第七章:告白の形
翌週の午後、施設の中庭には人影が少なかった。
職員たちは行事準備で慌ただしく、利用者の多くは居室で過ごしている。
惇也は、澪が一人でベンチに座っているのを見つけた。
日差しは柔らかく、風が髪を揺らしている。
「こんにちは、澪」
声をかけると、澪は彼の方を見て、例のぬいぐるみを抱き締めた。
その瞳は、いつもより少しだけ柔らかい。
惇也はポケットから、小さな包みを取り出した。
中には、白いリボンで結んだ細い布切れ――彼が昨夜、裁縫して作ったものだ。
「これね、澪だけの合図にしようと思って」
澪は布切れを受け取り、不思議そうに指先でなぞる。
滑らかな質感と、端に縫い込まれた赤い刺繍。
そこには小さく「MIO」と刺されていた。
「澪がね、この布を手首に巻いてるときは……“やめてほしい”とか“今は嫌”って意味にしよう」
惇也はゆっくりと説明した。
澪が言葉で拒否や同意を示せないことを、彼はずっと気にしていた。
澪は、布をじっと見つめたまま動かない。
やがて、彼の顔を見上げ、首を小さく傾げた。
「逆にね、もし布を外してるときは……“平気”とか、“もっと”って意味にしようか」
それは、SMにおける「セーフワード」のようなルールだった。
だが彼は、澪にそれを安全のための“約束”として渡した。
澪は布を手首に巻いてみる。
そして、くすっと笑った。
笑った理由はわからない。だが、その笑みは明らかに「嫌じゃない」と告げていた。
「……ありがとう、澪」
惇也の声は、少しだけ震えていた。
この瞬間が、彼にとっての告白だった。
その日、惇也は初めて澪の髪に触れた。
柔らかく、細い黒髪。
澪はぬいぐるみを抱いたまま、目を閉じて受け入れた。
言葉はいらなかった。
リボンと髪の感触――それが、二人の“告白の形”だった。




