。


「なっ……バリアだと!?」

「徹甲弾(AP)を使え! ただの能力者じゃないぞ!」


 兵士たちが慌ててマガジンを交換しようとする。

 けれど、葵ちゃんは不敵に笑っていた。


「へへーん、全然平気! あの怖いお侍さんの攻撃に比べたら、こんなの豆鉄砲だよ!」


 確かに、葵ちゃんの結界は微動だにしていない。

 物理的な衝撃力だけで言えば、銃弾よりも東郷の一撃の方が遥かに重かったということか。

 あるいは、葵ちゃんの守る力が、この神域でさらに強化されているのかもしれない。


「ここまで堕ちたか帝国。退くのじゃ、無粋者どもめ」


 詩織さんが扇子を一閃させる。

 すると、突風が巻き起こり、兵士たちの視界を奪った。


「うわっ!?」

「今のうちに! 茉奈、葵!」


 私たちはその隙に、森の奥へと駆け出した。

 目的は達した。あとは、脱出するだけだ。


 ◇



 内宮の森から立ち昇った光の柱を見て、俺は作戦の成功を確信した。


「煉! 撤収だ!」

「了解です! 最後にもう一発! 『雷轟・爆散』!」


 煉が放った広範囲の細かな雷撃が、追撃してくるドローン部隊を麻痺させる。

 その隙に俺たちは戦線を離脱し、事前に打ち合わせていた合流地点――宇治橋近くの駐車場へと走った。


 そこには既に、茉奈たちが待っていた。

 そして、その傍らには、武東鉄道が用意してくれたという「逃走手段」が鎮座していた。


「……マジかよ」


 俺は思わず声を漏らした。

 そこに在ったのは、黒塗りの大型バイクが二台と、サイドカー付きのクラシックなバイクが一台。

 いずれもエンジンが掛かっており、重低音を響かせている。


「お待たせ、尊!」

「無事でよかった……!」


 茉奈が駆け寄ってきて、俺の無事を確認するように体に触れる。

 その瞳は、以前よりも深く、澄んだ光を宿していた。


「茉奈、その目は……」

「うん。……見えたよ、尊くん。全部」


 彼女は力強く頷いた。

 詳しい話は後だ。今はここを離れるのが先決だ。


「さあ、乗るのじゃ! 追手が来るぞ!」


 驚いたことに、サイドカー付きバイクのハンドルを握っていたのは、詩織さんだった。

 巫女服の裾を巧みに捌き、ゴーグルを装着した姿は、妙に様になっている。


「詩織さん、運転できるんですか!?」

「ふふん、伊達に長く生きてはおらんよ。陸海空、大抵の乗り物は心得ておる」


 詩織さんは不敵に笑い、アクセルを吹かした。


「茉奈と葵はサイドカーへ! 尊と煉は単車を使え! 目指すは亀山、武東鉄道の隠れアジトじゃ!」

「了解!」

「誰が一番かなー?」

 葵の声だけが残され詩織さんはスタートした。


 俺と煉はそれぞれのバイクに跨った。

 アクセルを回すと、猛獣のような咆哮が上がる。


「うわ! これ最高ですね!」


 煉が嬉々として叫ぶ。

 俺たちは一斉にクラッチを繋ぎ、夜の伊勢路へと飛び出した。


 背後からは、帝国の装甲車やパトロールカーがサイレンを鳴らして追ってくる。

 だが、このバイクの性能は桁違いだった。

 一瞬で時速百キロを超え、風になる。


「しっかり捕まっておれよ!」


 詩織さんの運転するサイドカーが、ドリフト気味にカーブを曲がっていく。

 サイドカーに乗った葵ちゃんが「きゃー!」と楽しげな悲鳴を上げ、茉奈は必死に振り落とされないようにしがみついている。


「尊にーちゃん、右からドローン!」


 葵ちゃんの警告。

 並走するドローンが機銃を向けてくる。


「させるか!」


 俺は右手でアクセルを回したまま、左手をかざした。

 脳内コマンド、起動。


 `> Target: Drone_Rotor`

 `> Action: Lock`

 `> Execute`


 ドローンのローターが強制停止し、バランスを崩して後方のパトカーに激突した。

 盛大なクラッシュ音を背に、俺たちはさらに加速する。


 伊勢自動車道を避け、山間の旧道を駆け抜ける。

 冷たい風が肌を刺すけれど、それすらも心地よく感じられた。

 俺たちはやり遂げたんだ。


 一時間ほどの逃走劇の末、俺たちは亀山市にある広大な廃工場――かつて液晶ディスプレイで世界を席巻した工場の跡地――に滑り込んだ。

 シャッターが静かに下り、周囲に静寂が戻る。


「つ、着いたぁ……」


 バイクを降りた煉が、疲れ切った身体を地面に投げ出す。

 俺もヘルメットを脱ぎ、大きく息を吐いた。


「みんな、怪我はないか?」

「うん、大丈夫」


 サイドカーから降りた茉奈は、少しふらつきながらも笑みを浮かべていた。

 その顔には、疲労以上の、達成の輝きが滲んでいる。


「尊……!」


 茉奈が俺の目をまっすぐに捉えた。

 その瞳の奥には、確かな覚醒が宿っている。


「分かったの……次に向かう場所も、探している人たちの居場所も」


 彼女はこめかみを指先で軽く触れ、視線を外さない。


「この力で、日本中の全てが見える……!」


 覚醒した巫女――茉奈。

 神威を手にした神使――俺。


 ここから始まる日本奪還への道筋が、今、確かに示された。

 そして俺たちの旅は、ただの戦いではなく、全てを変える力を手にした、最初の一歩なのだ。

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