第154話 休みが欲しい
「おはよう、リィル。……もしかしなくてもユッカは……」
「そういうこと。仕方ないわよ。あの魔物があんなにうるさいなんて思わなかったんだから」
珍しくリィルが遅れてしまったのも、昨日のことを思えば当然とすら思えた。
しばらくは魔結晶を回収する気すら起きなかった。
もし横取りされてしまっても、それならそれで構わないと思えてしまう程度には。
その影響が翌日まで響いたところで、責められる筈もない。
俺も同じ理由でリィルを待っていたのだから。
「アイシャにも今日は大事をとって休んでもらうことにした。それを伝えようと思って来たんだが……そもそも今日は活動休止、か」
青空へ逃げた後もしばらく魔物の合奏は続いていた。
地面を砕き噴出する烈火の魔法。それが確実に植物魔物を包んだ後も。
業火程度で押し切れる程度の叫び声ではなかった。
多少遠ざかった程度では焼け石に水。《加速》様様としか言いようがない。
「ごめんなさい、です。もっとしっかり調べて、たら……」
リィルの注文品を運んできたマユの表情は決して明るいものではなかった。
その原因はただ一つ。しかし、マユのことを責めようなどと思える筈がない
「別にマユのせいじゃないでしょ。元々やることないって言ったのはユッカなんだから」
「俺の見通しも甘かったのもある。遠くから見えるならそのまま仕留めてしまうつもりでいたからな」
それこそあの花の部分が地面に出ていたのなら離れた位置から一発、なんて手段も使えたのだが。
そうすれば幾分マシになっていただろう。少なくともあんな絶叫を間近で聞く事はなかった。
多少の不満は仕方がない。接近戦を仕掛けるのも不利だ。
「それに、悪い事ばかりじゃない。おかげでいい教訓も得られた。次また同じような魔物が出たら逆にあの音を利用して自滅させてやればいい」
「聞くだけでも難しそう、ですけど」
「その辺りはこれから調整するしかない。自滅させることはできなくても、最低限周囲への被害を押さえられるのなら十分だ」
あれだけの騒音だ。ノーダメージではいられない筈。
ドームを形成し、音を可能な限り閉じ込める。
その中で反射させてやれば少なからずダメージを与えられるだろう。
魔法を吸収される用であればその都度補充してやればいい。耐久戦なら現状こちらに分がある。
そもそも俺達を守るようにドームを形成すればいい。
二枚で足りなければ三枚でも、四枚でも。
「何、幸い試行錯誤の時間はたっぷりある。偶発的に生まれた魔法を再現するより簡単だ」
「偶然……?」
「魔法が、ですか?」
……さすがにあんな経験はそうそうないか。
よく言えば火事場の馬鹿力。悪く言えば苦し紛れ。
それがきっかけで生まれた魔法も決して少なくはなかった。
あの《雷雹流渦》自体、偶然の産物だった。
「ああ。魔戦時代に何度か。魔法と呼ぶには不安定なものを、実用可能な段階に落とし込む……なんて、自分が使う以上のことは考えていなかったがな」
「だからちょっと変わった魔法が多い、ですか?」
「実際は言うほどでもない。たとえばこの前の《凍牙扉》。あの魔法も結局のところは氷の壁を牙の形にしたに過ぎない」
別に《氷壁》の下位互換というわけではない。
ここの強度で言えばむしろ上。何より形状の違いが生み出すそれぞれの利点がある。
特に《凍牙扉》は組み合わせのパターンが無限に存在する。
それこそ《氷壁》にはできないような小技もできる。
「実はあの魔法で攻撃できたり、とか」
「知論それはある。発動させるタイミングの調整は手間だが」
「通った瞬間に反応させる、とか」
「そういう仕掛けは術式向きだ。感覚重視の大雑把な魔法には向いてない」
支部長辺りならそれこそあの手この手で色々仕掛けてくれるだろう。
組織にもそういう魔法に重きを置いているメンバーもいた。罠の達人、戸でも言うべき人物が。
惜しむべきは……
