第122話 暴走状態の魔道具
それぞれ隠れる木を変えながら慎重に奥を目指す。
幸い、今はまだ現れた怪物の足がこちらに向いていない。
まだ光の矢が飛ぶ距離ではないらしい。
俺が先に動いても、数歩分先に設置した《氷壁》にヒビが入ることはなかった。
リィル曰く見えなくなった後も攻撃が飛んで来たそうだが、視界にはしっかりと問題の魔道具が映り込んでいる。
「……見た目はそこまで変わってないんですね?」
森の中に佇む八面体の魔道具。
ユッカの指摘通り、その姿は聞かされた通りのものだった。
色が変わったわけでも、明滅を繰り返すわけでも、まして変形したわけでもない。
見事なまでの八面体。よくもまあこんなものを。
(……そろそろか)
さすがに内部では何かしらの変化が起きている筈。
暴走前の状態を知らない以上、それを確かめる術などなかった。
「油断しないでよね。あの光線の威力、忘れたわけじゃないでしょ?」
「わかってますー。いいんですよ今は。キリハさんがいるんですから」
「いや、そうとも限らない」
縫い針ほどのサイズに削った枝を三本、それぞれ全く別の方向へと撃ち出す。
変に逸れてアイシャ達に攻撃が届く事のないよう、空に。
それでも魔道具は、異なる位置にあった三本の木の針を同時に焼いた。
光線が消えた後には塵すら残っていない。
静寂に包まれた森の中、誰かがつばを飲み込む音が聞こえた。
(やはり、か……)
そんな事だろうと思った。
仮に何かを守護する役目を担っているとして、本当に一方向しか攻撃できないようでは意味がない。
探知性能も中々のもの。小動物どころか魔法にすら反応するのだから。
しかし逆に、高性能が過ぎる。そこを突けば容易に突破できてしまう。
冷静に考え直せば考え直すほど、一方向にしか攻撃できない欠陥品とは思えなかった。
もしあの時リィル達がそのまま近付いていたら。
考えたくもないが、きっとそのまま蜂の巣にされていただろう。
「……同時に攻撃できた、ですか?」
「暴走とやらの影響だろうな。本来なら悪意を持って近付いた相手を黙らせるために搭載されていた機能まで動いてしまった、といったところか」
危険度に合わせて対応を変えるというのはよくある話。
もっとも、あの大砲がどの段階に当たるのかは分からないが。
アレはさすがに過剰火力だ。
見れば森に不自然な“穴”がある。円形の何かに抉り取られたような穴が。
そこだけは枝も葉も何もない。それどころか幹の一部だけを残して上が丸ごと消し飛ばされた木まである。
「冷静に分析してる場合じゃないでしょ! まさか全部避けるとか言わないわよね?」
「それ以外にどうしろと。多少は防ぐが」
「どう考えても一番無茶な方法なんだけど!?」
「さすがにそれはない」
それこそ、攻撃を耐え続ける事ができれば避ける必要すらない。
俺もそこまで馬鹿な方法を選ぶつもりはない。やるなら盾くらいは用意する。
「落ち着いてくださいよリィル。キリハさんのことですからきっとなにかあるんですよ。ですよね?」
「勿論だとも。考えくらいある」
「ほら、やっぱり――」
「直線状にしか進まないから見切れるとか言うんじゃないでしょうね」
場の空気が凍った。そんな気がした。
しかし、魔道具の光線が直線状に進んでいるのは紛れもない事実だ。
「なんだ、リィルも気付いていたのか。だったら分かるだろう?」
「えぇ分かるわよ。また無茶苦茶言ってるってね!」
「キリハ……」
「それ、考えって言わないと思うんですけど……」
今の時点ではまだ軌道を変えない保証はどこにもない。
そうなったらそうなった時だろう。いくらでもやりようはある。
「でもリィルさん、さっきは先に行ってって言おうとしてた、です」
「あんなとんでもないものがあるって分かってたら言わなかったわよ!?」
リィルは勿論、みんな納得していないようだが仕方ない。論より証拠だ。
先にカギを預かっておいたのは正解だったかもしれない。
「分かってる。とりあえず話の続きは後だ。俺がこいつを触れさせるまでは今隠れている木から動かないでくれ。そのつもりで動くから」
「了解、です」
「ちょっと? マユも了解してないで――」
