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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第二章 荒ぶる神の試練
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第四夜 胎動

 荒川区、素盞雄神社周辺。


 そこは、先日、尊が激昂し力が暴走した場所。


 今は、帝国の特殊部隊『ゲネシス・キメラ』の先遣隊によって、静かに侵食されていた。


 参道には、無機質な黒い三脚型の観測機器が設置され、鳥居の直前には、張り巡らされた細い光ファイバーが蜘蛛の巣のように広がっている。

 そして、参道脇には、無断で設置された仮設ラボ。


 神聖な場所が、まるで研究対象のように扱われている光景は、日本人には見るに堪えないだろう。


 (神域の中に入ると、未知の力によって影響を受けるから、神域に踏み込むのは最終手段、だが我々なら問題はないのではないか……)


 そんな状況下で、荒川区周辺で生活をしている人々は、帝国兵から距離を置き、目を合わせないように、まるで息を潜めるかのように暮らしていた。

 銀髪の住民は、なるべく近くを通らないようにし、もし通るとしても足早に通り過ぎ、視線を落とし、小学生は母親に袖を引かれて遠回りをする。

 商店街はシャッターが半分閉まり、活気は感じられない。


 時折、無謀にも動画配信者たちが、隠しカメラやドローンで撮影を試みているようだが、その都度ゲネシス・キメラの兵士たちによって文字通り蹴散らされていた。

 連行される配信者たちの顔は、恐怖と諦めが入り混じり、一様に蒼白だ。


 誰も叫ばない。

 誰も抗議しない。

 ただ目を合わせない。


 まるで、暴力よりも恐ろしい『日常化』という名の支配が、そこにはあった。


 そんな光景を、仮設ラボの中で、ゲネシス・キメラの隊長である鴫野しぎのは、無感情に見つめていた。


「……隊長。エネルギーパターンの計測結果が出ました」


 部下の報告に、鴫野はわずかに視線を動かす。

 モニターには、複雑なグラフと数値が羅列されていた。


「エネルギー出力は平均0.3ですが、瞬間最大値は12.7。発生時間は0.8秒未満。発生時、半径30m以内に日本人の歩行者・動画配信者の存在が確認されています」


「日本人……、か」


 鴫野は、感情を一切込めずに呟く。


「神ではない。遺伝子だ」


 彼の言葉には、信仰心など微塵も感じられない。

 ただ、冷徹な科学者の視線が、そこにあるだけだ。


「……隊長。今回のデータから、ある仮説が立てられます」

「……なんだ」

「神域は、それ自体が発光体なのではなく、外部刺激で共鳴している可能性があります」

「……外部刺激」

「はい。トリガーは、特定の遺伝子パターンを持つ人間、そして精神状態です。怒り、恐怖、絶望といった感情で、振幅が上昇する傾向にあるようです」


 鴫野の脳裏に、一瞬だけ、過去の記憶が蘇る。


 白衣を着た研究者たちが、実験台に縛り付けられた人間たちに、様々な刺激を与えている光景。


 苦痛に歪む顔、絶望に染まった瞳、そして、壊れていく心。


「人間は壊れる瞬間が最も正直だ……」


 それは、人体実験に手を染めていた人間だからこそ、吐ける言葉だった。


「……命令だ」


 鴫野は、感情をない声で、部下に指示を出す。


「その辺から被験体を選別しろ」

「……」

「心理圧迫を開始。拒否反応が出た場合、身体的刺激を追加しろ」


 彼の言葉には、一切の躊躇がない。

 まるで、実験動物を扱うかのような冷酷さ。


「……承知いたしました」


 部下は、ただ淡々と答える。

 そこに、良心や倫理観は存在しない。


 命令を受けた兵士たちは、早速行動を開始する。


 会社帰りのサラリーマン、イヤホンで音楽を聴いていた高校生、たむろしていた動画配信者たち。


 彼らは、抵抗する間もなく、無造作に捕らえられ、仮設ラボへと連行されていく。


 そして、ラボの中では、信じられない光景が繰り広げられていた。


 連れてこられた日本人は、何が起こるかわからず、恐怖に震え、泣き叫び、喚き、そして神に祈る。


「……神様……助けて……!」


 その祈りの言葉を聞き、鴫野は冷たい笑みを浮かべ、吐き捨てる。


「祈りはデータにつながらない」


 彼は、ただひたすらに、データを集めることだけに集中していた。


 (神などいない。ただ、遺伝子と、感情という電気信号があるだけだ……)


 その瞳に宿る狂気は、深淵を覗き込んでいるかのようだった。


 静かに、そして確実に……

 恐怖が人をむしばんでいく。


「隊長……出力上昇。0.3から……3.8へ」


  鴫野は笑わない。

  「想定内だ。続けろ」


  「いえ……違います。上昇方向が逆です」


  「……何?」


  「発生源が、神域内部に移動しています」


  「隊長……神域内部の出力、12.7を超えました」


  「……」


  「過去の上限値を突破しています」


  「計測器の誤作動だ。再起動しろ」


  「再起動できません」

  モニターの数値が、表示されたまま止まる。


  12.7


  その数値が、ゆっくりと滲むように歪み、モニターに亀裂が入る。





  ラボの外。


  参道の奥。


  拝殿の奥の闇で、

  誰も触れていない御神体に、細い亀裂が入る。


  誰も気づかない。


  かすかな湿り気が滲む。

  それは水でも血でもない。

  ただ、脈動していた。

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