第二十章:影の目撃者
裏口の鍵穴に差し込んだ合鍵は、思ったよりも軽く回った。
古びた蝶番がわずかに軋む音を立てる。
惇也は息を殺し、夜気の中へ滑り出た。
施設の裏庭は、昼間とは別の顔をしていた。
外灯の届かない隅には闇が沈み、風に揺れる木の枝が人影のように揺れる。
澪の部屋は二階。
その窓にだけ、うっすらとカーテン越しの光が漏れていた。
惇也は、手にした小型のドライバーで窓枠の留め金を探った。
指先の感触で錆びた金具の位置を確認し、音を立てぬよう少しずつ回す。
――もう少しで、会える。
その一心で、胸の鼓動を抑え込む。
そのとき、不意に背後から視線を感じた。
振り返ると、闇の中に小さな光が浮かんでいる。
携帯電話の画面の明かり――そして、それを握る影。
影は口元を覆い、じっとこちらを見ていた。
「……誰だ?」
惇也が低く問いかけると、その人物は一歩前へ出た。
そこにいたのは、夜勤補助の若い職員・山科だった。
普段はおとなしく、他人と関わることを避ける彼が、こんな時間に裏庭に立っている理由はわからない。
山科は言葉を発しない。
ただ、スマホの画面を惇也に向けて見せた。
そこには、今まさに惇也が窓をこじ開けている姿が、動画として録画されていた。
「……これ、どうするつもりです?」
囁くような声が、やけに冷たく響いた。
返事をする間もなく、山科はポケットにスマホをしまい、背を向けた。
足音が闇に溶けていく。
その背中が何を意味するのか、惇也にはまだわからなかった。
ただ、胸の奥で、静かな恐怖が芽吹き始めていた。




