第155話 手紙で何度も
仕事が残っているマユと別れたのがついさっき。
話題は当然、先程協会に預けた手紙へと移っていった。
日中の商店通りということもあって人通りはそれなり。
一番の大通りほどではないが、買い物客が大多数を占めていた。
お茶をするような店は勿論、立ち食いできるような店もほとんどない。
食品系統というより、消耗品を多く揃えているエリアがそこだった。
「でも、ちょっとびっくり。サーシャさんとやり取りが続いてたなんてね。あの人だって忙しいんでしょ?」
「それはそうだろう。……だが、もしかするとそれも理由の一つなのかもしれない」
当時の状況を思い返して、真っ先に思い付いたのがそれだった。
とはいえサーシャさんがそうだという具体的な根拠はない。そんなことを言えるほど、サーシャさんのことを俺は知らない。
そのせいか、どうやらリィルには伝わっていないようだった。
それどころか怪訝そうな表情をさせてしまう始末。
「[ラジア・ノスト]と直接的な繋がりがないからこそ話せる事もあるんだろう。……多分」
今のところ、アイシャを勧誘しようというつもりがないのなら。
年齢もそこまでは慣れているわけではない。多分。
「言葉の割に不満そうじゃない。アイシャがそのことばっかり考えてるとか?」
「不満があるわけじゃない。そういうのではなくてだな……」
それはいい。
この世界で仲のいい文通相手がいるというのはむしろ羨ましいくらい。
そこで終われば俺もこんな思いをすることなどなかった。
問題は手紙をやり取りしていることそのものなどではない。
「何よ。言いよどんじゃって。あたししか聞いてないんだから言っちゃいなさいよ」
「人によっては馬鹿馬鹿しくも思える話だ。……笑ってくれるなよ?」
気にしすぎと言えばそれまで。
何か危ない話へ繋がっているわけでもなんでもない。そんなことで、と返されるのがオチだろう。
教えてくれた時も本当に楽しそうに話していた。
アイシャに悪意などある筈がない。それが分かっているから無理に頼むこともできない。
「あくまで、あくまでもアイシャから話を聞いた限りではあるんだが……サーシャさんと自慢合戦のようなものをしているらしい」
「………………なんて?」
しかしさすがに、リィルの反応も変わった。
足を止め、こちらを見上げるその目は困惑一色。まさかそんな話題が飛び出すとは思っても見なかったのだろう。
その気持ちはよく分かる。痛いくらいによくわかる。
初めてその内容を見せてもらったあの日感じた気持ちがまさにそれだった。
「だから、自慢合戦だ。誇張でもなんでもなく。各々の対象は……言わなくても分かるだろう?」
「分かるに決まってるでしょ。まさかそんなことをしてるとは思わなかったけど。……まさかその話だけしてるわけじゃないでしょうね?」
「近況報告の中に織り交ぜて書いているらしい。色々と」
「ほとんど一緒じゃないの!」
「だったら是非アイシャにもそう言ってくれ。俺にはもう止められそうにない」
サーシャさんから『見せてもいい』と言われたらしい一通――姉の凄さを知ってもらおうという狙いもあったかもしれない――には、それはもうびっしりと書き込まれていた。
歪みのない字で、伝記の一節かと思ってしまうほど事細かに。
いっそ[ラジア・ノスト]の広報担当として各地に広めてやればいい。
読み物として一定の需要を得られそうな気がする。
「大体、ナターシャさんは止めようとないわけ? サーシャさんのお姉さんなんでしょ。前見た時はしっかりしてそうな感じの人だったのに」
「サーシャさんはあれが通常運転なんだろう。周囲に止められた程度で自重するなら俺達の前でもそうだった筈だ。例のリーダーも諦めているんじゃないか、もう」
家族というからには相応の時間を共に過ごしていたのだろう。
少なくともサーシャさんの言葉に、姉への劣等感や遠慮というものはまるで感じられなかった。
