第二十一章:静かな脅迫
翌朝、惇也は一睡もできないまま食堂へ向かった。
山科の姿は、いつも通りのエプロン姿で配膳を手伝っている。
しかし、その表情は無表情で、視線を合わせようとしない。
まるで昨夜の出来事など存在しなかったかのようだ。
だが、惇也にはわかっていた。
あの動画は確かに撮られている。
そして、それは山科のポケットの中に、冷たい刃物のように潜んでいる。
午前の作業が終わった頃、惇也の携帯が震えた。
表示された送信者は「非通知」。
画面を開くと、短い文章が一行だけあった。
会いたいなら、条件がある。
その直後、別のメッセージが届く。
そこには昨夜の動画の一部――窓に手をかける惇也の姿が映っていた。
音声は切られているが、十分すぎる証拠だ。
昼休み、山科が人気のない倉庫に惇也を呼び出した。
扉を閉めると、彼は声を潜めて言った。
「心配しなくていいですよ。僕は誰にも言いません。ただ……」
山科の目が、妙に光っていた。
「あなたが澪さんに会うなら、その時間、僕も一緒にいさせてください」
「……何のために?」
惇也は眉をひそめた。
「理由は聞かないでください。あなたが断れば、施設長に動画を送ります」
その言葉は、脅迫というより淡々とした事務連絡のようだった。
しかし、逆にその無感情さが不気味だった。
惇也の中で、二つの感情がせめぎ合った。
澪への渇望と、山科への警戒。
どちらも捨てられないまま、彼は小さく頷いた。
「……わかった。だが、俺が条件を破ったらどうなる?」
山科は薄く笑った。
「僕の手元には証拠があります。あなたが裏切れば、それで終わりです」
その笑顔は、昨夜の闇の中で見た冷たい光と同じだった。




