第150話 大クネイシー
「……見つからない、です」
魔灯晶以外に明かりのない洞窟の中。マユはがっくりと肩を落としていた。
「いいのよ、見つからなくて。……あんたまだ諦めてなかったの?」
「滅多に見かけない、ですから」
賑やかな昼食も既に三〇分以上前の出来事。
まだ微かに食事の香りが残っている、ような気がする。
日差しに眠気を誘われる前に片をつけてしまいたい。そう考えたのは俺だけではなかった。
ほとんど音もない洞窟の中をそろりそろりと下っている
「それよりこの長さですよ。どうなってるんですか。いくらなんでも掘りすぎじゃないですか。クネイシーのしわざじゃないんですよね、これ?」
「らしい。とはいえ、小部屋が物足りなくてこじ開けるくらいのことはやりそうだがな。クネイシーの洞窟に名前が変わるくらいには」
「それはさすがにないと思うよ……?」
この程度の空間に収まる程度にしか増やさなかったのであればその必要はない。
だが実際、外には一〇〇匹ものクネイシーが徘徊していた。
考えられる可能性はまず二つ。
ここを巣として考えていない場合。
他のクネイシーを生み出しているであろう個体の住処ではあっても、生まれたそれらを長居させようとしていない可能性。
もう一つは、監視役として外に放っていた場合。
まだ手を付ける事ができなかっただけで、作業を行う予定はあったのかもしれない。
そもそも魔物が発生する瞬間の記録もなく、大抵の場合、生態は殆ど謎に包まれているという事例は珍しくないのだとか。
近付けばたちまち攻撃を受けてしまう為、満足に観察もできない。
今分かっている特徴も、全て過去の冒険者たちの話を集めたもの。
「キリハの頭がボケてきたみてーですからとっとと始末するですよ。あんな威力の魔法誤射されたらこっちだって危ねーのに」
「あはは、なんなら洞窟が崩れたりしてね」
「笑いごとじゃないからな!?」
「なんて、呑気な……」
同族以外を即座に始末しようとする種も珍しくはない。
悠長に観察している暇などないのだろう。
仮に魔物の攻撃を受け止め切れても、それは平時の状態とは言えない。
向こうのカメラのような便利な代物も決して広まってはいないのだろう。
少なくとも俺は一般家庭で使われているところを見たことがない。
魔物の記録も全て手描きの絵。使われているものはないと見ていい。
一本道が続くこの洞穴も、かつて自身の歩幅を頼りに地図を作製した人物がいたからこそこうして歩くことができている。
脇に逸れることも、穴に落ちることもない。目で確かめたからそれは間違いない。
「ったく、しけてるどころじゃねーですね。金になりそーなものもないなんて」
「思考回路が強盗に染まりかけてるよ。……ユッカちゃんも、マユちゃんもね?」
「……えっ?」
当然、売れるようなものもほとんど残っていない。
そもそもこの場所にはそういった資源は埋まっていないのだとか。
特異な物質が次々出てくるあの迷宮が異常なのだろう。
特定の鉱石が発掘されるのならともかく、ほぼ完全に固有の物質だと聞いている。
鞘に納められたこの剣も。
……それはそうと何をしているんだ、ユッカもマユも。
壁に手を当てたりして。そう都合よく何かが見つかるとでも思ったか。
「ユッカちゃん……マユちゃん……」
「い、いいじゃないですか。ちょっとくらい調べても」
「削ってないから大丈夫、です」
「そういう問題じゃないわよ!」
この場所を探したところで仕方がない事くらい分かっているだろうに。
古い時代の遺跡が見つかったわけでもない。そんな金になるようなものがそこら中に転がっているわけがない。
また迷宮でも見つかれば潜れそうだが……生憎そんな話も聞いていない。
この前の迷宮も、潜るとしたら修行を兼ねてになるだろう。
「まあまあ、リィルもそのくらいで。可愛いものじゃないか。宝探しがしたいならそういう場所に連れて行けばいい」
「何よ。あてでもあるの?」
「いいや、ない。これっぽっちも」
「…………そ」
そんな大雑把なプランなど話せる筈もない。そう思ったのが間違いだった。
リィルのこの反応、バカでも分かる。
「いい機会だから後で教えてあげるわよ。つきっきりで。あんたまだ色々分かってないんでしょ? 忘れられないように徹底的に覚えさせてあげるわよ……!?」
「考えるだけ考えておく。一応。念のため。とりあえず今は保留ということで」
これだけ怒りを顕わにしているのだから分からない筈がない。お説教コースなんて御免だ。
