第174話 飛び入り参加
「やっほ、こんなところにいたんだ? 騒がしいけど、何かのイベント?」
小さな公園とでも呼ぶべき、町の一角。石畳の舗装もされていない場所。
偶然にも群衆に紛れたアイシャ達を見つけたレアムは、アイシャの肩をぽんと叩いた。
遅れて宿を発ったレアム達。
キリハやマユの姿がない事にレアムも一度は引っかかりを覚えたものの、単に用事で出かけているのだろうと結論付ける。
しかし、振り返ったアイシャの表情はどこか浮かないものだった。
「あ、うん……」
「……まあ、そうなんですけど……」
その上、ユッカが困ったように視線を逸らす。
彼女達の周りの観客は今も熱狂しているというのに、アイシャもユッカも、そしてリィルも真逆の反応を見せた。
熱狂の原因こそレアムには分からなかったが、若い女の声は耳に届いていた。
その威勢のよさに内心引きながらも、改めてアイシャ達に問いかける。
「じれってーですね。さっさと答えろですよ。三人だけでなーにぐずぐずやってやがるですか」
「出かけるときは確かキリハ君もマユちゃんもいっしょだったよね? 二人は?」
「……あっちを見れば分かるわよ。すぐに」
(あっち……?)
リィルが指差したのは、まさに群衆の中心。
今まさに何かの催しが開かれているであろうその場所からは、屈強な男たちの奇怪な叫び声が聞こえていた。
「そら、よっと……!」
そんな雰囲気などお構いなしの人物が、まず一人。
思わずレアムがサイブルの頭と見間違えてしまう程に巨大な球体を、キリハは抱きかかえるように持ち上げていた。
両端の凸から垂れる銀の鎖。
その先端にはこれまた重そうな鉄球が取り付けられ、宙を彷徨う。
他の参加者が地面にかすらせる事のないよう耐えている中、キリハは涼しい顔でそれを持ち上げていた。
「飛び入り参加のキリハ選手、これだけ追加してもまるで響いていない! まだまだ余裕の表情です! 一体あの腕でどうやってこれほどの力を発揮しているのでしょうか、私にも分かりません!」
(……うん?)
迫真の実況。
女の言葉に、一層広場が盛り上がる。
(あー……これってそういう……え、正気?)
おおよその状況を把握する一方、レアムは現状に対する理解を早くも放棄しようとしていた。
「てい、ゃ……っ!」
そんなレアムの意識を引きつけたのは、同じく姿の見えなかったマユだった。
キリハが持つそれと同じく巨大な球体に、同じ重りを当たられながら同じく持ち上げていた。
「同じく飛び入り参加のマユ選手! こちらもすごい! こちらからは陰に隠れてその姿はほとんど見えませんが、立っています! しっかり立っています! とても子供の腕力とは思えません!」
「マユは子供じゃない、ですっ」
「大変失礼しました! しかし凄まじい! ストラは怪物ぞろいかーっ!?」
力のこもったマユの否定。
しかしそれは抱きかかえている球体の重さによるものではない。
レアム達の目にもそれは明らかだった。
両足を震えさせている参加者も多い中、[イクスプロア]の怪力コンビは微動だにしていない。
「……大丈夫? あの二人が出るのはちょっと反則じゃない?」
「一応、誰でもいいみたいですよ。魔法は使えないみたいですけど」
「そんなことしたら無法地帯になるのが目に見えてるもんねぇ。……って、魔法なしであれなんだ……やっばー……」
「あの岩ぶっ壊してねーだけ上出来でしょーよ。あいつらこういう大会荒してた方が稼げるんじゃねーです?」
キリハが得意な魔法を使えば、この場にある球体全部を同時に持ち上げるくらい簡単にやるだろうとレアムは考えていた。
しかし、今はそれすら使っていない。単純な筋力勝負。
あまりにあんまりな催し物に、それに参加する仲間二人の姿に、最早呆れる事すらできなくなっていた。
かつてアイシャから、キリハが《蝕む熱銀》を素手で千切るように破壊したという話をレアム達も聞いていた。
それでも、まさかこんな屈強な大男たちの中に混じるとは思ってもみなかったのだ。
「なになに、優勝賞金は……うわっ、五〇万リートだって。副賞付き。まだ受け付けてるみたいだし、レイス君もトーリャ君も出てみたら?」
「無茶言うなって」
「……キリハがいるなら、オレも、やめておく」
笑いながら提案したが、レイスやトーリャが出ようとした時にはレアムも止めるつもりでいた。
賞金目当てで怪我をしたら元も子もない。
(っていうか、キリハ君もマユちゃんもなんでこんなイカれたイベントに参加しちゃってるの? 脳味噌シェイクされちゃった?)
