第124話 入りづらい雰囲気
「――また随分と、派手な力の使い方をしたものですね?」
俺が一人になるタイミングを待ち構えていたとばかりにイリアは姿を現した。
皆から頼まれた消耗品の補充はまだ終わっていない。
だからと言って、イリアの事を後回しにするつもりもない。
「消滅させるなら《万断》よりあの魔法の方が都合もいい。今に始まったことでもないだろう? おかげでまた少し、感覚も取り戻せた気がする」
「確かにあなたならすぐに力を取り戻せるとは言いましたが、何も今の段階であんな使い方をする必要はないでしょう。そこまで言った覚えはありませんよ? ……もう少し制限を強くしておくべきでしたか」
「そこまでしなくていい」
そうは言っても、以前の事を思い返せば心配性だなんて口が裂けても言えなかった。
「そういうお前こそ、俺に注意している場合か? 来るなら先に知らせておいてくれと何度も……まさか、あいつが?」
「ええ、生意気にも妨害を仕掛けてきましたよ。あの程度の小細工が通用しない事くらい本来であればとっくに理解している筈ですが。相当頭に血が上っているようです」
「生意気言うな。……真面目な話、その割には下らない凡ミスが見当たらない。俺にはそう思えるがな」
イリアの感想もおそらく正しい。
わざわざ面と向かって喧嘩を売るくらいだ。“普段通り”ではないのだろう。
普段の軽口とはわけが違う。
だがリィルが言ってくれたように、俺への敵意があるわけでもない。
俺のことでイリアに文句を言うならその足で受け入れなくてもいいだろう、くらいのことは言いそうな気がする。
「……やけにあれの肩を持ちますね。そんなに気に入りましたか。その手套が」
「そんな冷たい目を向ける事でもないだろう、おい。そんなに問題か、これが」
「ええ大問題です。私にとっては由々しき事態です。……まさかあれに先を越されるとは思いませんでしたから」
「これ以上ないくらい個人的な理由で安心した」
本当に安心した。
他に何かあるようならさすがに俺も考え直したが、そういうことなら何も問題ない。
おそらく一番の原因はこの二対の羽根のデザインだろう。
イリアの解釈が正解かはさておき、この態度も納得がいく。
「ええ、個人的な理由ですよ。むしろそれ以外に何が必要だと言うんですか。害があるならあなたが手に取る前に消滅させています」
「さすがにそれはないだろう。その辺りは俺よりお前の方が詳しいじゃないか」
「あんな形で楯突くような事は一度もありませんでしたよ。あなたに会うまでは、の話ですが」
「待った。まるで俺が年中誰かに刃向かっているような言い方だな。いつ俺がそんな事をした?」
唐突に責任転嫁されたような気がしなくもない。
大体、あのヘレンが俺ごときの影響でそこまで変わるなんてとても……どう考えてもない。あり得ない。
「あら、忘れましたか? 昔のあなたと言えば――」
「おっと、そこまでだ。それ以上言うんじゃない。あの頃の話ならあいつとは関係ない」
「心配しなくても誰も聞いていませんよ。聞かせるつもりもありませんが」
「そう言われて素直にはいそうですかと従うとでも思ったか?」
「その言葉、一分前のあなたにそのまま聞かせてあげましょうか。どんな反応をするか見ものですね」
「俺はむしろ、今のお前をあの頃のお前に見せたいくらいだがな……?」
なんて、仮に実行できてもそこまで響きはしないだろう。
やけに満足そうな笑顔を浮かべている今のイリアに、俺の持ち札では対抗できそうになかった。
「もう、いつまでやってるんですか? そろそろキリハさんも帰ってきちゃいますよ?」
「う、うるさいわね! 分かってるわよ!」
……ノックを思いとどまって本当に良かった。
気配が二人分足りないと思ったら。
何をしているのか正直さっぱり分からないが、あのタイミングでノックしなくて本当に良かった。
俺の魔力にも気付けていない辺り、相当悩んでいるらしい。
(ここは一旦引き返して、もう少し時間を置いてから――)
「ほんとに? ねぇ、ほんとにこれで大丈夫なわけ?」
「知りませんよそんなの。しかたじゃないですか。まだ向こうが終わってないんですから」
思わず、動きを止めてしまった。
魔力の反応に変化はない。
さすがに妙な実験を始めわけではないだろう。宿にそんな危なっかしい機材は持ち込めない筈。
