第175話 町中のレース
(あの目……さては……)
よりにもよって。揃いも揃って。
慌てて目を逸らしたところでもう遅い。これ以上ないくらいはっきり見えていた。
あれだけ露骨に視線を向けられたら普通に分かる。
予選を通過した証である白い襷をかけようとしたまさにその時。
観客の視線に紛れ込んだ諦めオーラ。
何が『これなら負けても仕方ない』ものか。
魔法が使えない? それがどうした。いくらでもやりようはある。
幸い次のレースは制限時間内に辿り着く事ができれば何も問題はないようだから、一着である必然性もない。
少なくとも、コース終盤までは確実に。
それ以外の脱落もあるにはあるだろうが、それはそれ。こういう競技である以上仕方の無い事だ。
「大丈夫、です。もしもの時はマユが先に行く、ですから」
「もしもというか、ほとんど確定事項のようなものだが……すまない、頼む。周りの妨害は俺が引き受けた」
「リィルさん達も見てる、ですよ?」
「何もしなくても向こうから仕掛けてくるだろう、どうせ」
「一理ある、です」
飛び入り参加した上に、この結果。
ルールの範囲内で潰そうと思ったら、まず標的に上がるのは俺達だろう。こんな催し物で、お行儀よく走るだけとは思えない。
今はどちらかというと、司会進行・実況の女性に向けられているようにも見えるが。
親の仇でも見るような目。前回大会にはもう少し時間の余裕があったのだろうか?
しかしどれだけ睨まれようと、プログラムが変更されることはなかった。
犬のような尻尾が小刻みに揺れているところを見るに多少思うところはあるようだが、その表情が変わることはない。
「ちょっと意外、でした。キリハさん、こういうのは出たがらないと思ってた、ですから」
「とんでもない。大歓迎だ。そうでもなければ、レイス達にあんな勝負を持ち掛けるわけがないだろう?」
「でも、あの時は、参加券を渡すつもりだった、ですよね?」
「否定はしない。……まあ、いつかまた似たようなことを言い出したら悪い癖が出たとでも思ってくれ」
「すぐだったり、して」
「さすがにそこは自重する」
大変遺憾な想像をされる前。
呆れたような、引いたようなあの視線。全てを諦めきったようなあの雰囲気。
別にあの重りを粉々にしたわけでもないのに。
力を加減する身にもなってほしい。特に重りを追加するあの突起。
さすがに勘弁願いたい。俺だってそのくらいの常識は持ち合わせている。
とりあえず力業で解決できそうな案件は極力避けよう。急を要する事態でなければ。
なにかあったとしても、せめていつもより知的な方向で片付けよう。できるだけ。厳しいようなら対象を破壊する。
こういう雑な対応が原因の一端だとしても、さすがに他にどうしようもない。
困った時は大体、力業でなんとかするしかない。真面目に。
「マユに声をかけてくれたのは、気分転換になるかもって思ったから、ですか?」
「……さすがにバレたか」
「前にカウバから帰る時は、あんまり気にしてなかった、ですから」
言われてみれば、確かにそれらしい催し物をどこかでやっていたような。
正直あまり印象にない。まさかこの無茶苦茶な力自慢大会を各地でやっているわけでもあるまいし。
アイシャもユッカも、リィルも知らないようだったから間違いない。
かなりの回数開かれたようだし、近くでやれば何かしら噂になっていただろう。
「はーい! 休憩終わり! 準備ができたので皆さんこちらに並んじゃってください!」
脇へ脇へと逸れて行った意識を引き戻したのは、はつらつとした司会の声。
すぐに始めると言っていた割には時間もあった。一〇分くらい。襷を渡すための時間だったのだろう。
「さあいよいよ本戦です! 勝ち残ったみなさん、準備はいいですか? いいですね! 案内に従ってそれぞれ荷車の前に移動してください! 間に合わなかったら失格にしちゃいますよーっ!?」
「高みの見物……」
