第123話 もうひと仕事
この下で眠るその人の事を探って、掘り返そうとは思えない。
二度とこんな騒ぎに巻き込まれないことを祈るばかりだった。
(……さすがにそこまで馬鹿ではないか)
こんな状況でノコノコと顔を出せる程の度胸もないだろう。
何を考えているのか知らないが、悪態をつく気すら失せる。
「終わったんだよ……ね? 大丈夫なんだよね? 怪我してないよね?」
「ああ、見ての通りだ。もう少し確認してから合図を送ろうかと思ったが……まあ大丈夫だろう。見ての通り、スヤスヤ眠っている」
「そんな可愛い感じの相手じゃなかった、です」
「何もそこまで言い切らなくても」
「でも、眠ってるって感じじゃないよね……」
確かに攻撃の頻度も火力も、まともとは言えないようなものだった。それは間違いない。
だからと言ってそんな、まるで悪魔か何かのような扱いをしなくても。
本物の悪魔というやつはあんなに優しくない。
「そうよねえ? あんたにとっては可愛いくらいの相手だったんでしょ?」
「別にそういうわけではないが……そんなことより、すまなかった。リィルが怒るのも当然だ」
「べ・つ・に? 全然、これっぽっちも、まっっったく! 怒ってなんてないけど?」
「げきおこ、です」
言うんじゃない。
この状況でわざわざそれを言語化するんじゃない。
たとえそれが真実であったとしても。
ああ、リィルの不満顔が目に浮かぶ。
「ところでユッカ。ああなったあとのリィルを説得、なんてことは」
「無理ですね」
やはりそういう経験があるのか、ユッカはいつになくきっぱりと言い切った。
そうだろう。そんな事だろうと思っていた。おのれ。
「それにキリハさん、言ってたじゃないですか。色んな魔法を使えても、できないことはあるって」
ユッカは笑顔だった。
いっそ清々しいくらいの笑顔を浮かべていた。
「だからむりです諦めてください。わたし宿に帰ってますから――」
「いや、それはまだ早い」
それでも、あのままおとなしくバケモノが消えてくれるのならそれで構わなかった。
リィルがあんな風に怒った理由くらい分かっている。
ただでさえ最近は体調がおかしな姿を見せていたから、猶更。
「その……キリハさん? まさかわたしのこと巻き添えにする気ですか? そ、そんなひどいことしませんよね……?」
「死なば諸共、なんて言うわけがないだろう。あっちだ。あっち」
「あっち?」
ユッカの動きにつられて、皆の顔がそちらを向いた。
未だに消えない化け物の方へと向けられた。
「あの、キリハさん。あれって」
「ユッカが今思い浮かべている通りのものだ。出すだけ出したらあとは放置か。てっきり、消滅までに多少の間隔があるせいだと思っていたんだが」
「放置って……まさかそのまま? ……無責任すぎません!?」
「それは言っても仕方が――……ないっ!!」
氷のジャベリンを手に取りすぐさま投げる。
距離はあれど、的の大きさはかなりのもの。外す理由などどこにもなかった。
ユッカが隣にいるのに《穿流星》は撃てない。
何せあの魔法は投擲の瞬間、最も大きな衝撃波を術者を中心に起こす。
もうそういう魔法として仕上がってしまったのだから仕方がない。
今問題なのはむしろ、
「全く効いていないというわけではなさそうだが……焼け石に水か」
あんなものまでむやみやたら頑丈にしなくてもいいだろうに。
獅子のような頭を持った怪物は依然として健在だった。
すぐにエルナレイさんの光線が届いたものの、やはり仕留めるにはまだ遠い。
町の中にいるエルナレイさんがフルパワーなんて出せるわけがない。
そんなことをしたら辺り一面がたちまち更地に変わる。
「リィルちゃん、あそこまで届きそう? 私、あんな遠くまで撃ったことなくて……」
「む、無理。いくらなんでも無理よあんなの。大型の砲台とか、そのくらいじゃなきゃ途中で落ちるわよ」
「やっぱり……」
ここから更に別の何かが出てくるとは考えづらい。
あの獅子頭の化け物が姿を見せる前に感じた力の脈動らしきものもない。
(となれば、やることはひとつ……)
魔道具を止める間もほとんど役目がなく不満たらたらだった迷宮の剣にも働いてもらわなければならない。
