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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第三章 解放と神託
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第二夜 刺客

 武東鉄道が手配してくれた特別列車は、夜明け前に京都駅の貨物ターミナルへと滑り込んだ。

 そこから黒塗りのハイヤーに乗り換え、俺たちが案内されたのは、鴨川のほとりに佇む老舗ホテル――『武東グランドホテル京都』だった。


「うっわ、すっご……! ここ、本当に僕たちが泊まっていいんですか?」


 チェックインを済ませ、通されたスイートルームに入るなり、煉が歓声を上げてふかふかの絨毯にダイブした。

 窓の外には、朝霧に煙る鴨川と、その向こうに広がる東山の山並みが一望できる。

 帝国の支配下にあっても、この古都の静謐な空気だけは変わっていないように思えた。


「すごい……お菓子も置いてあるよ、尊にーちゃん!」


 葵がテーブルの上に置かれたウェルカムスイーツの抹茶菓子を手に取り、目を輝かせている。

 長旅の疲れも吹き飛んだようだ。


「武東鉄道の社長が、くれぐれも丁重にもてなすようにと手配してくれたそうじゃ。ありがたく休ませてもらおう」


 詩織さんが、優雅にソファに腰を下ろしながら言った。

 だが、その瞳は窓の外の景色を油断なく観察している。


「ただし、浮かれるのはここまでじゃ。よいか、おぬしら。京都は千年の都であると同時に、数多の怨念と血が染み込んだ魔都でもある」


 詩織さんの声色が、すっと低くなった。

 煉と葵が、びくりとして動きを止める。


「この街は、風水的に極めて強力な結界の上に成り立っておる。鬼門、裏鬼門、四神相応……それらが複雑に絡み合い、霊的な磁場を形成しておるのじゃ。能力者であるおぬしらにとって、この街の空気は毒にも薬にもなる。感覚を研ぎ澄ませておけ」


「……はい」


 俺たちは顔を見合わせ、神妙に頷いた。

 確かに、東京とは違う。肌にまとわりつくような、湿度を帯びた重たい気配。

 これが、神の住まう都の空気か。


 ◇


 日が落ち、夜の帳が下りるのを待って、俺たちはホテルを出た。

 目的地は、八坂神社。

 須佐之男命スサノオノミコトの総本社であり、俺の力の根源と向き合うための場所だ。


 人目を避けるため、大通りではなく、鴨川沿いから祇園の路地裏へと抜けるルートを選ぶ。

 石畳の道。紅殻格子べんがらごうしの町家。軒先に揺れる提灯の明かり。

 昼間なら観光客で賑わうであろう花見小路も、今はひっそりと静まり返り、俺たちの足音だけが響いていた。


「綺麗だね……」


 隣を歩く茉奈まなが、ほうっと白い息を吐く。

 その横顔が、提灯の淡い光に照らされて幻想的に見えた。


「ああ。でも、静かすぎるな」


 俺は周囲を警戒しながら答えた。

 帝国のパトロールドローンも見当たらない。まるで、俺たちを誘い込んでいるかのような不気味な静寂。


「尊」


 不意に、茉奈が俺の袖を引いた。

 彼女の瞳が、鋭く細められている。


「……囲まれてる」


 その言葉と同時だった。

 ヒュッ、と風を切る音が鼓膜を掠めた。


「煉、上じゃ!」


 詩織さんの叫びに、煉が反応する。

 彼は咄嗟に特殊警棒を抜き放ち、頭上へと振り抜いた。


 ガキンッ!


 激しい金属音が響き、火花が散る。

 屋根の上から飛び降りてきた黒い影が、煉の一撃を受け止め、軽やかにバックステップで着地した。


「ほう、今のを防ぐか。関東の雷神殿も、なかなかやる」


 闇の中から現れたのは、古風な着流しに、現代的なタクティカルベストを重ね着した奇妙な出で立ちの男たちだった。

 総勢3名。抜き身の刀や、暗器を構えている。


「なっ、なんだおまえら! 帝国の兵隊じゃなさそうだけど!」


 煉が警棒に蒼い雷を纏わせ、威嚇する。

 だが、男たちは動じる様子もない。

 一番後ろに立つ、長髪を後ろで束ねた男――リーダー格らしき男が、ニヤリと笑いながら月明かりのしたに歩み寄る。


「帝国じゃと? いっしょくたにすんな。ひっさしかぶいじゃっどな、藤堂尊」


 残光。

 浜田さんの師匠だった男が率いる、能力者集団。

  一度東富士演習場で戦った長髪黒髪の男が顔を現す。

 


