第152話 平和な朝
「はー…………」
賑やかさもやや鳴りを潜めた朝。
昨日の夕方出発したばかりのレイス達の姿は当然なく、まるでカウバにいた時のよう。
唯一違うのは今もマユは協会の仕事を手伝っている事。
思えば四人だけというのも珍しい。
ついさっきため息をついたばかりのユッカに肩を揺さぶられなければ、また違っていたのかもしれないが。
「やっぱり今からでも行きましょうよー。キリハさんなら絶対間に合いますからー」
「今からとなると直線に進むしかなさそうだがな」
「? 当たり前じゃないですか。寄り道なんてしてたら間に合いませんよ、絶対」
しかも例の講演会関係で。
まさか外から立ち聞きできるとは。てっきりどこかのホールを借りて開くものだとばかり。
実習的な内容に関してはチケット持っている参加者の中から選ぶそうだから、そこで差別化はできているだろう。
そもそも立ち聞き勢には椅子を用意されていない。
肝心な話が聞こえなかったり、見えなかったり。
かの有名な冒険者とやらを一目見たいだけならそれで我慢しろという事か。
「違う違う。文字通り一直線に行くしかないと言っているんだ。道を無視して」
「……歩いてできるんですか? それ」
「だから空の上から一直線に進まない限り間に合わないと言っているんだろう?」
「じゃあいいです」
V字ターンや超低空飛行をするつもりなど微塵もないというのに。
必要がなければさすがにやらない。
精々トレスへ三〇分で着ける程度に飛ばすだけ。
それにしても、ユッカの要望は今更としか言いようがない。
例の講師にそこまで深い関心もないそうだから、いつもの『ひまー』が出ただけか。
リィルの呆れ具合からして間違いない。
「そんなに欲しかったなら早く言えばよかったじゃない。今更文句言うんじゃないわよ。子供じゃないんだから」
「別に文句なんて言ってないですっ。なにもできないのがいイヤなだけですー」
しかし依頼が少ないのもまた事実。
昨日はアイシャの魔法練習のついでに簡単な採取をするだけに留めるしかなかった。
別に殴り合いをしたいわけでもないが、仕事が減ると別の問題も考えなければならない。
今はまだ余裕もあるが、胡坐をかくわけにはいかないだろう。
終わった後もトレスに何日か滞在するとレイスは言っていた。
まあ、こんな状況で無理にとんぼ返りをする必要もない。
トレスでのみ受けられる依頼もあるだろう。
「それなら丁度いい。少し朝のトレーニングの内容を変えようと思っていたところだ。お試し期間と思って少し付き合ってくれないか」
「え゛」
「魔法を織り交ぜた近接戦闘。興味があるんだろう?」
「あ、いや、それはですね……確かにそう言いましたけど……」
ストラには一定以上の階級のみが受けられるといった危険な依頼も多くはない。
とにかく本当に依頼が少ない。
普段であれば危険性の低さの証明となるそれも、最終手段すら取れない現状を作り上げる一因となっていた。
どこかの誰かの下らない企みの影響はほとんど残っていないと聞いている。単に季節的な問題だろう。
もうしばらくすると、少しばかり厳しい季節になるという話は聞いていた。
「そんなに硬く考える必要なんてない。あくまでまだ調整段階。どの程度までやっても問題ないかを調べるだけだ。明日いきなりメニューを倍増させるわけでもない」
「それは……ぅううううう~」
そんな無茶振りは師匠でもやらなかった。多分。
何かしらの考えを持った上で、ちゃんと段階を踏んでくれていた。おそらく。
しかしユッカの態度は怯える小動物そのもの。わざとらしく見えてしまったのはきっと俺の心が歪んでいるからだろう。
「や、優しくしてくださいね……?」
「変な言い方するんじゃないわよ。まったくもう」
「キリハもそんなひどいことはしないと思うよ……? 昨日だって丁寧に教えてくれたし……ね?」
「ち、違うんですよ。そうなんですけどそうじゃないんですよ。今はちょっとそういう気分じゃないっていうか……ありません? そういうこと」