かと言って、食材の香りがしているわけでもない。
当然だ。そもそも厨房自体あの部屋にはない。
それに、料理となるとむしろユッカが聞いていそうなイメージがある。
「それに、そっちはリィル以外着られないですし」
「ど、どういう意味よ!」
「そうやって押さえてるってことは分かってるんじゃないですか。ほら早く、準備してください。もうわたしは終わってるんですから」
「あんたあとで覚えときなさいよ……!?」
やはり引き返すべきだろうか。
今の会話を聞かなかったことにするためにも。
生憎、特定の記憶だけ抹消するような技能は俺にはない。
しかし間の悪いことに、唯一の退路すらエルナレイさんによって断たれてしまった。
「あら、入らなくていいの? あなたのことを待っているようだけれど」
「明らかに怪しげなやり取りが聞こえてきているのに突撃しようだなんて思えませんよ。むしろ、エルナレイさんは入れるんですか?」
「怪しいだなんて。そんな言い方は可哀想じゃないかしら。折角あなたを想って準備しているのに」
「確かにその通りではあるんですが……」
借りている部屋とはいえ、とてつもなく入りづらい。
むしろこのまま入らずに、アイシャやマユが戻るのを待った方がいいのではないかとすら思えてくる。
「心配しなくても大丈夫よ。ユッカさん達のことだもの。あなたならよく知っているでしょう?」
「……その質問に答える前に、一つ聞いてもいいでしょうか」
「あら、どうかした? 珍しいわね。あなたがそこまではっきり戸惑いを顔に表すなんて。まるで似たような台詞をついさっき聞いて来たような顔よ?」
「いえ、関係がないならいいんです。ないなら、何も」
逆にわざとに思えなかった。まったく、どうやって言い当てたのやら。
さすが特級。……関係ないか。
「? おかしなキリハね。あの魔法の影響?」
「違いますよ。昨日の夜にゆっくり休ませてもらいましたから」
「目に浮かぶようね」
「何がです?」
「言わない方があなたのためではないかしら?」
「そこまで言われる程ではありませんでしたよ。さすがに」
多少強引な方法を使われたというだけで。
あんな風に取り囲まれては下手に抵抗する事もできなかった。
「落ち込む事なんて何もないでしょう? あなたの魔法、町ですっかり話題になっていたわよ?」
「それなら俺も聞きましたよ。信じられないくらい巨大な光が怪物を瞬く間に消滅させた、と。……あの件、上手く処理してくださる約束でしたよね?」
「だからこそ噂止まりなのよ? 誰もあなたの事まで話してはいなかったでしょう」
「アイシャ達以外、そもそも誰も見ていませんでしたからね」
てっきりエルナレイさんがやった体で片付けるものだとばかり。
協会の記録としては別でも、噂の方ならそれでいくらでも片付けられた。
「あら、目立つのは苦手? そんな話を聞いた覚えはないのだけれど」
「違いますよ。今回は少しばかり不都合があるというだけです」
どこの誰が広めたかも分からない呼び名もある以上、今更そんな事を気にする意味がない。
今回の件に関しては、どうしようもない個人的な理由があるというだけで。
「――早くはやく。絶対キリハさんも戻ってきますよ。覚悟決めてください。それとも、見たくないんですか」
「それは……」
この状況に比べれば大したことのないものだ。
「あ、あたしだって見たいわよ。あいつが喜ぶところ」
「じゃあ決まりですね。入ってきていいですよ?」
「……は?」
……むしろこの状況の方が余程問題かもしれない。
それでも開けた。開ける以外の選択肢はなかった。
「ちょっと。ちょっと? どういうことよ。ねえ。……どういうこと!?」
「まさかほんとに気付いてなかったんですか。いましたよ、そこに」
「なんだ、気付いたならその時に言ってくれれば――」
思わず目を疑った。
「……ぁ……」
カウバに着いて以降の拠点になっている宿の一室。
そこには確かにリィルとユッカがいた。
「ぅ、ぁ……ぁあ…………!」
何故か、メイド服を身に着けて。
「何度見ても、リィルによく似合って――」
「――ぃわよ」
「…………リィル?」
一度は止まりかけた思考回路に、直後の予想など導き出せる筈がない。
「そんな目で見るんじゃないわよ――――――っ!!!!」
宿全体を揺らすほどの叫び声が響くなんて、全く。




