第十一章:予期せぬ合図
午後四時。
澪は談話室の隅でパズルをしていた。
窓から射し込む光が彼女の横顔を柔らかく照らし、惇也はその姿を遠くから眺めていた。
そこへ、梨奈が近づいてきた。
「澪ちゃん、これやってみる?」
梨奈は笑顔で、小さな木製のブレスレットを差し出した。
明るい色のビーズが通されたそれは、可愛らしいが、リボンを連想させる形でもあった。
澪は手を伸ばしかけて、ふと止まった。
そして――机をタン、タン――タン、タンと叩いた。
新しい合図。
惇也はその瞬間、胸の奥で何かが固まるのを感じた。
澪が「いやだ」と訴えている。
でも、梨奈は机を叩く音の意味を知らない。
「どうしたの? かわいいよ、つけてみなよ」
梨奈は悪気なく笑い、澪の手首をそっと掴もうとした。
澪は体を引いたが、椅子が壁にぶつかって逃げ場を失う。
惇也は足早に近づき、明るい声を装った。
「ごめん、澪はそういうの気分じゃないみたい。今日はやめとこう」
梨奈は一瞬だけ不満そうに眉を寄せたが、「そっか」と言って引き下がった。
澪はパズルのピースを強く握りしめ、下を向いていた。
惇也は、彼女の手元で震える指先をそっと包み込んだ。
机を叩く合図は確かに届いた――だが、それを守るためには、常に目を光らせなければならないと痛感した。
その夜、澪は自室の机を、静かに、ゆっくりと二度叩いた。
タン、タン――タン、タン。
まるで「ありがとう」と言っているようだった。