「駄目だよ、キリハ君。折角リィルちゃんが二人きりになろうって誘ってるのにそんな態度で返しちゃ。ねぇ?」
「『ねぇ?』じゃないわよ違うわよ!!」
「そうやってムキになって否定しようとするから次々突っ込まれるんでしょーに」
「っ……!」
そこで睨まれても。さすがにどうしようもない。
大体、あの空気のまま二人きりになったところでレアム達が面白がるような状況になるわけがない。
俺が言い負かされている場を見て笑うつもりなら知らないが。
「そ、それより今はクネイシーでしょ! そろそろ最深部なんだから警戒しなさいよ!」
「わお、露骨な話題転換。…………ごめんキリハ君、バトンタッチ」
「言うだけ言って逃げる気か」
分かっていただろう。分かり切っていたことだろう。
あのタイミングであんなことを言うから。……まあいい。
「………………分かってるでしょうね?」
「勿論。それはまたの機会にでも」
何かお礼できるようなことがあれば、なんて言ったところでリィルに遠慮されるのは目に見えている。
片手間に考えていい事でもない。
「まあでも実際、そっちは大丈夫じゃない? まだ物音一つ聞こえないし」
「え、そう? さっきから何か燃えてるみたいな音がしてるんだけど……」
「うん?」
「う、うん」
それはそうだろう。
設置した《火炎》も丁度標的を捕らえた筈。
「ちょっと待てやこらぁっ!!」
今までのあれこれを見ているレイス達もすぐに思い至っただろう。
「やったんだろ、やったんだろ!? キリハお前こっそりここから倒してたんだろ!? なあ!」
「だから前にも説明しただろう。離れた地点で魔法を発動させる技術について」
「見えてないのにやるなよ!?」
「その辺りは慣れだ、慣れ。……それに、仕留められたのは取り巻きだけだ。親玉はまだ平然としてる」
それも、他の個体が親玉を庇う形で生き延びていた。
当然それだけ大切にされている存在――虫で言うところの、女王のような。
「親玉? どういうことだよ。親のクネイシーとかじゃなくて?」
「かもしれないが……普通、倍以上の大きさに育つなんてことはないだろう?」
「あっ……」
だからこそ妙だった。
そんなに簡単に巨大化するわけがない。
特定の部位ではなく、全身が他のそれより明らかに大きい。
あの魔法を避けたという事は、それだけの広さを持つ空間が下に存在していることになる。
「……地味に多いよね。この手のパターン」
「そいつがデカいのに好かれてるんじゃねーです?」
「冗談。あってたまるか」
全くもって笑えない。
しかし悠長なことを言っている場合でもない。目標はすぐそこまで迫っている。
「まずは俺が飛び込んで引きつける。基本的にはその後ろから仕掛けてほしい。上手くいかないようであれば……まあ、その時は流れで」
「雑だな!?」
「変に決め切っても仕方がない。……始めるぞ」
「ちょっ――」
先に抜いておいた剣を右手に一気に下った。
そのまま最下層の広間に転がり込む。
そこには燃え尽きたクネイシーが残した魔結晶と、ひときわ大きなクネイシーの姿。
「分かっている」
おおよそ五メートル。
部屋にはあと四、五匹入るだろう。
壁沿いに走っても、俺を追いかけようとはしない。
しかし視界から外そうともしない。
「《火炎》」
その上で、大クネイシーも一カ所に留まろうとはしなかった。
とはいえ移動速度は並のクネイシー程度。急な切り返しも間に合わない。
動いた先目掛けて投げつけた炎でさえ避けられない。
そこへ更に、入口から風の弾丸。追って、水と炎。
更に二つの人影が飛び出した。
(耐久力の向上も結局のところはその程度……本当にただデカいだけか。だったらこのまま――)
一気に仕留める。そのつもりだった。
「えっ……?」
しかし、俺が地面を蹴ったその瞬間にはもう消えていた。
瞬間的かつ限定的な高火力魔法があっという間に消し去った。
しかし他の人物の姿はない。
突入したばかりの皆以外、部屋には誰もいない。
(だとしたら術者は――)
「――《凍牙扉》!」
出るにせよ、入るにせよ、入口を塞いでおいた方がいい。
牙のような氷が重なり通路を塞ぐ。
狭い洞窟の通路にはうってつけの魔法。
「き、キリハ? 一体どうして……?」
「静かに。……どうせまた何か撃って来るに決まっている」
その証拠に。
「……舐めた真似を」
今度はあえて見せつけるように、灼熱の輪が宙を舞わせていた。