「じゃあ勉強でもしたら?」
「それはもっとイヤです」
何故そこで拒む。
ないだろう。断る必要性がないだろう。
リィルのことだからユッカの役に立ちそうなものを――……何だ、この既視感。
以前にも似たようなことがあったような。……駄目だ、心当たりが多過ぎる。
「とにかく暇、ひまなんですー! なにかないんですか、なにかっ!」
「あんたもうそれ何回目だと思ってるのよ」
「あははは……レアムちゃん達も結局行っちゃったもんね、トレスまで」
「そうですよ、わたしたちもどこか行きましょうよ。この前カウバに行った時だって結局ゆっくりできなかったじゃないですか!」
「でもあの時は鞘を作ってもらわなきゃいけなかったし……」
「うぐっ……」
「駄々こねるからそうなるのよ」
とはいえ三対一というのはさすがに気の毒。いつにもまして声が高い。
ここは一つ助け船を出すとしよう。幸いいい場所がある。
「そうだな……ああ、だったらいい場所がある。フルトという町なんだが」
「却下で」
しかしユッカの声は途端に戻った。
それどころかいつもより低いようにすら思える。まだ嫌がるか。
「だが親御さんも心配しているんじゃないか? 結局一度も帰ってないだろう」
「大丈夫ですよ。ちゃんと手紙書いてますから」
「あたしが言った時だけじゃないの。自分から書きなさいよ」
「えー……」
……そう言えば昨日、エルナレイさんから一通届いたような。
急ぎの連絡ではなさそうだったが、確かめておくべきか。
カウバで別れた後に届いた手紙でも、休む暇もないと愚痴をこぼしていた筈。
また妙な暗号でも仕込まれていたら敵わない。
連想ゲームにならないことを祈るばかりだ。
「だって、リィルみたいにキリハさんのことばっかり書くのはちょっと……」
「あたしだって別にこいつのことばっかりじゃないわよ!?」
それにしても、やはり美味しい。果実水でも何でもありか。
いっそ育てられたらいいのに。なんて、冒険者の身では無理な話か。
この前みたいに長期間開けることになれば猶更。
「……キリハ? さっきから気にしないようにしてるわけじゃないんだよね? ね??」
「はてさて、なんのことだか」
「だ、大丈夫なの? ……ほんとに?」
いつものことだ。俺がとやかく口を挟むような事でもない。
ユッカのあれも誇張だろう。そこまでの事はしていない。筈。
あんな冗談、リィルも気にせず受け流してしまえばいいものを。
イルエではないが、言う側にあの反応を期待している節があるのは間違いない。
「心配しなくても大丈夫。平和でいいじゃないか。こんな風に雑談をする時間もある」
「それはそうだけど……平和?」
「まあまあ、これでも食べて。俺達が何も言わなくてもすぐに収まるだろう、きっと」
「そう、かなぁ……? …………ぁ、美味しい」
特に周りが気にしているわけでもない。
各々会話に夢中で他のテーブルへ意識を向ける暇もないだろう。
さすがに注意される用であれば止めるとも。
「いいじゃないですか。誤魔化さなくても。この前だって――」
「あ、あれはカウバに行った後だったからでしょ!」
歯ごたえのある野菜のスティック。しかし味はまるで砂糖菓子。
念入りに味付けが行われたわけでもない。確か、これがそのままの味だとか。
最近たまたま入ってきたとマユが言っていた。
新種というわけではなさそうだったが。
「あんた達も! 違うからね!?」
「まだ何も言ってない」
「えっと……リィルちゃん? その、いくらなんでも慌てすぎなんじゃあ……」
「~~っ!!」
リィルの顔はカシュル色。その内頭から湯気が出そうな勢いだった。
「まあそこまで恥ずかしがるならいいですけど。なにかないんですかね、いい依頼」
爆発も時間の問題かと思われた、まさにその時。
「ある、ですよ?」
「…………はい?」
いつもと変わらぬ様子のマユが、救世主として現れた。




