第153話 魔物の絶叫
『AHHH――――!!』
「ううううううるさぁ――――――っ!!?」
よく響く。
少しでも音を遮断できるよう最大限努力をしているというのによく響く。
「ちょっ、キリハさ……キリハさん! あれっ、なんとかにゃら、ならないんですか!? うるさいどころじゃないですよ!?」
「さすがにこんなばかげた騒音を防ぐ魔法なんてない。……どんな進化を辿ればこんな騒音植物が出来上がるんだか」
地面から強引に引き抜いたわけでもないというのに、この悲鳴。
手で耳を覆った程度では焼け石に水。まるで緩和されていない。
森の中、ストラの外壁が見えなくなってしまう程に深い場所。
マユが教えてくれた討伐依頼の対象。
それは、複雑に絡み合った蔦の先に赤紫の花を咲かせた何とも奇妙な魔物だった。
しかも、花の部分は大人を丸呑みできそうな程。
舌のようにも見える柱頭が一層その印象を強める。目らしき器官もなく、とにかく不気味で仕方がない。
遠目からは人型に見えない事もない。
しかし背丈は三メートルに迫るもの。手のようにも見える葉もやたら刺々しい。
その上、騒音という名の破壊行為を繰り返すのだから始末に負えない。
不幸にも近くを飛んでいたバーリィは羽ばたく力を奪われ、ビーザはひっくり返ったまま動かない。
もはや存在そのものが音響兵器。風向き次第でストラに届いてもおかしくはない。
(しかも、こいつ……)
周囲の魔力を吸収している。地中深くまで伸ばした根を利用して地上の魔法を分解してい吸っている。
そもそもこの大音量。下手なことをしても逆効果。
しかし、魔法で作った箱型の効果などたかが知れている。
しかもそれを次々分解されていく。分解される傍から作り上げる不毛な耐久戦。
地面から顔を出さずとも吸収できるとは羨ましい限り。
地面の下には無数に枝分かれした音が広がっているに違いない。
だが、それを差し引いても異常な分解速度。つまりはそういうことだろう。
とはいえまさか地面ごと焼くわけにもいかない。大惨事待ったなしだ。
「み、水よ、集いて――……きゃぁっ!?」
「アイシャ!? ……もう! こんなにうるさいと集中できないじゃないの!」
この騒音でいつも通りに魔法を使うのも難しい。
たとえ精霊の力を借りられるだけの資質があったとしても、精霊達が拒むだろう。自分達の防衛でおそらく手一杯。
弾け飛んだ水魔法の影響は特にない。
とはいえこんな状況だ。昨日の練習の成果も得られないだろう。
「き、キリハさんいつものあれで燃やしてくださいよ! なんとかなるんですよね!?」
「分かってる。ただし忠告。絶対に耳から手を離してくれるなよ」
「は、はい?」
確かに忠告した。
正直、俺もこんな騒音を聞くような趣味はない。さっさと片付けるに限る。
「《岩砕炮》……!」
発動地点は鼻の部分。
丸ごと燃やすほどの号かを思い浮かべ、魔力を糧にそれを現実のものとさせる。
そしてそのイメージは、思い浮かべた通り植物の魔物を包む炎となった。
あっという間に包む炎。しかし仕留めきるには至らない。
『GAHHHHH――――!!!!』
それこそが一番の問題だった。
「ひぃい――――っ!?」
最早、それを確かな音として認識することを脳が拒んでいた。
大気を震わせ、木々からたちまち緑の葉を奪い去る程のリサイタル。
最初の悲鳴がまだ可愛く見えるほどの大絶叫。
振り切れすぎて、むしろ芸術的とすら思えるレベル。二度と聞きたくない。
しかし、迷惑なだけの悲鳴に炎を打ち消すような力などありはしなかった。
意識を刈り取る程の断末魔は、本体の消滅と共に消え去った。
「み、耳が……頭がぁ……」
「ふ、ふらふら……ふらふら、して…………きゅう」
「い、いったぁ~……!?」
どうしようもない置き土産を残して。
ユッカもアイシャもリィルもすっかり目を回していた。
すっかり脱力し切って地面にぐったり。汚れる、なんて言える雰囲気ですらない。
