第125話 衣装をまとって
「こ、これでも恥ずかしいのよ! なのにその困ったような顔はなに!?」
「困ってはいない。断じて違う。ただ、予想すらしていなかったものだから少し驚いてしまって――」
「悪かったわねぇいきなりこんなことして……!」
「一旦落ち着こうか、リィル。何もそんな自虐的な言い方をしなくても」
「誰のせいだと思ってるのよ! 誰の!!」
リィルの剣幕にはさすがのキリハも押し黙るしかなかった。
打つ手なし。
キリハは助けを求めるようにユッカへ視線を向けたものの、答えがないばかりかそっと目をそらされる。
リィルの反応はユッカが想像していた以上のものだった。
何より、羞恥で頬を染めた幼馴染にどんな言葉をかけたところで自らに返ってくることをユッカはよく知っていた。
それでも助け舟を出すことにしたのは、これ以上不毛なやり取りを見てはいられなかったからだ。
「怒ってどうするんですかリィル。さっきあんなことも言ってたのに。キリハさんのせいじゃないですよ。あれ」
「今の、あんたにも言ったんだけど」
「……はい?」
「言ってくれてもよかったわよね。ねぇ。あいつがそこにいるって、言ってくれてもよかったわよね? どうして黙ってたわけ?」
「……それは、えっと……えぇー……?」
目を逸らしても逃れられない。
恥ずかしさを誤魔化さんと必死のリィルだったが、誰に止められるでもなく、最終的には自身で自身を落ち着かせる。
「…………ごめん、今のは忘れて。その、思ってたよりあんたが早く帰って来たからびっくりしたっていうか、まだ心の準備ができてなかったっていうか……ちょっとどうかしてたみたい」
「着てから叫んだのを見れば分かりますよ。それくらい」
「ユッカ、その辺りで。……ところで、その服は? 冒険に着て行くにはもったいないくらい可愛いデザインだが」
キリハの知らなかった、できる事ならいっそ知らないままでいたかった秘密。
臆面もなく暴露したユッカが睨まれるより僅かに早く、話題も変わる。
「あ、やっと気付いてくれました? 頼んでここの人に貸してもらったんです。こんなの着てたら戦えないですよ」
「それは確かに」
青の長いドレスにエプロン。
しかしユッカが今回借りたそれは、街行く人々が身に着けているような簡素なものではなかった。
キリハの目にも、材質からして違っていることは明らかな程。
つま先立ちで華麗なターンを演じたユッカに合わせてふわりと浮かぶ。
「今日だけですからね? こんな服着るのは。……ほんと動き辛いですねこれ」
「残念。折角よく似合っているのに」
「褒めてもなにも出ませんよ。そもそもこれ、借りてるだけなんですから」
「ふ、それもそうか」
キリハも無理強いをするつもりはなかった。
ただ率直な感想を述べたに過ぎない。
「しかしリィルのその姿をまた見られる日が来るとは……こんなことならあの衣装も持ってきておけばよかったな」
「しなくていいわよ。痛むでしょうが。この服だって誰かが入れてなかったらこんなことには……」
「わ、わたしじゃないですよ?」
「別に疑ってないわよ。もう。こいつが心当たりあるって言ってたでしょ」
実際にはリィルもこのカウバで一度会っているのだが、その時は問い詰めている場合などではなかった。
どころかいいように翻弄されてしまっていた。
「……またこっそり入れられたりして」
「ないでしょ。……ないわよね?」
「……すまない。正直、今はまだなんとも」
「ちょっと!?」
キリハも、メイド服を忍び込ませるとは思ってもいなかった。
空いた時間に理由を考えていたものの、未だに答えには至っていない。
「いいじゃないですか。おかげで今着られてるんですから」
「や、宿ですることじゃないでしょ!」
「またまたー。この前だってお手入れぃんむぅっ!!?」
「それ、言うなって言ったわよね? ちゃんと言っておいた筈よねぇ……!?」
「むーっ! むぐーっ!!」
ユッカの鼻は避けたまま、しかしリィルは決して口から手を離そうとしない。
結果としてユッカをベッドに押し倒してしまっていたのだが、キリハも手を出すことはできなかった。
抵抗する力を失ったユッカをそのままに、ゆっくりとキリハの方へと向き直る。
「……あんたもいいわね? 忘れなさいよ? 絶っ対! 忘れなさいよ!?」
「隠すことでもないだろうに。リィルがそうやって物を大切にしている事くらい俺でも――」
「わ・す・れ・な・さ・い!!」
「分かった。最善を尽くそう。この通りだ」
キリハも白旗を上げるほかなかった。
今のリィルを相手に抵抗などできる筈もない。
室内を制圧したリィルは呼吸を整え、ユッカを押し倒したすぐ隣のベッドを指差す。
「座って」
「……何故に?」
「い、いいからとにかくそこに座りなさいよ。ほら、早く」
疑問はあれど、キリハに座らないという選択肢はなかった。
耳まで赤くしたリィルにこれ以上訊ねられる筈がなかったのだ。
そうしてリィルは、餡を白い生地で包んだ菓子をおもむろに手に取ると――
「あ、あ~ん……」
「………………ぁん?」
プルプル震わせながら、キリハの目の前に差し出した。
(あれはそのままにしておいた方が面白そうね?)
