第149話 お弁当を広げて
「うわっ、もう来た……」
森の中からクネイシーの反応が消えた後。
原因と言われている洞窟の近くにはやはりレイス達の姿があった。
「言ってくれるな。お互いここが最終目的地になることくらい分かっていたことだろう?」
「だから早く行きたかったんだよ……」
特にこれと言った怪我もない。どこまで言っても、結局フレンドリーファイアが一番の問題だった。
解決しようと思っても、他に手はない。同時操作可能な数も格段に落ちた今は余計に。
とはいえ、あのくらいのことならきっとすぐに気付いてくれただろう。
「焦らない焦らない。この辺りのクネイシーは一通り倒したんだから休憩にしようよ。……そっちも、それでいいよね?」
「ああ、勿論。……意外だったな。てっきりレアム達は休憩を済ませているものだとばかり」
「こっちもさっき着いたばっかに決まってんでしょーが。休みなしで突っ込みたいならヤロー三人で仲良く行ってきやがれですよ」
今回はまだ楽な方。
個々の能力も、総数も、十分に対処可能な範囲。
洞窟の規模を考えれば、多くて外にいた半分程度だろう。
それ以上増えても魔物同士で動きを阻害するだけ。前進するだけでも一苦労。
団子状態になってくれるのならむしろ好都合。適当な魔法を放り込むだけで一掃できる。
「だ、そうだが、どうする? 昼食の前にひとっ走り」
「む、無理……」
「勘弁、してくれ……」
しかしレイス達の体力は既に底を突きかけていた。
戦闘の疲労――いや、走り回ったせいだろう。
俺が魔法を撃つ前に接近する事さえ出来ればどうにかなると考えたせいで。
(……読みが甘かったな、こればかりは)
こんな形で疲れさせてしまうのは本意ではない。
そして、当然といえば当然だが、俺に対して待ったがかけられる。
「そのまま行かせるわけないでしょ。あんたが使った魔法の数、正確に教えてあげましょうか?」
「ひとっ走りー、とか言ってそのまま一番奥まで行ったりしてそうですよね」
「キリハさんの悪い癖、です」
四面楚歌。完全包囲。
アイシャも苦笑いを浮かべるだけで決して否定しようとはしなかった。
こうなると思っていたから飛び回るような戦い方を避けたのに。
魔法を目で見てもらうためにも。……一体どうすれば?
「ま、まあまあ……お話なら食べながらでもできるし、ね? あの中にいるクネイシーも倒さなきゃいけないんだから」
「これがフェウルンとかだったら先に倒した方がいいんでしょーけどね。……出てこねーですよね?」
「匂いに釣られたなんて話は聞いたことが、ない」
そもそも洞窟を登る気配がまるでない。
発生源がこの場所なら定期的に外へ進出している筈だが、数にも限りがあるだろう。
少なくとも今はその時ではない。
フェウルンのように鼻の利く魔物がまぎれているとも思えない。
そもそも、あの魔物は深い穴には潜らない筈。たとえ一本道であろうとも。
当然他の出口もどこにもない。
クネイシーに壁を這う習性もない。罠を仕掛けるのは容易だ。
「気になるなら《針氷》でも置いておこうか。角度さえ調節しておけばどうにでもなる」
「あっ、ずりーぞ。そんなことしたらどんどん倒せるじゃんか。ただでさえオレらが不利なのに」
「でもその方が安全だと思うよ……?」
「同感。その方法で倒した分はノーカンにすればいいんだよ。それなら問題ないよね」
とはいえその反応は予想外。
「ちょっとした冗談のつもりだったのに……」
「恨むなら押され気味の自分を恨んどけですよ。言い方くらい考えろです」
「お前が、言うのか。それを」
「いーんですか? そんなこと言って。カシュルのパイ分けてやんねーですよ」
「……それは困る」
それを作ったのはリィル、なんて言うだけ野暮だろう。
熱が冷めた今でもいい香りがしている。
朝は『依頼に持って行くものじゃないでしょ』なんて言っていたが、さすが。
毎回できる事ではないことくらい分かっているとも。
既に昼も近い。
使い振り他布をつぎはぎにしたレジャーシートを二つ。
さすがに全員が同時に乗れるような大きさのものは手に入らなかった。
「それはそうと、今のところの成果は? 」
「……一〇匹」
「ということは、丁度一〇〇匹……やはり他の冒険者も倒していたか」
「そうじゃなくてさぁ!?」