正直、ここまでとは思ってもみなかった。
精々倍程度だろうとたかをくくっていた。
おかげで頭の中はトンカチで殴られたあとのよう。
魔戦時代にもこの手の魔法攻撃を受けた記憶はほとんどない。
「皆、動けそうか……? 厳しいなら言ってくれ。今のは明らかに俺のミスだった……つつ」
「いいわよ、そんな責任感じなくても……町に戻る余裕くらいなら、なんとかありそうだし……」
「わ、私も……キリハも頭痛そうにしてるし、無理はしなくていいよ……?」
また一つ作らなければならない魔法が増えた。しかしあのレベルの音量を防ぐとなると……
かといって、真空空間なんてもの作り出すわけにもいかない。俺一人ではないのだから。
「……はい?」
しかし、まだそこで終わってくれるほど異世界の魔物も甘くはなかった。
「ね、ねえ、もしかしてあれって……」
一輪、また一輪と地面から顔を覗かせる植物の魔物。
見た目はどれもこれも先程のそれと同じ。若干、花の大きさに違いがあるくらいのもの。
花の部分だけを地表に表すことが多い。そう聞いていた。
しかし現実にはどうだ。全身を地中に埋め、花を傷めることなく這い上がってくる。
「うそ、でしょ……? まだこんなにいるわけ……?」
しかも、八匹も同時に。
あの破壊的な悲鳴が同時に八匹。眩暈の原因はきっと頭痛ではないだろう。
蔦を鞭のように振り回すわけでもない。単純な戦闘能力はむしろ低い部類。
あの絶叫だけで、その欠点を帳消しにできるレベルの攻撃力を持っている。
所謂上級の魔物でもひとたまりもない。
こんなのが徘徊しようものならそれこそ大惨事は避けられない。
「キリハさん、逃げません? さすがにこれは逃げた方がいいですよ? 一匹であんなにうるさかったのに、こんなの倒しちゃったりしたら……」
「ああ、それはそれは凄まじい演奏会が開かれるだろうな……このままでも」
「……えっ」
「ちょっと?」
退くよう促す。正直今はそれしかない。
幸い花の魔物はまだあのけたたましい叫び声を発していない。その間に少しでも距離をとるのがベスト。
大合奏が始まれば最後。次は頭痛だけでは済まないだろう。
そして見逃せば、当然他にも被害が出る。
マユが見せてくれた依頼書にはもっと点在しているような書き方だった筈だが……その辺りは問い合わせた方がいいかもしれない。
もしあれが子供を作っていたらと思うとぞっとする。
「さっきのあれを聞いただろう。倒しても倒さなくても結果は同じ。だったらせめて……被害を減らした方がいいだろう?」
「かっこいいこと言ってる場合ですか!?」
「言ってる場合だ。放っておいたら通行人が巻き込まれる」
こちらの交代ペースには及ばないが、少しずつ移動を続けている。
となれば当然いつかは街道へ出ることになるだろう。
そもそもあの音量だ。今だって道行く旅人たちの耳を破壊していてもおかしくはない。
「大丈夫。騒音を多少緩和する手はある。少しばかり飛ぶ事にはなるが……何、絶叫を聞くよりは幾分マシだ」
「そうですけど、確かにそうですけど! そうじゃなくて!」
努めて穏やかな表情を浮かべた筈が、ユッカの説得には至らない。
そうしている間にも植物魔物はこちらへ向かって進軍を続けていた
距離が多少開いてもまるで安心できない。
「リィルもアイシャもなにか言ってください! このままじゃほんとに飛ばなきゃいけなくなりますよ!?」
「…………お願い、してもいい?」
「アイシャ!?」
「他にどうしようもないでしょ……あとユッカ、うるさいからちょっと静かにして……」
「任された。……皆はそこに。すぐに脱出する」
「あぁあああああ……!」
思えば、逃亡を目的としている部分も少なくなかった。
本来そう指定していた遣い方の一つに過ぎない。
「ひゃあぁあああああ――――っ!?」
あの大絶叫を間近で聞かされるよりはマシだろう。多少は。