むしろこちら側から遠慮したいくらい。
そしてそれは姉であるナターシャさんにとっても同じこと。
最初は止めるように言っていたとしても、いつまでも続くとなれば話は変わる。
匙を投げたくなってもおかしくはない。
「まあ、合戦とは言ったがあの時の表情を見るに険悪な雰囲気でもないんだろうな。そもそも先に始めたのは向こうだったそうだから――」
「やめて。それ以上言わないで。……次会う時どんな顔をすればいいか分からなくなりそうだから」
「というと、どちらに対して?」
「どっちもよ!」
次いつ会うことになるかも分からないナターシャさんより、問題はアイシャに対してだろう。
少なくとも明日には会うことになる。
そこで今の話を思い出すなという方が無理な話。
対してアイシャ本人は自身の書いた手紙について違和感の『い』の字も覚えていない。
想像するだけでも混沌とした現場が目に浮かぶようだった。
とはいえ、言ってしまった事実を消すことはできない。誤魔化すしかない。
「まあまあ、いいじゃないか。本人達が楽しめているなら。アイシャが一体どんな話を引っ張り出しているのか分からないが」
「カウバから帰った後だけでもあるじゃない。分からないなんて言わせないからね」
「むむっ……」
たとえ耳の痛くなるような話題になったとしても。
前にサーシャさんの手紙が届いた日。《飛翼》はサーシャさんからも高評価だとアイシャが教えてくれた。
確か、術式で再現しようとしたら複雑すぎたとかなんとか。
あの支部長が興味を持った魔法と考えればおかしな話ではないのだろう。
どうやら運用に関しても今のところは問題ないとして認識されているらしい。
闇夜に放り捨てられ、助けも期待できない中で形にした魔法。
付き合いの長さで言えば《魔力剣》にすら勝る。正直、悪い気はしなかった。
「アイシャなら本当のことしか書かないわよ。あんたのことならそれだけで十分話題になるじゃないの」
だからこそ、その言葉にも頷いた。
否定のしようがなかった。
だが。
「それにあんた、前に言ってなかった? 故郷にいた頃はちょっと有名だったって。なら慣れっこじゃない」
「当時と今では状況が違う。ただまあ……あの頃よりは、真っ当な方向で名前も広まっているのかもしれないな」
名乗ったところで、向けられるのは憎悪か畏怖のこもった瞳。
それはまだしも、旧知の相手には別の理由で悲哀を味わわせる始末。
他にどうしようもなかったとは言えないだろう。
もし実際にそうだったとしても、肯定されていいものではない。
「……それでいいじゃない。昔は昔でしょ。あたしだってあんたに助けてもらったんだから」
「そのお礼にしては大き過ぎるくらいのものを、もう返してもらったがな」
そのことを、リィルはそれ以上追求しなかった。
だがこの穏やかな心地……リィルは勿論、皆にはいつも――
「ちょっと? どこ行くつもり? そっちに行ったって行き止まりしかないじゃない」
「…………何?」
それもたちまち固まった。
まさか。そんな筈は。
しかしリィルの表情をミルに嘘とは思えない。
「またまた、ご冗談を。あの角を曲がればこの通り、東の大通りに――」
「繋がってないわよ」
……どういうことだろう?
目を擦っても、頬を叩いてもその先に道はない。黄土色の壁が立ち塞がっている。
「…………いつの間にこの場所で工事が?」
「そんなわけないでしょうが!」
一体何故。
おかしい。確かこの通りから行けた筈。だというのに……何故?
「あのね、あんたね、一体どれだけこの町に住んでるのよ。こっちに来てからずっとでしょ? いい加減覚えてもいい頃よね!?」
「ああ勿論。分かっている、分かっているとも。この辺りは普段あまり来ないだけからつい頭から抜け落ちて……リィル?」
リィルの目が全てを語っていた。
今この瞬間だけは、俺の言葉を一切信じていないのだと。




