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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第三章 解放と神託
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第一夜 遠征

 素盞雄すさのお神社での激闘から数日後。

 日本独立党、与野事務所の作戦会議室には、いつになく張り詰めた空気が漂っていた。


「――京都……」


 俺の問いかけに、上座に座る詩織さんが重々しく頷いた。

 彼女の手元には、古びた日本地図と、最新のタブレット端末が並べられている。


「うむ。おぬしの中に眠る須佐之男命スサノオノミコトの力……その『荒魂あらみたま』と『和魂にぎみたま』を完全に安定統合するには、やはり本家本元へ赴く必要があると考える。葵の力が増したように。もし力が増さなかったとしても何かしらのきっかけは得られるであろう」


 詩織さんは扇子で地図上の関西地方を指し示した。


「京都・八坂神社。全国にある八坂神社の総本社であり、須佐之男命を祀る神域の中でも最強の力を持つ場所じゃ。そこで神と向き合い、真の神使として覚醒せねば、今の不安定さだとおぬしの体は遠からず力の奔流に耐えきれなくなるじゃろう」


 俺は自分の掌を見つめた。

 先日の戦いで、確かに俺は『和魂』の片鱗に触れた。だが、それはまだ不安定で、いつまた暴走するとも限らない危うさを孕んでいることは感じていた。

 完全に制御するためには、行くしかない。


「……本当はな」


 詩織さんが少し言い淀むように言葉を継いだ。


「『和魂』、すなわち平和と国造りの側面を学ぶには、出雲いずもへ向かうのが筋じゃ。あそこは須佐之男命がヤマタノオロチを退治した後、宮を構えた地であり、子孫である大国主命おおくにぬしのみことへ国譲りを行った神話の舞台じゃからな」


「出雲……島根県ですね」


 隣に座る茉奈が、タブレットの地図をスクロールさせる。


「ですが、今の状況で島根まで行くのは……」

「ああ、リスクが高すぎる」


 腕組みをして話を聞いていた浜田さんが、厳しい口調で割って入った。


「帝国の監視網『ゲネシス・キメラ』が、関東一円に厳重な包囲網を敷いている。特に西へ向かうルートは関所だらけだ。出雲まで大移動する余裕はない。まずは最短ルートで京都を目指し、尊の安定を図るのが先決だ」


 浜田さんの判断に、全員が頷く。

 目的地は決まった。問題は、どうやってそこまで行くかだ。

 空路は帝国軍が独占し、主要な高速道路は検問で封鎖されている。新幹線など論外だ。


「そこで、だ」


 浜田さんがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「今回は、強力なスポンサーが力を貸してくれることになった」

「スポンサー?」


 俺たちが首を傾げると、浜田さんはモニターに一枚のロゴマークを映し出した。

 『武東むとう鉄道』。

 関東から関西にかけて私鉄網を展開し、ホテル事業なども手掛ける巨大企業だ。


「独立党の太客ふときゃくの一人だ。帝国のやり方に反発していてな、裏でこっそり支援してくれている。今回は彼らが、特別に『荷物』として俺たちを運んでくれる手筈になっている」


「荷物……って、貨物列車ですか?」


 煉が目を丸くする。


「まあ、見てのお楽しみだ。ただし、出発は今夜。準備時間は少ないぞ」


 浜田さんの号令で、会議は解散となった。

 だが、一つだけ懸念が残る。

 俺たちが遠征に出ている間、この事務所と、ここに残る子供たちの守りをどうするかだ。

 浜田さんと八咫ヤタはバックアップとして残るが、子供たちの周りが手薄になる。


「尊君、何か心配事かしら?」


 不意に、会議室のドアが開いた。

 凛とした声と共に現れたのは、長いポニーテールを揺らす、スーツ姿の女性だった。


「か、香澄かすみさん!?」


 真っ先に声を上げたのは、煉だった。

 神谷香澄かみや かすみ。茨城事務所に所属する能力者で、以前合同任務で一緒になったことがある頼れるお姉さんだ。


「久しぶりね、みんな。留守番役として応援に来たわ。風牙ふうが霧乃きりのたちの生活のことは任せて。それに本人たちは能力者なんだから、万が一があっても自分の身ぐらいは守れるでしょ」


