第151話 参加券の行方
「な、納得いかねー……」
チケットを手にしてなお、レイスの眉間には皺が寄っていた。
いや、手にしたからこそと言うべきか。
「そこまで言うならやってみるか? もう一戦」
「絶対イヤだ」
「……しばらく、休みたい……」
「だと思った」
既にクネイシーとの戦いも昨日の出来事。
それでも走り回った疲労は抜けなかったのだろう。
皆が協会に集まっても、レイスとトーリャはぐったりとしたままだった。
「と、いうわけでこのチケットは正式にレイス達のものだ。何か言われても気にしなくていい。もしもの時は俺が責任をとる」
「これほど頼もしい言葉もそうそうないよな、はは」
「そんな事態になってもらっても、困る」
何度確かめてみても怪しげな情報は見つからなかった。
むしろ調べようとし過ぎたせいで、かえってレナさんに怪しまれる始末。
協会のする事となればそれが当然だろう。自分が標的にされなければ猶更。
しかし何度考えてみても分からない。ヘレンにしてはやり方が迂遠すぎる。
そもそも高名な冒険者とやらを呼び寄せる必然性がない。
「でも……なんだったんだろう、昨日の魔法……キリハが使ったんじゃないんだよね?」
「ああ、全く。これっぽっちも。見た目だけなら再現できない事もないが」
「もっと強い魔法になったりしそうですよね」
「まさか。捕縛魔法に仕上げるのが精々だ」
「凶悪じゃないの。……使ったことあるとか言わないでよ?」
「ノーコメントで」
むしろあの程度の火の輪ではまるで物足りない。
漆黒の身体を持つ怪物達でさえ容易く破ってしまうだろう。或いはそのまま仕留めてしまうか。
氷漬けにしようとお構いなしの化け物すら少なくなかった。
まして、あんな花火にも似たようなものでは何の成果も得られない。
「珍しいですね。キリハさん興味ないんですか? いつもなら使ったのは誰かとか探しに行きそうなのに」
「だからその件で少しばかり喧嘩してきた。支部長と」
「!?」
「はぁ!?」
姿を潜めているであろう相手より、確実に捕まえられる相手。
実際支部長も俺の来訪は予想していたようだった。
でなければあれだけ準備が整っている筈もない。来客に急なキャンセルがあったわけでもないだろう。
「な、なんで? 支部長さんは関係ないよね? あの参加券を渡したのだって……」
「ああ、リットだった。つまり、リットに渡した誰かがいたということになる。それにあの時、他でもないリットがそう言っていた」
その時は誰とまでは言わなかったが、他にそんな事ができる人物などそういない。
支部長もリットも、そしておそらく事情を知っているであろうルークさんも、俺が気付く事など織り込み済みだろう。
できることならそうであってほしい、という希望的観測も含むが。
主に俺に対する評価に関して。あんなことも気付かない間抜けとは思われていない、筈。
「となれば真っ先に候補に挙がるのは支部長だ。あれだけの立場になれば人脈もかなり者だ。実際、支部長もとある人物にもらったらしい」
それもおそらく、その講演会を意図的にストラで開くよう仕向ける事の出来る人物が。
過去頻繁にそういう行事を開いていたならまだ分かる。
だが、ここ数年でそういった試みは特になかったという話もあった。
講演を行うその人物も何かしらは知っているのだろう。かといって、訪ねて問い詰める事などできる筈もない。
「随分たらい回しされたんだねぇ、それ」
「誰の思惑があったのか分からないがな」
実際、講演会そのものは非常にためになるものなのだろう。
だからこそ分からない事もある。
そんなものに俺を参加させようとする意味が。……俺の妄想で片付いてくれたらよかったのだが。
「と、まあ俺が教えてもらえたのはここまでだ。正直これ以上は探る気にもならない。とりあえず事件の心配はしなくていい」
「やるわけが、ない。まして、この人の講演会で」
「犯人もただじゃ済まねーでしょーよ」
ああ、世界中のファンから。
今のエルナレイさん相当となればそれも当然。
向こうとはまた違った形で盛大な袋叩きに遭うだけか。