抑えきれない羞恥が溢れ出した悲鳴を背にエルナレイは微笑を浮かべる。
すれ違う人々を一度は振り向かせる微笑み。
その真相を知るものなどいなかった。
しかしそれもたちまち失せる。
エルナレイの正面。
またしても髪を黒に見せかけたヘレンの姿がそこにあった。
「……まさか、あなたがあのようなことをされるとは思いませんでした。一体どういうおつもりですか?」
「別にそんな固まらなくてもいいんですけどね。私相手に。なんならタメ語でいいですよ?」
「そのような恐れ多いことはとても……」
「まーったく、信仰心が強すぎるのもそれはそれで困りものですね?」
どちらからともなく歩き出し、完璧に歩調を合わせる。
具体的な行き先を決める必要など二人にはなかった。
「まあいいです。それよりですよ? あのようなことをなさるとはー、なんてちょっと失礼じゃないです? 私そんな冷血キャラじゃないですからね?」
「そのようなつもりはなかったのですけれど……では、どうして?」
ヘレンの介入がなければアイシャ達が苦戦させられていたのは間違いない。
しかし、エルナレイにはそれがなければ何もかもが終わってしまう程ではないように思えた。
だからこその疑問。
「頑張ってる子は応援してあげたいんですよね、私」
答えるヘレンの顔が、エルナレイにはどことなく物憂げに見えたのだ。
「なーんて、その全員を見てるわけじゃないですけどね。数多ある世界の隅々まで観測してたらキリないですし。ヒトよりちょこーっとだけできることの多いだけの存在ですから」
「ちょこっと、で片付けられるような力とは思えません。あなたも、あの方も――」
「あーはいはい、知ってます。知ってますからそれ以上言わなくていいですよー? 幻想抱いても後で落胆するだけですから」
「落胆だなんて、そんな……」
ヘレンの方がはるかに詳しい。
分かっていても、エルナレイには信じられなかった。
誤魔化すように、別の疑問をヘレンへとぶつける。
「ところで、彼の秘密を暴露したのも応援の一環だということでしょうか? かなり困惑していたようですけれど」
「んー……あれはどっちかと言うと、それぞれの反応が見てみたかったから?」
「愉快犯的な思考はおやめください」
小悪魔めいた答えにエルナレイは肩を落とす。
直前の発言を思えば、あえてその言葉を選んだようにも感じられた。
実際にはそんなことはない。
「冗談ですよぅ。慌てふためく姿ならこれまで何回も見てきたんですから。まして他の誰かにやらせるなんて論外です。論外」
「その考えもいかがなものかと……」
ヘレンから罪悪感のようなものを全く感じ取ることができなかった。
それどころか、そういう反応を引き出そうとしてもおかしくないとさえエルナレイには思えたのだ。
ヘレンが言うような姿を思い浮かべることはできなかったが、実際にそうだった頃がある事はエルナレイも知っている。
エルナレイでさえこうして聞く事でしか知ることのできない、かつての、桐葉だった頃。
「それに、よろしいのですか? あなたは本来……」
「いいんですよ別に。向こうがそういうつもりならならこっちはこっちで好きにやってやるー、の精神で」
「だから彼に姿を見せようとしないのですか?」
「…………そうやって痛いところついてきちゃうんだもんなー……」
肩をすくめるヘレン。
その姿をエルナレイが見たのは初めてではなかった。
「何故なのでしょう? あなただって、本当は――」
「ストップですよ。個人情報につきお喋り厳禁です。お口チャックで、お願いしますね?」
直後のヘレンの反応も。




