第139話 鎮圧方法
「つまり……あの触手を消滅させない程度に消耗させろ、と?」
助かった。何の冗談でもなく、助かった。
魔法が当たり前に存在している世界。
俺達の世界とは異なる点も山のようにある。それは理解していたつもりだった。
しかしまさかそんなものが存在していたとは。
「飲み込みが早くて助かるよ。さっき君がやってくれたように、触手の一部を本体から切り離せばいいみたいだから」
魔法の残滓を吸い上げ、取り込む存在が眠っているだなんて。
おそらくこれはストラ特有のもの。少なくとも近隣では見られないものだろう。
他の地域に類似した何かがあるのならもっと早くに分かっていた筈だ。
まさかお行儀よく足並みをそろえているわけでもない。
「放出させたエネルギーがまた吸収される、なんてことにもならないわけですか。過去にも同様の方法で発散させたというのなら」
「多分ね。本当はその資料を見つけてから始めたかったんだけど……これは流石に厳しそうだ」
ちぎられた痕を消し去った触手は、先ほどに比べると小ぶりに見える。
しかしそれでも、人どころか町の外壁を叩き壊すには十分な大きさを保っていた。
確かにこんなものが暴れたらひとたまりもない。
しかし、完全に消滅させてしまえばどうなるか分からない。
周辺の土地への影響も予想できない。レナさんもそんな風に言っていた。
ルークさんとレナさん。そしてユッカ。
更に万一に備えて冒険者が若干名。姿は見せないが、リットの気配も感じられる。
問題は魔法への耐性が異様に高いことと、触手の一撃が重く速いこと。
素早い対応が求められる現状、増援をいつまでも待つことはできない。
(……まさかとは思うが)
その時ふと浮かんだ、とある可能性。
魔法の乱用が出現時期を大幅に早めた。
魔法を使ったのは俺を含めた冒険者達だが、既に例年の数倍以上の魔法が使用されている。
そして、その原因を作ったのは――……
(……なんて、この場でそんなことを考察しても仕方がない、か)
今更本人を問い詰めたところでどうにもならない。
問題の資料はもう原型をとどめていないだろう。
協会に知らせたというお婆さんの話を元にもう一度作成するしかない。
巨大なデータベースのようなものがあれば、多少は楽になるかもしれないが……
「あ、待った。ちょっとだけ訂正。……あんまり残虐じゃない方法でお願いしてもいいかな、キリハ君」
「まるでついさっきそこで燃えていたものを見たかのようなコメントですね」
「そんな平然とした顔で言うことじゃあないんだけどな」
「善処はします」
いつの間にか全部伝わっていたらしい。
別に俺もそういう戦い方が好みというわけではないが……今は何を言っても逆効果だろう。
鞘に収めたじゃじゃ馬もまだ元気は有り余っているようだし、次はそういう方向でいけばいい。
「だから言ったでしょうが。やめなさいって。あんなのあんたが手を痛めるだけじゃない」
「ああ、そういえばそれもあったか。てっきり絵面的な問題だとばかり」
「そっちも大問題だけど?」
「だと思った」
あのくらいで今更、なんて口が裂けても言えなかった。
なんというか、実にリィルらしい。
とはいえこれ以上リィルに余計ない心配をかけるのも忍びない。
安全かつ迅速に。決まりだ。
「おぉ、見ろよトーリャ。あの抜き方。めちゃくちゃ丁寧じゃん」
「理由くらい、分かるだろう」
「今そこは掘り下げなくていい」
言ってる場合か。
俺の存在が気休めになっているのか知らないが、これは少々よろしくない。
決して、個人的かつくだらない理由などではなく。
(ただ、まあ……)
それもこれも、終わらせてから。
気を回している場合ではない。
「……そこから、動かないでくださいね。一歩たりとも」
俺が動けば触手も動く。確実に。
あの一撃を防ぐのに、置いただけの《氷壁》では少々心許ない。
炎だろうと風だろうと水だろうと、土だろうと同じこと。
「――……《加速》」
攻撃手段を断つのがベスト。
最初の標的。縮んだ触手の先端から三メートル。
「ち……」
引っ込められない内に倍は持って行くつもりだったのだが。
(……気付くか、さすがに)
幹を足場に。もう一度。
もう修復は始まっている。
高く飛ぶ必要はない。今はまだ。
何より地面で切り返すためにも。
突進。薙ぎ払い。振り下ろし。
周囲の木々すら巻き込んでいた。
慣れれば容易い。
振れば向こうから当たりに来る。
(……燃やすまでもなかったか)
飛び散る破片は地に着くことなく消えていた。
長い月日をかけて蓄積されたもの。
しかし切り離せばあっけなく消えていく。
空へ昇るように消えていく。
(実体化のために浪費したか。破片とはいえあの程度とは)
数百年分とは到底思えない。
魔力酔いの心配もない。
追い越して切り落とす。
開いた距離をまた詰める。
巻き込まれ、へし折られた木は既に両手の指でも数えきれなくなっていた。
地中に潜むそれの本来の大きさはカシュルほど。
しかし今は触手も合わせ山にも及ぶという。
「ッ……!」
無を突く触手と地面の間。
滑り込みながら二つに裂いた。
それも精々一〇メートル。
また繋がることのないようY字に切り落とす。
「《飛翼》」
そのまま、跳ねる触手の残骸を踏みつけ飛んだ。
空にも響く衝撃。
裂かれた触手は自然消滅を迎えず消えた。
地面を割って現れた別の触手が叩き潰した。
(やはり二本目……)
ない筈がない。他にもまだ山のようにある筈。
触手の残骸から力を再度吸収されることもない。
特段強度に変化があるわけでもない。
降下の勢いを乗せずとも、切り裂くのは簡単なことだった。
押し潰すため作り上げられたアーチの中央。
大人一人が渡るには十分すぎる幅がある。
本体に戻れと蹴り飛ばした触手は土の中。また元の大きさに戻られてはたまらない。
(だが、この大きさは――)
自然消滅は待てない。
今地上に出ている触手もある。
空へ放り投げるしかなかった。
他に始末のしようがない。
「――《解砲魔光》」
光の柱。
あの時のように広範囲を巻き込む必要はない。
触手より細くとも構わない。
光線を放ち続けたまま剣を振りきる。
空に浮かぶ触手を焼き斬るように。
一瞬あれば十分。
魔力を使い過ぎればまた触手の糧となる。
上空であろうとおそらく変わらない。
三本、四本と新手が現れようと、やることに変わりはない。
切り裂き残りを蹴り返す。
地上に取り残された触手は空へ。
一〇ほど束ね、刹那の光で呑む。
最初の触手は最早見る影もない。
他の触手も次第に細まっていく。
地面が割れたのは、更に触手を五度切り裂いた時のこと。
「――それが本体か!」
木々を押しのけ現れたのは一つ目の怪物。
巨大な巻貝にも思える外見。しかし質感は肉のそれ。
既に山ほどの大きさは失っている。
巻貝のような部分は精々民家ほど。
触手も細い。
大人をも押しつぶせそうな太さを誇っていたそれは手の指ほどの太さしかなかった。
(数は三〇……全てがこちらに向けられている、か)
荒れてしまった森の下。
蠢く気配はない。
斬れば縮む触手。
次第に本体に溜められた力も底が見え始める。
気付けば周囲の木よりも小さくなっていた。
「……悪かったな。早々に叩き起こしてしまって」
通算三〇〇回目の斬撃。
そうして、カシュルほどに縮んだそれは安堵したかのように眠りについた。