「ちょっと」
しかし剣を引き抜いたその瞬間、それを待っていたかのように肩を掴まれた。
「あんたの魔法、ここからでも届いてたわよね? なのに飛んで向かって戦う気?」
「そのつもりだ。リィルも見ただろう? 攻撃は届いてもダメージになっていない。あんな調子で続けても町へ辿り着くまでの間に仕留めきれない」
魔物のすぐ傍で爆発を起こそうと、雷を落とそうと、どれもこれもやはり致命打にはなっていなかった。
エルナレイさんには町の防衛のために力を残しておいてもらう必要だってある。
くたばる前と違って、今は《雷雹流渦》以上の魔法を化け物の足元や頭上から正確に撃ち込む事もできない。
この位置から撃っても威力の低下は避けられない。
それから、もうひとつ。
リィルには言えないが、倒した後にとびきりの問題が残っている可能性もある。
巨体の転倒。
支えが間に合えばいいが、もしものために力業で押し返せる誰かがいた方がいい。
「……意外と強情なとこあるわよね。あんたって」
「と、言うよりは……負けず嫌い、だな」
「……は?」
昔から。面と向かって言われたこともある。
なんて、今は関係のない事か。
「ここまで来て騒ぎを止めるだけで終わるのも馬鹿馬鹿しい。あとの予定でも考えておいてくれないか。一発で仕留めてくる」
「そんなさらっと言って……あぁもうっ!」
何故か怒られた。って、違うか。
「無茶だけはしないでよ? 危ないと思ったら絶対戻ってきなさいよ!?」
「なんかお母さんみたい、です」
「マユ!」
「うっかり、です」
わざとだ。わざととしか言いようがない。
にやけているのは誰の目にも明らかだった。
変に張り詰めた空気になるよりはその方がいい。
とはいえいつまでも浸ってはいられない。
今話を聞けるのはアイシャが最後だろう。
「今は、応援しかできないけど……お願い、キリハ」
「任された」
握られた手を握り返して、すぐに離す。
いつまでも悠長にしてはいられない。
耳を澄まして少し魔力で補ってやるだけでも、町からの悲鳴が聞こえてくる。
「ッ……!」
化け物目掛けて一直線に。
全速力で突っ込む必要はない。
「……なんだ、一撃となると自分の役目じゃないとでも言いたいのか」
やけに感情の籠った訴えには思わずため息をつきかけた。
もしそのつもりなら今もこうして握っているわけがないだろうに。
倒させろ、倒させろと騒々しい。
言われなくてもそのつもりだ。
(……ふ、まあいい)
やればすぐに分かること。
「そこまで言うなら合わせてみせろ。俺の魔法に」
怪物の姿も近い。
ここから溜めてやれば、上手い具合に空目掛けて風穴をこじ開けられるだろう。
「――…………」
一切手を加えていない、そのまま魔力を砲撃のように解き放つ。
誰もが一度は思いつくであろう、最も単純な攻撃手段。
本当に入りたての新人を除けば、組織でも知らないものはいなかった。
使用した魔力と威力が完全に比例する、単純過ぎる魔法として。
しかし欠点ばかりではなかった。
必要なプロセスの少なさ。
発射に至るまでの時間の短さで言えば圧倒的と言ってもいい。
一般的に認識可能な領域を超えた僅かな時間であっても、実際にその差が結果を左右した事もあった。
そういう話は、何度か聞いた。
何より他の魔法が未熟なほど重宝する。
ほんの僅かな例外――たったひとつの魔法を極めた腕があれば、その常識を覆す事も不可能ではない。
実際いた。そしておそらく、この世界にも。
とはいえそれも、まるでその状態が真に自然であるかのように魔法を操る達人であればの話。
そうでなければそもそも土俵に立つことすらできない。
それほどまでに魔力砲の発生は早い。
弾速も、術者が意図的に速さを重視したような魔法以外には勝るもの。
魔戦時代には結局、使い分けが主流だった。
研究する時間があれば中には辿り着けた人もいたのかもしれない。
しかし、教団はそれを待ってくれるほど悠長ではなかった。
「――《解砲魔光》!」
長所を可能な限り活かそうとしたこの魔法以上の改善は、結局できないままだった。
あの魔道具の光線だろうと、押し潰せるような一撃を。
極太の光の柱が、獅子頭の怪物を呑み込んだ。




