第十四章:囁かれる噂
昼下がりの休憩室。
コーヒーを注ぎながら、職員の二人がひそひそ声で話していた。
「ねえ、澪ちゃんと惇也くん、最近やけに仲良くない?」
「見た?パズルのときのあれ。もう息ぴったりって感じ」
「でもさ……あの子、重度の知的障害だよ?惇也くんだって……」
そこから先は、わざと口を濁すように声が小さくなった。
廊下を通りかかった惇也は、断片的にその会話を耳にした。
胸の奥に、小さな棘が刺さったような痛みを覚える。
澪との時間は彼にとって何よりも大切なものだった。
だが、それが“普通ではない”と見られているのかと思うと、息苦しさが広がった。
その日の夕方、澪は中庭のベンチに座っていた。
木漏れ日が揺れる中、足元で小さく靴を揺らしている。
惇也は隣に車椅子を寄せ、何気なく尋ねた。
「澪……最近、何か言われたりしてない?」
澪は首を傾げ、机の上に置いていた手を軽く二度叩いた。
タン、タン。
「だいじょうぶ」の合図だ。
その無邪気な返事に、惇也は少し救われる思いがした。
しかし翌日、施設長の山口から呼び出しがあった。
「惇也くん、ちょっと噂になっているようだね。澪さんとの関係についてだ」
机越しに放たれたその言葉は、まるで見えない鎖のように惇也の胸を締めつけた。
山口の声は穏やかだったが、その奥には明らかな警戒があった。
「職員や他の利用者に誤解を与えるような行動は控えてほしい。…君の気持ちは理解しているつもりだが」
惇也は黙って頷いた。
否定も、言い訳もできなかった。
その晩、惇也は自室で眠れぬまま天井を見つめた。
あの机の合図――タン、タン――が、耳の奥で何度も響く。
澪の笑顔と、廊下で聞いた冷たい囁き声が交互に浮かび、心の中でせめぎ合っていた。




