第167話 受け渡しの方法
「……なるほど。渡してきたその人も頼まれただけ、と……」
高速飛行を続けること約五分。
ストラの町を出て既に隣町へ向かいつつあったのその人からは、やはり擬態魔法に傾倒する力は感じられなかった。
精巧なバイオマスクを装着、しているわけでもない。と、思う。
最初こそ怪しまれてしまったものの、マユもいたおかげかすぐにこちらの事情は伝わった。
それでも結局、質問攻めにするあまり疑いの目を向けられてしまったが。
「もういいかな? 話せることは全部話した筈だよ」
「そうですね……あ、いえ、もう一つ。追い着かれた時の指示は、どのように?」
「なんのことかな。こっちは依頼を受けただけなんだ。あんまりしつこく聞かれても答えようがない」
「確かに。お忙しいところ失礼いたしました」
あったところでそう簡単に教えてくれる筈もない、か。
当然だ。俺もそうする。……とはいえ、このまま引き下がるつもりもない。
「あの……すみません。もう一つだけ聞きたいことがあるのですが……」
「……今度は何かな」
どことなく呆れたような声。
うんざりした様子で、しかしそれでも振り返ってくれた。
言っている俺でさえ微妙に鬱陶しいと感じているのだから、言われた側の心境など尋ねるまでもない。最悪だ。
「いえ、どうやって報酬を受け取ったのか気になってしまって。実は今度、似たような方法である方に手紙を出そうと考えていたんです。できることなら参考にしたいんですよ」
「誰もそこまで聞いてないよ」
「でも、言っておかないと納得してもらえないでしょう?」
それに一瞬、眉間に皺が寄っていた。
報酬の件について触れた時、明らかに表情が変わった。
俺の思い過ごしであれば何の問題もない。
運び役と受取役、その全員に指示をするなど現実的ではない。
仮に計画していたとしても、ストラへ着くまでのどこかで途切れていた可能性が高い。
そもそもの話、見ず知らずの相手に伝達するのが難しい。
もし全員と面識があったとしても、そう簡単な話ではないだろう。
かといって、全員の身元なんて調べられる筈もなく。少なくとも、今の俺達の立場では不可能。
昔のような強権もできない。
「あらかじめ手を回していたんだと思うよ。推測だけど」
「なるほど、なるほど。……ありがとうございます。おかげで参考になりました」
「それはいいけど、他ではこんなことしないようにね。どうなっても知らないよ」
最後の忠告は善意によるものだったのだろう。
少なくとも、後ろめたさを覚えているような印象は受けなかった。
どちらかと言えば、俺に対する警戒心。
もしただ迷惑しているだけというなら、本当に無関係なのかもしれない。
どちらにせよ、これ以上その場で追及することはできなかった。
「ほんとに知らなそう、ですね?」
「同感。……あれ以上となるともう無理に聞き出すしかない、か」
「そこまでしなくていい、です。そういう悪い人にはなってほしくない、ですから」
「ふ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
もっとも、これまでそうしてきた事実が都合よく消えてくれるわけではないが。
だがあの魔法には実際、強制力の強さゆえの問題もある。
その人物が本当に知っている通りの情報を口にせず、術者の願った言葉を発する可能性もあった。
それが術者の知り得ない情報であったとしてもだ。
魔法を使われた側の解釈が絡む関係でどうしてもおこってしまう。
無理矢理に従えようとした際の、もうひとつの代償とは無関係に起こってしまう。
この世界でも同様の理由で用いられることはないだろう。
もしかしたら、太古の時代には禁止していた地域もあったかもしれない。
使い手は多くなくとも、いや、多くないからこそ。
支部長も、そういう魔法の存在にあまりいい顔はしなかった。
魔法を愛しているからこそ思うところがあったのだろう。そういう結論に至るのは分からなくもない。
「しかし参ったな……本当に何も知らないなんて。……いっそのこと、コロサハまで向かってみるか」
「ならさっきよりもっと早く飛んでほしい、です」
「できないことはないがおすすめはしない」
今の俺の最高速度でも、コロサハという町まで日帰りすることは不可能ではない。おそらく。
とはいえ、それもこれも一直線に進む事ができればという前提の上に成り立つ話。
些細なきっかけで別の方向に向かい始める自分の姿がありありと浮かぶ。
とはいえそうなると、さすがに皆にも一言――……
「今のは冗談、ですから、コロサハまでほんとに行ったりしないでほしい、です。遠い、ですし、無事が分かればマユも一安心、ですから」
「高速飛行の件は最悪それでもいい。だが……まだ諦めるには少し早いんじゃないか? 移動する前には手紙のやり取りもしていたんだろう?」
「そう、ですけど……」
「別に会いたくないというわけでもない」
目をそらし、やや遠慮がちにマユは頷いた。
その話を聞いたのは、バスフェーが本来の形を取り戻しつつあった時。
マユは、その時の記憶を頼りに何度か手紙を送ったのだと教えてくれた。
しかしながら、返事はなかった。
それどころか、ある時を境に送り返されるようになった。
それ以前の手紙に関しても、ストラから出されたものは大半が協会で見つかったと聞いている。
一般的な管理役との関係だけではない。薄々ながらにそう感じていた。
気になるのはそれだけ交流のあった人物が、何故今になって行方をくらますような行動に出たのか、だ。
本音を言えばあまり考えたくない可能性ではあるが……その実、マユも薄々ながら感じているのかもしれない。
「でも、今はキリハさんも、ユッカさんたちもいる、ですから。寂しくなんてない、ですよ?」
「む…………」
でなければ、わざわざこんな作り笑いを浮かべたりはしないだろう。
普段はあまり大きく表情を崩すこともなく、こっそり笑顔の練習をしているようなマユが、こんなに硬い笑顔を浮かべはしないだろう。
……そういうことなら。
「この手に限る」
「どの手、ですか?」
考え込んでたキリハさんが連れて行ってくれたのは近くの森、でした。
急にどうしたのかよく分からない、です。
前から思ってた、ですけど。キリハさん、こういうところある、ですよね?
普段は本当に落ち着いてる、のに。
マユは嫌いじゃない、ですけど、リィルさんはよくびっくりしてる、です。
「何、ちょっとした依頼を思い出しただけだ。さっきの手紙のことは一旦頭の隅に置いて、少し付き合ってくれないか?」
「それなら皆さんも呼んだ方がいいと思う、ですけど」
「まあまあ、今から支部に戻るのも億劫だ。出掛けたついでに片付けた方が早い」
すぐに嘘だって分かった、です。
だってさっきはあっという間だった、ですから。
何かに不満を言うことはあっても、なにかをめんどくさがるような人じゃなかった、ですから。
(やっぱり、マユが……)
気付かれた、でしょうか?
きっと気付いてた、です。
大丈夫、って言った時も、申し訳なさそうな顔、でしたから。
『……すまないね』
初めてあの人に会った時と同じ顔、でしたから。