丁度同数なんてことはあり得ない。
第一発見者たちも何もしなかったわけではないだろう。それに、一〇〇匹という結果を出すまでに、数を減らしている筈。
「キリハもうちょっと手加減してくれよぉ……見つけてもすぐに倒すしさぁ……」
「長距離攻撃は魔法の最大の利点の一つだろう。さすがにそれを捨てるわけには」
「だから普通は撃つまでに時間がかかるものなんだけどな?」
しかしその欠点を放置しておく必要性もない。
道具で、技術で、魔戦時代に様々な試みがなされた結果でもあった。
「まあまあ。今はいいじゃないか、そんなことは。腹が減ったままで洞窟に向かうつもりか? ほら、これでも食べて」
「だよなぁ……あぁ、うまー……!」
「そいつは何より」
念のため味見はしたが、人様が食べるとなれば話は別。
さすがに手間のかかるものまでは用意できなかった。
「……ん? どういうことだよ。キリハが作ったわけじゃないだろ?」
「作ってたよ? ね、キリハ」
「作ったと言うほど大したものでもない。アイシャやリィルに比べればまだまだだ」
「そういうのはいいから。……ほら、これ食べなさいよ」
「そういうことなら遠慮なく」
やはり美味しい。
俺の方は正直、アイナさんの手伝いをしていなかったら色々と怪しかった。
向こうで最後に料理をしたのはいつだったか……
「よかったじゃねーですか。料理対決がなくて。どーしようもねーですし」
「使う食材を一つに限定すればどうにかなるかもね。……あれ? もしかしてそれでも厳しい?」
「余程調味料が揃っているか、妙なものでも混ぜたか。その二択だろう、それは」
或いはもう一方が最早料理ですらない何かになり果てたか。
少なくともレシピをなぞって作ればまず起りえない。見た目など二の次だ。
「依頼じゃなかったら完全なピクニックなんだけどね。こう、寝転がってみたりして」
「食べてすぐ寝るんじゃないわよ。……まったく」
「魔物のいる洞窟の側でする事では、ないな」
全くもってその通り。……それに。
「そう言えば出るらしいな、この洞窟」
「へ?」「は?」「い?」
「おばけ、ですか……!?」
他にも妙な噂があるそうだから。
「うわー……そんなお約束みたいな噂って本当にあるんだ……」
「どこ、ですか? どこで見られる、ですか……!?」
「待った。ちょっと待った。一旦落ち着こうか、マユ?」
「落ち着いてる、ですっ……! それより……!」
「俺も詳しい話は知らないんだ。あくまで噂。具体的な目撃例もない」
「……そう、ですか……」
それ自体はクネイシーの出現前。あまり有名な話ではないらしい。
噂に尾ひれがついたとか、そんな程度の話だろう。
「止めなさいよそんな不安になるようなことばっかり!」
「どうせ魔力の残滓の集合体だ。いくらでも消し飛ばせる」
魔力が多く漂う場所では頻繁に起こる現象。
実際、組織の記録にも事細かな解説と共に残されていた。
もっとも、それとは関係のない心霊現象は起きていたわけだが……この場でそれを語る必要はないだろう。
大気中の魔力がこの世界よりはるかに少ないあの世界でさえ起ったのだから、こちらの世界で起きない筈がない。
むしろ目撃された事例の件数で言えば向こうよりもはるかに多いだろう。
「そうじゃないわよ! それもあるけどそうじゃないでしょ!? あ、あんなこと言って本物が出たらどうするのよ!」
「だから出てきた時に備えて単純明快な対処法を言っておいたじゃないか」
「だーかーらー!」
お化け擬きなら一度見ただろうに。
あそこまで分かりやすいのはそういない。
「心配しても仕方がない。案外、会いたいと思っている人の前には現れないものだ。……まあ、場合にもよるが」
「じゃあ会いたくない、です」
「やめなさい」
即答だった。
しかし俺もそこまで詳しく知っているわけでもない。
近付くだけで幽霊の類を消滅させかねない誰かさんのせいだろうか。……実際それもあるかもしれない。
「どうして、ですか? 別に、マユは……」
「や・め・な・さ・い!!」
「……はい、です」
「あんたも! 次やったら承知しないからね! 分かった!?」
「分かった。了解した。肝に銘じておく」
リィルにとってはきっとありがたい存在だろう。本人達の相性はともかく。