「《加速》」
まず一度、俺が隠れていた木の幹を掠めさせるように。
次に上空、飛び上がったところを撃たせる。
ここなら何発撃たれても被害はない。《飛翼》がある限りこちらは自由に動ける。
動きを読まれても、氷か土の壁で逸らすまで。
跳んだおかげでデカブツの姿もよく見えた。
炎を吐く事も、森を無造作に踏み荒らす事もせず、しかし徐々に前進していく。
カウバなら逆に問題ない。エルナレイさんもいる。
そもそも俺があの八面体を正常な状態に戻せばいいだけ。
あの魔道具によって呼び出されたのはまず間違いない。
懸念も今は後回し。
(それにしてもよくまあこんなバカスカと……やはりエネルギーの問題は解決済みか)
明らかに攻撃の手数が増えた。
牽制用だろう。
俺がいるその場所を狙うだけに留まらず、両手でも数え切れないほどの光の矢が空を貫く。
出鱈目に飛び回っていたつもりだがしっかり動きに追いついてくる。
たまに明後日の方向に飛ぶのはただのミスだと思いたい。
それでいて威力はまるで衰えていなかった。
状況次第ではそのまま空から突撃すれば、なんて楽観していたが……これはさすがに却下するしかなさそうだ。
(さて、そろそろ……)
あえて真下。森の中へ。
アイシャ達は魔道具を挟んだちょうど反対側。
だが、今は小細工も邪魔にしかならない。
最悪、またアイシャ達の方へ攻撃が飛ぶ。
(正面――!)
わざわざ何発も撃たせてはやらない。
ひと蹴りで森の中を、もうひと蹴りで魔道具の目の前に。
カギを突きつけず、そこですぐさま一歩引いた。
(そうきたか……!)
直後、すぐ目の前を光が呑み込む。地面を突き破って現れた光の柱が呑み込んだ。
町の真上を駆け抜けた破壊光線にもまるで引けを取らない。
あんなものに触れたら最後、丸焼きにされていただろう。
最初上に放った枝のように塵も残らないかもしれない。
「ぶ、無事ですよねー!?」
「掠り傷も負わされてない。間違っても木の陰から飛び出したりするなよ」
「わかってまーす!」
声がした方から焦りの混じった怒りを感じたのは気のせいだろう。
深い安堵に負けず劣らずの殺気を感じたのも気のせいだろう。
色々な意味で早く片付けないと、後が不安で仕方ない。
この光が収まってくれたらすぐにでもカギで落ち着かせることもできるのだが。
永久機関。
その異常性はこちらの世界でもしっかり認識されているだろう。
思い出したのは、魔戦時代に開発された魔力の生成装置とでも呼ぶべき代物。
しかしそれも、さすがにそこまでの性能の高い代物ではなかった。
稼働限界は存在していたし、こまめなメンテナンスを挟んでも簡単に壊れてしまった。
とある集団がオーバーテクノロジーな代物を持ち出すまでは、あくまで補助的なものとしてしか扱われていなかった程だ。
(そしてこんな状況でも攻撃はできる、と)
便利なものだ。
光の柱の中から飛び出した細い槍。
剣で簡単に切り捨てられる程度だったとはいえ、虚をつくならあれでも十分。
魔道具を作り上げた人物にとっては本当に大切な場所なのだろう。
でなければ普通、ここまではしない。
こんな物騒なものまで用意しない。
八面体の端末に加え、地面にまであんなものを仕掛けるとなれば相当だ。
「……悪かったな。邪魔をして」
しかし魔道具も無限に光を吐き出すことはできなかった。
収まった一瞬、預かっておいたカギを――余計な装飾のない、しかし手の込んだ首飾りを触れさせる。
離すべきタイミングは分からない。
しかし、過度に恐れる必要はなかった。それ以上攻撃が飛んでくることもない。
「ん……?」
ふと、音が聞こえた。
少しでも気を逸らせば聞き逃してしまいそうな小さな音。
今までの破壊的な力とは打って変わって、子守歌のような優しい音色だった。
まるで、そこに眠っている誰かにそっと語り掛けるような。
ほんの僅かな間の出来事でも、印象に残るには十分だった。
(……ああ、だからか)
正常な状態に戻った筈の八面体の真下。
光の柱の余波で剥がれたそこに記されていた、手掘りの一文。
『いつまでも安らかに』
それを読んで、手も合わせられない非道な人間にはなれなかった。