「何より、対象を認識してから実際に魔法が形になるまでの僅かなラグ……その隙間の時間に抜けられたら意味がない。勿論、それができない相手には十分有用なわけだが」
強行突破。ゴリ押し。
防御魔法で防ぐでもなく突破しかねない人物には心当たりがあった。
やりよう次第では俺でもできる。
「エルナレイさんにもできない気がする、です。そんな、無茶苦茶」
「いいや、できる。間違いなく。足元で発動した魔法を感知してから避けるなんてそう珍しい話でもない」
「珍しいどころか聞いたこともないわよ」
「それまで避けられたらもうどうしようもない、です」
やろうと思えばやれる、とは言えなかった。……さすがに止めよう。リィル達の反応も微妙だ。
「まあ、この際それはいい。折角の時間がもったいない。それよりお見舞いの品でも買って行こうか、ユッカのところに」
聞く限りではアイシャより症状も酷いのだろう。
何より最後の急上昇がトドメになってしまった。
「いいわよ。そのくらいならあたしが持って帰るから。今日は一日寝るんだって」
「本当に大丈夫なのか? それは……」
「女将さんにも言ったから大丈夫でしょ。顔色だってそこまで悪くなかったし」
それなら一安心。
もしかしたらと思っていた。
リィルがいつもとそう変わらない表情だから安心していたが、その可能性を否定し切れなかった。
ただ……
「……リィル? ユッカと何かあったのか?」
「別にないけど? ……ちょっと待って。今日のあたし、そんなに変?」
「いや、変というわけではないんだが……」
「いつもならもっと心配してる気がした、ですから」
だからこそ、かえって奇妙だった。
別人が成り代わったわけでもないのに、この反応。
リィルにしては少し淡泊なように思えたのだ。
「慣れよ、慣れ。あんたもよく言ってるでしょ。大丈夫な時とそうじゃない時くらい分かるわよ。さすがに」
……耳が痛い。
全く関係ないのに耳が痛い。
「そういうあんたは? アイシャのところに戻らなくていいの?」
「ああ、それが――」
「げ、月刊……ギーエ? それが今日ストラに届くんだな? それと、サーシャさんへの手紙を……」
最初聞いた時は思わず分からなかった。どう考えても雑誌以外ありえないというのに。
しかし、今まで気にも留めたこともなかった。一体いつの間にそんなものが。
「そうなの。ちょっと高くて、いつもだったら買わないんだけど……今回はアーコのことも書いてあるみたいだから。ごめんね? お願いしてもいい?」
「勿論」
話を聞く限り、どうやらリーテンガリアに関わる情報を集めた月刊誌めいたもののようだった。
例によって協会が一枚噛んでいるのだそう。
突如出現が核にされた魔物に関して、そう言った形でも情報を発信をしている、とかなんとか。
近くの支部での掲示とはまた違った効果もあるのだろう。
生憎、こちらの世界にはスマホのような代物もない。
「それに、アーコ……ということは」
「うん、お父さんのいる町。……直接関係あるわけじゃないんだけどね。あははは……」
……あの時、魔道具やらを組み合わせてそのうち作りかねないと感じてしまったのはきっと俺の早とちりが原因だろう。
大型射出兵器とはわけが違う。あれも例外と言っていい。
「あら~? それだけじゃないでしょ~? 今回はあっち男の子に人気の料理が――」
「わーっ! わーっ!! お、お母さんなに言ってるの!? そうだったっけ!?」
「そうだったっけって……店長さんから聞いたのは私よ~? それで、この子ったらね~」
「お母さん!」
とはいえ、心配しすぎない方がむしろいいかもしれないと思える程度にはアイシャも回復していた。
魔物の騒音に、強引な脱出。
昨日の影響はほとんど残っていないように見えた。
アイナさんに向かって反論していた時もいつも通りだったのは間違いない。
「なんでもない、なんでもないから! ……ほんとだからね!?」
「ああ勿論。分かっているとも」
あの否定っぷりは、元気が有り余っているくらいだったが。




