第十三章:消えたパズルのピース
午後の静かな時間、澪は談話室のテーブルでパズルをしていた。
春先から少しずつ取り組んでいる千ピースの風景画だ。
あと十数個で完成――そのはずだった。
「……ない」
職員の梨奈が覗き込み、眉をひそめた。
「最後のピース、見当たらないね」
澪は視線を泳がせ、机の下や椅子の上を探す。
惇也も車椅子から身を乗り出し、周囲を見回した。
だが、どこにも見つからない。
そのとき、廊下から田島の笑い声が聞こえた。
「こんなの拾っちゃったよ」
手にしていたのは、見覚えのあるパズルのピースだった。
しかし、田島はそれを軽く指で弄びながら、わざと渡さず廊下を歩いていく。
澪は立ち上がろうとしたが、惇也が手で制した。
「任せて」
惇也は車椅子のブレーキを外し、田島の背後に静かに近づく。
そして、澪が小さく机を叩いた。
タン、タン――タン、タン。
惇也の耳には、それが「今だ」という合図に聞こえた。
惇也はあえて軽い調子で声を掛けた。
「それ、澪の大事なピースだろ。返してくれよ」
田島は渋々渡し、「冗談だよ」と笑ったが、その顔には明らかな苛立ちが浮かんでいた。
談話室に戻ると、澪は慎重にそのピースをはめた。
最後の一片がカチリと収まると、彼女は惇也の方を向き、机を二度、そしてもう二度叩いた。
タン、タン――タン、タン。
「ありがとう」と言っているのが、惇也には分かった。
その様子を見ていた梨奈が、半分からかうように言った。
「二人、なんだか息ぴったりだね」
惇也は笑って受け流したが、澪は少しだけ頬を赤らめた。
この小さな出来事は、施設内で二人が“特別な絆”を持っているという噂の火種になった。
そしてその噂は、やがて思わぬ誤解と衝突を生むことになる。




