第十二章:守る手
昼食後の廊下は、食器の音と笑い声で賑やかだった。
惇也は車椅子で談話室へ向かおうとしていたが、途中で後ろから職員の田島に声を掛けられた。
「惇也くん、ちょっと手伝ってくれない?」
声は軽かったが、田島の視線は冷たく、どこか探るようだった。
惇也は返事に迷った。田島はこれまで何度か、半ば強引に仕事や私物のことを聞き出そうとしてきた人物だ。
「今から澪ちゃんのところに行くんだけど……」
やんわり断ろうとした瞬間、廊下の端で澪がこちらを見ているのに気づいた。
彼女はゆっくり近づき、惇也の前の机に手を伸ばす。
タン、タン――タン、タン。
机を叩く音が、混雑した廊下のざわめきの中でもはっきり響いた。
惇也は息を呑んだ。
澪が自分のために「いや」の合図を出している――初めてのことだった。
「ごめん、田島さん。またあとで」
惇也はその場を離れ、澪の隣に車椅子を寄せた。
澪は何も言わず、ただ惇也の膝の上に手を置いた。
その温もりは、守られているというより、共に立つ仲間の証のように感じられた。
二人はそのまま談話室へ向かった。
途中で惇也は、小声で澪に言った。
「……ありがとう」
澪は表情を変えず、ただ短く机を叩いた。
タン、タン――タン、タン。
まるで「気にしないで」と返すように。
この出来事を境に、惇也は澪を“守る対象”としてだけでなく、対等なパートナーとして意識し始める。
その変化が、やがて二人の関係を思わぬ方向へ導いていくことになる。