「走らないから言えること、です」
ああ、案の定殺気が。恨みの籠った視線が次々と。
中には早くも復活したらしい頑丈な輩も紛れているが、それでも多くはない。
爆走する馬車の中で振り回された後の俺達とそっくりな状況だった。何故こんな光景を繰り返し見せられなければならないのか。
それでも参加者達に移動しないという選択肢はなかったらしい。
不服そうに、しかし次々広場から大通りへ向かう俺達の後に続いてくる。
その先には計三〇台の荷車が所狭しと並べられていた。
勿論、そのどれも同じように重りが取り付けられている。
飛び入り参加したからか、余裕と思われたか、俺もマユも比較的後ろの方に追いやられた。
「細かい決まりは特にありません! 上の重りを落とさないように荷車を引いて、ここに書いた通りに走っちゃってください! あんまり過激な妨害は失格にしちゃいますからね。もちろん魔法は禁止ですよーっ!」
石畳の上を、此の車輪で。
改めて見比べてみると、縄で縛りつけられている理由がすぐに分かった。
固定しないとそもそも勝負にならない。
参加者達がちょっと調子に乗って全力疾走するだけでも跳ねて揺れて、大勢失格が出ていただろう。
衝突しようものならどれだけの被害が出るか分かったものじゃない。
少なくとも、このイベントではそういう繊細さは求められていないわけだ。
(……まあ、あんな無駄にデカくて頑丈そうな塊を用意するくらいだから当然か)
受付の裏側、予選に使われた野とはまた別の巨大な岩。
次はあれを壊せとでもいうつもりだろう。破片が派手に飛び散る事くらい目に見えているだろうに。
もう一つ驚いたのは、住人の反応。
見れば家の窓から、荷車がギリギリ通れない裏道から、食堂のテーブルから、大勢がこちらに視線を向けているのが分かる。
一直線に進んだ曲がり角の向こうでもそれは同じだろう。
「それでは位置に着いて……よーい………………ドンっ!!」
司会の合図は、たちまち大男達の怒号でかき消された。
跳ねる荷車。
木の車輪と石畳が、指揮も調和もなく好き勝手に音色を奏でる。
数秒前までの静けさは、大男達の野太い雄叫びにたちまち呑まれ、押し潰されていった。
「邪魔、です!!」
ライバルより一歩でも早く。
我先にと大暴れする大男達が相手でも、マユは全く引けをとらなかった。
荷車は男達のそれと変わらない。
それでもマユは、誰よりも前に飛び出した。
いつの間にか手を組んでいた二人の男が、各々の引く荷車で壁を作るより早く飛び出した。
小柄で、スピードもある。
二位集団と言えど、すぐには追い付けそうにない。
残された男達が標的に選んだのは。
(来たか…………!)
やはり、二位集団に近い俺だった。
前に出るでもなく、一定の速度を保ち続けていると、たちまち五台に取り囲まれる。
しかし隣に着けてきたのは一台。
「意外だったな。てっきりさっきみたいにぶっちぎると思ったのによォ。涼しい顔して実は疲労困憊ってか?」
「ふ、まさか。……待っていたんだよ。俺も」
「へぇ? 言ってくれるじゃねえか、兄ちゃんよォ。いいのか? 置いて行かれちまったのに」
「そうするように頼んだもので。……マユが狙われるよりは確実ですし」
「そうかい、そうかい。だったら…………こいつはどうだ!!」
脇の一台が左側から寄せてくる。
前も後ろも、他の参加者が塞いでいた。
反対側も壁。抜け道はない。
(……だと思った)
仕掛けるのは、二つ目の角を右に曲がる、その瞬間。
「上等っ!」
「なんっ……!?」
お男の右肩と、荷車と、自らの意思でぶつかり合う。
押し返し、コースを逸れることなく爆走り続ける。
「て、テメェ……!」
「元からこういう種目なんだろう? ……後ろも詰まっているようだし、早いところ決着をつけようか?」
「けっ! 吠え面かいても知らねえぞ!」
二度目の激突。
町中から、わっと歓声が沸き上がった。