 香澄さんはウインクをして見せる。

 その瞬間、煉の顔がみるみるうちに赤く染まっていくのが分かった。


「あ、あ、あのっ、お久しぶりです! その、髪型変えました!? すっごく似合ってます!」


 普段のまじめな態度はどこへやら、煉は直立不動で声を裏返らせている。

 分かりやすい奴だ。


「あら、ありがとう。煉くんも、少し背が伸びたんじゃない? 男らしくなったわね」

「はひっ! そ、そうですか!? いやぁ、それほどでも!」


 香澄さんに頭を撫でられ、煉は完全に骨抜きになっていた。

 その様子を、あおいが生温かい目で見つめている。


「煉、顔まっかっかー」

「う、うるさい! 暑いだけだ!」


 俺と茉奈も顔を見合わせて苦笑した。

 ともあれ、これで後顧の憂いはなくなった。


 ◇


 深夜、午前二時。

 俺たちは、武東鉄道が所有する貨物ターミナルの片隅にいた。

 冷たい夜風が吹き抜ける中、浜田さんがインカムに指を当てる。


「八咫、始めろ」


了解ラジャー。オペレーション・三足黎明さんそくれいめい、開始します』


 その瞬間、帝都の夜がざわめいた。

 遠くに見える首都高の街灯が明滅し、街中の信号機が一斉にランダムな点灯を始める。

 八咫による大規模サイバー攻撃だ。

 帝国の監視カメラ網に偽の情報を流し込み、検問システムの認証サーバーにDDoS攻撃を仕掛ける。

 帝国の監視AIが、自らのログに自らを追跡させられ、混乱のループに陥る。

 ほんの十数分。それが俺たちの勝負の時間だ。


『マスター、妙です。こちらを追跡していたはずの敵性AIが、途中で追跡を停止しました』

「停止?」


『はい。まるで、こちらを見逃したかのように。通常警備に戻っています』

「妙だな……」


『マスター、オフライン警備AIドローンが3台7時の方角より接近しています。距離5キロ。会敵まであと1分10秒』


「七時の方角って……こっちか」


 煉が夜空を見上げる。


 最初は闇しかない。


 だが、次の瞬間。


「……見えた」


 煉の視界が、すっと引き伸ばされる。


 遠く、黒の中に浮かぶ小さな赤い点。


『距離、四キロを切りました』


 煉はゆっくりと右手を上げる。


 指先が、まるで照準器のように夜空をなぞる。


 息を止める。


「……撃ち落とす」


 パチン。


 乾いた音。


 数秒の静寂。


 夜空の赤が、順に、ふっと消えた。


『……確認』


 わずかな間。


『警備AIドローン三機、完全沈黙。信号ロスト』

『物理破壊ではありません。内部制御系が瞬時に停止。接続および解析不能』


「……よし」


 浜田が、ゆっくりと息を吐いた。


「……化けたな」


「……守りたい道が長くなったから……ですかね?」


 煉は、少しだけ照れたように笑った。



「戻ってきたら、またゆっくり教えてくれよ!とりあえず今は行ってこい!」

「早く、乗れ!」


 浜田さんの合図で、俺たちは物陰から目の前に停車していた黒塗りの貨物列車へと駆け込んだ。

 重厚な鉄の扉が開き、中へと滑り込む。


「うわっ、すご……!」


 中に入った瞬間、俺たちは息を呑んだ。

 外見は無骨なコンテナそのものだったが、内部はまるで高級ホテルのラウンジのように改装されていたのだ。

 ふかふかのソファ、間接照明、そして壁一面に設置されたモニター。


「これが『荷物』扱いとは。武東鉄道もいい趣味してますね」


 煉がソファにダイブしながら感嘆の声を上げる。

 列車がガタン、と大きく揺れ、ゆっくりと動き出した。

 窓はないが、モニターには外部カメラの映像が映し出されている。

 混乱する帝国の検問所を尻目に、列車は闇を切り裂いて西へと加速していく。


 俺はソファに深く腰掛け、安堵の息を吐いた。

 隣には茉奈が座り、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「尊、大丈夫? 傷、痛まない?」

「ああ、平気だ。それより、これからが本番だな。今までもずっと本番だと思ってたけど……」


 俺の言葉に、向かいに座った詩織さんが扇子を開きながら頷いた。


「そうじゃな。京都までの道中、少し昔話をしようか」

「昔話?」


「うむ。おぬしがこれから向き合う神……須佐之男命と、その姉君である天照大御神アマテラスオオミカミの話じゃ」


 詩織さんは、モニターに流れる夜景を見つめながら、語り始めた。


「須佐之男命は、その強大すぎる力ゆえに高天原たかまがはらを追放された荒ぶる神じゃ。じゃが、地上に降りた彼は、クシナダヒメという守るべき存在を得て、ヤマタノオロチを退治する英雄となった」


 俺は、自分の拳を握りしめた。

 守るべき存在を得て、英雄になった神。

 それは、今の俺が目指すべき姿そのもののように思えた。


「そして、天照大御神。彼女は弟の乱暴狼藉に心を痛め、天岩戸あまのいわとに隠れてしまった太陽神じゃ。世界から光が失われ、闇が訪れた。……じゃがな」


 詩織さんはそこで言葉を切り、意味深な視線を茉奈へと向けた。


「彼女を岩戸から連れ出したのは、神々の知恵と、賑やかな祭り、そして何より……『外の世界への興味』じゃったと言われておる」


 茉奈が、不思議そうに首を傾げる。


「外の世界への……興味?」


「そうじゃ。自分がいなくても世界は楽しそうだ、という嫉妬にも似た感情。あるいは、愛する者たちが呼ぶ声に応えたいという願い。……おぬしらの関係に、どこか似ておると思わんか?」


 詩織さんは悪戯っぽく微笑んだ。

 俺と茉奈は顔を見合わせ、同時に顔を赤くして視線を逸らした。


「な、何言ってるんですか詩織さん!」

「そ、そうですよ! 神話と私たちは関係ないです!」


「ほっほっほ、そうかぁ?」


 詩織さんの笑い声が、車内に響く。

 張り詰めていた緊張が、少しだけ解けていくのを感じた。


 列車は速度を上げ、関東平野をひた走る。

 モニターの向こう、東の空が白み始めていた。

 夜明けと共に、俺たちは西へ。

 神話の地、京都へ。


 俺は茉奈の手をそっと握った。

 彼女も握り返してくる。

 その温もりが、俺に勇気をくれた。


 どんな試練が待ち受けていようとも、俺たちは越えていける。

 この手が離れない限り。


 闇を裂く列車の振動が、これから起こる運命の鼓動のように、胸の奥で静かに鳴っていた。

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