第166話 管理役からのメッセージ
「これ、って……」
マユの反応はアイシャ達にとって、予想していた通りのものだっただろう。
宛名も書かれていない、しかしストラの協会へ届けられた一通の手紙。
ストラに住む人々全員へ宛てたとも取れる手紙。
そこには、グレーのショートヘアを持つ小柄な少女について書かれていた。
直接名前を出すことはなくても、俺達や支部の面々が真っ先に連想するのはただ一人。
手紙を見たマユの反応で、それは確信へと変わったに違いない。
「やっと例の人にも噂が届いたんだろう。一歩前進、といったところか」
「どうせなら会いに来てほしかったですけどね」
「何か事情があるんでしょ。今すぐには動けないとか。……ちょっと気になるところもあるけど」
「ま、まあまあ……きっとすぐに理由も分かるよ。ね?」
別の町の協会から送られてきたものではなかった。
運んできたのは、トレスの更に向こう、コロサハという町を拠点に活動している冒険者だったという。
その冒険者に手紙を渡したという女性も、他所の町でコロサハまで運ぶように頼まれたらしい。
女性もまた、とある町まで運ぶように頼まれた人物から受け取ったのだとか。
つまるところ、いつどこから出された手紙なのか全く分からない。
しかも厄介なことに、途中で支部から支部への転送も行っていたらしい。調べてくれたルークさんがそう教えてくれた。
その上、転送を行ったのはリーテンガリア国内の支部のみではなかったのだという。
隣の小国、ケクルギアの町すら経由していたのだから驚きだ。
過剰にも思えるが、何かしらの理由はあるに違いない。
たとえば自分の居場所を誤魔化すため、とか。その考えに至った経緯は推察しようがない。
「さっき届いたんだって。マユちゃんならもしかしたら何か知ってるかもて思ったんだけど……ど、どう?」
「その質問は封筒の裏に書いてあるメッセージを見てからでも遅くはなさそうだがな」
「へ?」
手紙の差し出し主はある程度、受け取った人達の人柄も当てにしていたのだろう。
文の途中が隙間から見えてしまっていた。
気付いていた人は気付いていただろうから、あえて触れなかったのだと思う。
俺が指摘しなくてもそのうち誰かが教えていたに違いない。
「あ、やっぱり? 何か書いてある気がしたんだよね。秘密のメッセージってところかな?」
「普通書かねーですよ、そんなとこ」
「他にも細工をしていそう、だが」
「それはないんじゃね? ……な、キリハ。オレにだけ先に教えてくれよ」
「ないものをどう教えろと言うんだ」
俺も気付かないほど細かな術式でも仕込んでいるのなら知らないが、協会に転送を依頼した時点で引っかかっている筈。
怪しげな術式が込められているとわかればたちまち差し押さえられるだろう。
極端な話、転送技術を逆手にとって特定の支部に被害を与えてやろうと目論む馬鹿がいてもおかしくはない。
その場の思い付きでもこれだ。他にどんな手口が出てくるか分かったものじゃない。
火を近づけてみたり、ブラックライトめいたものを用意できればまた結果が変わるのかもしれないが。
「しょーもないことしてんじゃねーですよ。……で、そっちにはなんて書いてあったですか、マユ?」
「……無事を知れてよかった、って」
「え、それだけ? そのくらいなら別に仕込む必要もないと思うけど」
「もうちょっとだけ続きもある、です。ただ……」
待ち望んでいた一通。
しかしそれを見つめるマユの表情は決して晴れやかではなかった。
喜ぶどころか、まるで奇妙なものでも見つけたかのような表情。
レアムの指摘ももっともなものだった。少なくとも、無関係な他者に読まれることを危惧したようには思えない。
しかし、マユの言う続きもどれだけの情報が記されているか……
「場所も何も書いてない、です」
「……何だって?」
そう言ってマユが見せてくれた手紙には、マユの無事を喜ぶ以外、自身の安否を知らせる程度。
以前の事務所を引き払ったとだけ記されており、次の居場所も何も書かれていない。
「みなさんにも見てほしい、です。町の名前も、近くのことも全然書いてない、ですから」
「ほ、ほんとだ……」
何度見ても何もない。
特に目を引くような固有名詞もない。
縦読みするとあ、ス、ぶ――……少なくともそんな名前の国や町は聞いたことがない。
マユが攫われた地域とその付近を中心に探し回っていた筈。
その辺りの町に関しては最低限名前を確認した覚えがある。
(アナグラム、家の名前、文字をズラしても……そもそも別の列? 斜め読みか?)
戦闘の文字だけを抽出しても手掛かりらしきものは得られれない
しかし、果たして本当に何の意味もない文字の羅列なのだろうかと脳がしつこく訴える。
「……誰かに見られると思ったからじゃ、ないのか?」
「それにしたって返信先くらい教えやがれってんですよ。どこかに書いてねーんですか?」
「なさそう、です。ほんとにこれだけ、ですから」
「暗号解読の魔法とかねーんですか、キリハ」
「あったらとっくに使っているとも。それに、本当に暗号のつもりで送ったかどうかも分からない」
言えはしなかったが、向こうでは暗号の解読を魔法で行う必要がなかった。
封印に近い強固な魔法を解除するための魔法の使いてはいたが、それとはまったく関係ない。
あくまで今の俺にできるのは、相手が口にした言葉をそのまま受け取り解釈するだけ。
それ以上の力はないし、求めようとも思わない。
(本人に会えるのなら、それが一番だが……)
リーテンガリア国内に限定しても《小用鳥》を全域に飛ばすことはほぼ不可能。
ある程度広い範囲に飛ばす事ができたとしても、今度は事情を知らない冒険者に撃ち落とされる。
この手紙を出せたという事は、少なくとも人里からそう遠く離れてはいない筈。
そんな場所を探せば当然他の誰かに《小用鳥》が見つかるのは当然の事。
「あ、だったらさっき手紙を届けにきた人はどうですか? まだきっとこの町にいますよね?」
「「「…………あぁっ!?」」」
せめてその人の来訪があと一日前後していたら。
何かしらの形で直接会えていたらすぐに魔力の反応を追う事ができたのに。
教えてもらえるか微妙なところだが仕方ない。ガルムさんに頼んで――
「……多分、無理だ」
「オレも。……アイシャちゃん達が探しに出た間にちょっとだけ話したんだけどさ、用事があるみたいだったんだよ。他の町で」
「気の利かねーやつですね。そのくらいと止めとけってんですよ」
「無茶言うなよ!?」
「……急いでいたのに、それはできない」
その人物が本人、という可能性も決して否定はできないだろう。
手紙が東奔西走している間に移動を続けていればいずれは追い着く。
あちこちの町を経由させていたことにも説明がつく。
「その人の名前は? 顔や身に着けていたものでも、なんでもいい。その人の事で覚えていることはないか、何か」
「き、キリハ? まさか……」
それと、向かった方向さえ分かれば後はどうにでもなる。
多少の変装も目の前に行けばさすがに見抜ける。
「ああ、少し飛ばして追い駆けてみる」
スピードに関しては言わずもがな、だ