「神凪の差し金か……!」

「挨拶んいらん。そん力、わいに試させてみやい!」


 リーダーの合図と共に、刺客たちが一斉に動いた。

 速い。

 帝国の機械的な動きとは違う、生物的な、それでいて洗練された動き。


「やらせるかよ! 雷撃!」


 煉が叫び、雷撃を放つ。

 扇状に広がる蒼い閃光。路地裏を一掃する威力があるはずだった。

 だが――。


「大振りじゃ」


 一人の刺客が、雷の隙間を縫うようにして、瞬時に煉の懐へと潜り込んだ。

 縮地しゅくち

 古武術の歩法だ。


「えっ!?」

「遅い!」


 ドンッ、と掌底が煉の腹部に叩き込まれる。

 煉は苦悶の声を上げて吹き飛ばされた。


「煉!」


 葵が叫び、即座に『守護領域』を展開する。

 青白い光の壁が、追撃を仕掛けようとした刺客の前に立ちはだかる。


「結界け。やっかいじゃっどん……壊せん道理はなかな!」


 別の刺客が、刀を鞘に納めたまま、結界の一点に向かって突きを放った。

 ただの突きではない。刀身に、赤黒いオーラが纏わりついている。

 能力による強化と、一点集中の打撃。


 パリンッ。


 硬質な音がして、葵の結界に亀裂が入った。


「うそ……!?」

「力任せん、子どんの遊びじゃ。呼吸も、間合いも、なっちょらん。」


 刺客たちが嘲笑う。

 強い。

 単純な出力なら煉や葵の方が上かもしれない。だが、彼らには「技」がある。能力を武術に組み込み、殺傷力を極限まで高めた戦闘技術。

 これが、残光の実力か。


(しま)いじゃ、ガキどん!」


 黒髪長髪の男が、無防備になった煉に向かって刀を振り下ろす。

 その刃が煉の首に届く寸前――。


 ガギィンッ!!


 俺は二人の間に割って入り、空間を圧縮した「見えない盾」で斬撃を受け止めた。


「尊さん!」

「いったん下がれ。体制を整えろ。煉。こいつらは、帝国とはまったく違う」


 俺は右手を前に突き出し、意識を集中させる。

 相手の呼吸。筋肉の動き。重心の移動。

 スサノオの力が、俺の知覚を極限まで拡張させる。


「ほう……防ぎよったけ。藤堂尊」


 リーダーが興味深そうに目を細めた。


「荒魂ん器け。噂どおいん、でたらめな出力じゃっどん……使いこなせちょっか?」


 男の姿がブレた。

 速い。煉を翻弄した縮地だ。

 だが――見えている。


 俺は半歩右に踏み込み、空間を歪めて男の足元をわずかに沈ませた。


「なっ!?」


 バランスを崩した男の脇をすり抜け、俺はその鳩尾みぞおちに掌底を叩き込む。

 ただし、ただの掌底ではない。接触点に極小の重力場を発生させ、衝撃を内部に浸透させる一撃。


「ぐふっ……!」


 男が血を吐いて膝をつく。

 周囲の刺客たちが動揺し、動きを止めた。


「……なるほど。力任せん暴走機関車か思いよったどん、意外と器用に真似すっじゃ。」


 リーダーは口元の血を拭い、不敵に笑いながら立ち上がった。

 その瞳には、敵意以上の、値踏みするような光が宿っている。


「よか……実によか」


 男の全身から、肌を刺すような闘気が噴き出した。

 先ほどまでの手加減を含んだ気配が消え失せ、純粋な暴力の塊のような圧力が場を支配する。


「挨拶代わりのつもりじゃったが……こげな愉しか獲物を前にして、お預けはできん」


 男が、ゆっくりと腰を落とし、刀の柄に手をかけた。

 鯉口を切る音が、静寂な夜にカチリと響く。


東郷灯史郎とうごう とうしろう。推して参る」


 名乗りと共に、世界が歪んだ気がした。

 煉が動こうとするが、その足が凍り付いたように止まる。

 葵が息を呑む音が聞こえる。

 生物としての格の違い。それを本能で理解させられたのだ。


「――『示現流じげんりゅう蜻蛉とんぼ』」


 刹那。

 男の姿が消えた。

 縮地などという生易しいものではない。

 認識の外側から、死が迫る。


「尊、逃げ――!」


 茉奈の悲鳴ごとき警告。

 俺は反射的に全神経を研ぎ澄ませ、圧縮障壁を最大出力で展開した。


 ガァァァァァンッ!!


 鼓膜が破れそうな衝撃音と共に、俺の体は後方へと弾き飛ばされた。

 展開したはずの空間の盾が、紙切れのように斬り裂かれている。


「ぐっ……ぁ……!」


 地面を転がり、受け身をとって顔を上げる。

 腕が痺れて感覚がない。

 一撃。たった一撃で、俺の防御を貫通し、ここまで吹き飛ばしたのか。


「尊さん!」


 煉が恐怖を振り払うように叫び、雷撃を放とうとする。

 だが、東郷は視線すら向けずに裏拳を放った。

 空気を打つ衝撃波だけで、煉の体が枯れ葉のように吹き飛ぶ。


「がはっ……!」

「煉!」


 葵が駆け寄ろうとするが、東郷の一歩踏み込みだけで生じた風圧に煽られ、尻餅をつく。


「ほう、今の初太刀を生き残るか」


 東郷は、刀を頭上に掲げた独特の構えのまま、恍惚とした表情で俺を見下ろしていた。

 その瞳は、血に飢えた獣のように爛々と輝いている。


「まだまだ。遊びはこれからじゃっど?」


 東郷が、猿叫えんきょうと呼ばれる裂帛の気合いを上げる。


「チェストォォォォォッ!!」


 第二撃が来る。

 俺は震える足に力を込め、絶望的な刃の嵐へと向き直った。


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