正直、バスフェーでやらかす大馬鹿がいる時点で安心材料としては弱いようにも思えるが。
「それで? あんた結局支部長となにしてたのよ。怒らないから言ってみなさい。謝って済む問題じゃないかもしれないけど、あたしも一緒に行ってあげるから」
「いやいや、そこまでしてもらう必要なんてない。お茶をしながら話しただけなのに」
「………………は?」
どこから取り寄せたかも分からないお菓子と共に。
金さえかければ何とでもなるのはどこの世界でも同じらしい。
まさかシュークリームをこんな形で目にするとは思わなかった。
多少クリームの風味は違っていたが、ほぼ同じとみていいだろう。名前は忘れた。
「お茶会か、座談会か……そんなところだ。別に殴り合ったわけでも言い合いをしてきたわけでもない」
「そんなことしたらとっくに除名されてる、です」
「処分は免れられないよね。どう考えても」
支部長の魔法談義がしつこかったくらい。いつものことだ。
だからこそ、皆を少し待たせてしまうことになってしまった。
長引くだろうと思って時間に余裕を持たせてもこれだ。さすがに自重してほしい。
「とにかく、聞きたいことを聞いただけだ。……おかげでリクエストに応える羽目になったが」
「そのくらいなら、安いものだろう」
「魔法を二〇連続で使えといわれても?」
「「キリハなら余裕だろ」」
確かに攻撃魔法だけならすぐに終わっただろう。
支部長が見飽きたような魔法を交えてもいいのであればすぐに終わっただろう。
何度NGを食らったことか。思い出すだけでも気が遠くなる。
「とにかく、ごくごく平和的な話し合いをして来ただけだ。心配するようなことは何もない」
「…………だったら最初からそう言いなさいよ!?」
思わずあんな下らない冗談が出てしまう程度には。
できる限り真剣な言い方をしないように気を付けていた筈が。これでも駄目か。
「それにだ。俺みたいな小心者にそんなことできるわけがない」
「…………えっ?」
協会と事を構えるなんて、そんな恐ろしいはとてもとても。
「噓おっしゃいよ」
「あんな思い切ったことやってるのにそれはない、です」
「そろそろ変な冗談ばっかり言うのはやめてくださいよ。最近ほんとにどうしちゃったんですか?」
……まさか本当にやりかねないと思われているわけではないだろう。きっと。
「慣れないことはするものじゃないっていい教訓が得られるよね。キリハ君を見てると」
「いや違うだろ。内容の問題だろ」
「信憑性が、欠片もない」
「アレで案外マジだったりするんじゃねーです? いつもはそれっぽく振舞ってるだけで」
「キリハが?」
「隠すために?」
レイス達も。……いい加減に行動を改めるべき――
「「…………ないわー」」
「なるほど分かった。そういうことならそういうことなら今日はレイスの奢りで」
「いいこと言うじゃねーですか。今日はぱーっとやりましょーよ。とりあえずここに書いてあるやつ上から全部持ってこいです」
「そりゃないだろ!?」
口は災いの元だ、反省しろ。まあさすがに冗談だが。
皆も分かっているから笑っている。多分、理由はそれだけ。
「そもそもそういうお店じゃない、です」
「じっと見ながら言っても説得力ないですよ?」
「――はい、申し訳ございません。彼に参加の意思を表明させることはできませんでした」
通話相手は、決して彼を叱責することはなかった。
「――無論、心得ております。それも時間の問題でしょう。して、次はどのように?」
問いにも、更なるプランを答えることはない。
「――当面は何もしない、と……いえ、そのようなことは。承知いたしました」
それ以上、声の主はキリハについて語ろうとはしなかった。
「――はい、はい。……全ての冒険者に栄誉あれ」
通話も終え、ストラの支部で最も豪華な一室にはその部屋を使うことを許された一人のみが残される。
「……本当に興味深い逸材だよ、君は」
仲間に囲まれているであろうキリハの姿を思い浮かべていた。
「なあ、桐葉君?」
誰にも聞こえる事のない、囁きと共に。