そうしている間に、また一つ重りがつけられ、二人が脱落。
球体の位置が変わっていないのは、やはりキリハとマユの二人だけだ。
「やめて正解。受付の時点であそこの人達に腕相撲で勝たなきゃいけないのよ。……誰かさん達は圧勝してたけど」
「ほんとに一瞬でしたよね。どーん! って」
「事件の瞬間が目に浮かぶねぇ」
茶化しながらも最低限、五人の大男は怪我の警告をした。
今まさに実況を続けている女も思い留まるよう促した。
それでもと様子を変えないキリハとマユに、一度こらしめてやろうと大男のうち二人が勝負を仕掛けた。
勝敗は一瞬で決した。
キリハとマユが、全く同時に相手を叩き伏せてしまったのである。
「……ところでさ、これどういう状況? いや、力自慢大会やってるのは分かるんだけど、なんであんな……岩? なんか持ち上げてるんだよ」
「一応、これが予選なんだって。だから、その……あっちには脱落しちゃった人もいて……」
「だが、確か……受付にも、条件があると」
「そうですよ? その上でやってるんです、あれ」
残りは三〇人と、決して少なくはない。
しかし最初、参加者はその三倍以上いた。
増え続ける重りに耐えられず、一人、また一人と脱落していったのだ。
大男達の筋肉量に差はある。
しかし彼らと比較するとキリハもマユもやはり目に見えて小さい。
その分、注目度も高まる一方だった。
「その重量は既に大人六人分! この二人は何故こうも平然としていられるのか! 他の参加者さんも頑張ってくださーい!」
(((できるか!!)))
主催者席から煽る実況。
その時レアムは、他の参加者たちの悲痛な叫びを聞いた気がした。
「……あの二人、もしかして片手で持ち上げられる?」
「キリハならできる。絶対できる。賭けてもいいぜ、オレ」
「んじゃ、もしあいつがやらかしたらレイスはここにいる全員の昼飯奢れです」
「キリハーっ! 絶対落とすなよー!?」
レイスの叫び声にキリハは振り向く。それでもやはり、球体が揺らぐことはない。
途中で妨害を目論んだ参加者達も、自らに課せられた重量にそれどころではなくなっていた。
「あはは、レイス君必死だねぇ」
「……心配しなくても、キリハなら、普通に片手でも持てそうだが……」
誰も言葉にしなかったが、その時一同の脳裏には全く同じ光景が浮かんでいた。
今、両腕で抱えている球体を、片手でお手玉のように弄ぶキリハの姿が。
「さあ! いよいよ最後! 一〇個目です! ここまで頑張ってきた皆さん! 落とさないでくださいねーっ!」
ラストスパートとばかりに男達は足腰に力を入れる。
様子が変わらないのはまたしてもキリハとマユだけだった。
そうしている間にも、実況席の砂時計の中身は一方に移り続ける。
「おーおー。それにしても圧倒的だね、うちのチーム」
「うちのっていうか、キリハとマユちゃんがとんでもないだけっていうか……」
「マユ、キリハさんに対抗してるわけじゃないですよね? さすがに止めた方がよくないですか?」
「そのくらいはあいつも分かってるでしょ。もう重りも増やさないみたいだし、後は時間待つだけじゃない?」
一同はそれ以上深く考えないことにした。
ただ目の前に広がっている光景を、その異常性は道端に投げ捨てて、ひたすらに受容する事を選んだ。
「……はい、そこまで! 残っている皆さんも脱落しちゃった皆さんもお疲れ様でした!」
参加者たちが一斉に球体を手放した時、観客の誰もが身体の痺れを感じた。
地面は割れ、舞った土煙が見物人の腰まで覆った。
「いい具合に参加者の選別も出来たところで次! 次いっちゃいますよーっ!」
そんな参加者に告げられたのは、あまりに無情な一言。
「うわ、鬼畜。見てよ参加者の表情。私達じゃ魔物が相手でもあんな顔できないよ?」
「平然としてやがるのがいるじゃねーですか。二匹」
「あの二人はノーカン、ノーカン」
アイシャも、ユッカも、リィルも、レイスも、トーリャも深く頷く。
首をかしげていたのはやり取りの聞こえないキリハとマユだけ。
このまま一方的な試合が繰り広げられるのだろう。
誰もがそう思った。
「そして二回戦では――……これを引いて、街の中を走ってもらいます! さあ皆さん準備しちゃってください!」
金属が括りつけられた荷車を見るまでは。
「「「………………あっ」」」
そう。街の様子を、キリハは知らない。
同時に浮かんだのは、先程と真逆の可能性。
(((これ……負けるかも……)))
何故ならそれは、キリハの最大の弱点が大きく影響してしまうものだったからだ。




