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彼方世界とリヴァイバー  作者: 風降よさず
Ⅴ 世界でただひとつだけの
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第120話 八面体の秘密

「……逃げ出した挙句に賊ごっこか。いい気なもんだな」


 吐き捨てるような老店主の声に悲しみが混じっていたのは、きっと気のせいではないだろう。

 それもほんの一瞬の事だった。


「う、うるせぇ! 元はと言えばあんたが悪いんだ! あんたがオレを……!」


 立ち上がった男をすかさず警備隊が押さえつける。


 話を聞く限り男の身勝手さが全ての原因。

 そうとしか思えなかったが、こんな男を罵倒したところで得るものも何もない。

 中途半端に話がこじれるだけだ。


 老店主も、結局それ以上は何も言わずに部屋を去った。


 盗み聞きをしようとしていた男は、かつて老店主に弟子入りしていたのだという。


 しかし男は老店主と反りが合わなかった。

 何より、老店主のあの口調にも耐え切れなかったのだとか。


 それに関しては分からない事もない。

 店に戻ってからもミーナに注意されている姿を何度も見た。

 無理に続けようとせず、辞めるのも一つの選択肢だろう。


 その後上手くいかなかった事まで自業自得と一蹴するつもりはないが、誘拐ひったくり諸々まで擁護するつもりはさらさらない。


 ミーナを眠らせ攫った挙句、町の外に放置していたと聞いた時にはさすがに眩暈がした。


 そのまま魔物に連れて行かせたというのだから救いようがない。

 あの子が一体何をしたと言うんだ。


 アイシャ達には別室で待機してもらっておいて本当に良かった。


 エルナレイさんがいる事に男が気付いた後。

 俺達が問い詰めるまでもなく男は全てを自供した。


 必要な準備を整えてくれた人物がいたことも、余すところなく。


 傲慢な態度の男と、温和な雰囲気を纏う一方で冷たい目をしていた男。


 その他の特徴を踏まえても、あの二人の可能性は低くない。

 揃いも揃ってどこまで他者に迷惑をかければ気が済むのだろうか。


 具体的な証拠はない。

 だが直感がそう告げていた。この手の話になるとやたら鋭い。


 追い立てようにも、おそらく既に自らのテリトリーに引きこもった後。

 それより今はやっておかなければならないことが他にある。


「そろそろ教えてもらえませんか。メモにあった八面体――いえ、魔道具の事を」


 男が狙った理由はおそらく、魔道具の下に眠っている何か。

 あのろくでなし共にあの八面体を排除するように言われていたそうだ。


 以前迷宮の最下層で出くわした鎧と同じく、番人としての役割を担っているのだろう。


 眠っているのは間違いなくとんでもない代物だが。

 わざわざあのロクでなしが手を出そうとしたということは九分九厘、そういうことだ。


「ま、魔道具?」

「いくらなんでもそれはないですよ。絶対ないです。あれが魔道具だったらとっくに王様が持って帰ってますよ」

「陛下でもアレは動かさんよ」

「……はい?」


 道理で。


 つまりそれだけのものが下に眠っているということ。

 とんでもない話だ。協会ももう少しくらい忠告しておけばいいものを。


 あの山へ近付くもの好きが少ないにしてもだ。

 外から来た冒険者には事実上の私有地ということも分からない。


「話す前に聞かせろ。どこで気付いた? またそいつか?」

「エルナレイさんはそんな口の軽い人ではありませんよ。ただ、魔物にしては無機質なように思えたので」

「へぇ。つまりは勘ってわけだ」

「まあ、言ってしまえばそういうことになりますね」


 八面体自体は自動迎撃装置の仲間だろう。


 行く先々で教団に仕掛けられていたものだ。嫌でも思い出す。

 アレは最悪遠距離から狙い撃って破壊するだけで済んだが、今回はそうもいかない。


 破壊しなかった理由もそっちか。

 昨日はつい早とちりしてしまった。


「その勘は大事にしな。きっとこの先もお前さんを助けてくれるだろうよ」

「あまりあてにし過ぎると、後で痛い目を見そうですけどね」

「一人で全部決めてるわけでもねぇだろ。そこの嬢ちゃん達に聞きゃいい」


 最初からそのつもりだった。

 時と場合によっては、意見を聞いた上で却下する事もあるかもしれないが。


「あら、私は仲間外れ?」

「ケッ、特級様は世のため人のためっつって働いてんだろ。どうせ」

「否定はできないわね」


 むしろ俺達にばかり肩入れをされても困る。

 エルナレイさんを頼りにしている人は他にも大勢いるだろう。


 魔戦時代、数多の拠点をほぼ一人で破壊しつくした男や化け物じみた身体能力を躊躇いなく振るった男と違って、真っ当な尊敬も集めているに違いない。


「ああ、そうだ。ちょっと予定が変わったから嬢ちゃん達は後で来てくれ。色々見てもらいたいもんが――」


 一体何を。そう問い返す暇もなかった。


 町の上を、暴力的な紫の光が駆け抜けていったのだ。






「キリハさんあれなんとかできないんですか!? 前にストラに出た……えっと……とにかくあの魔物のときみたいに!」

「まず俺を認識させるところからだ。どちらにせよ、行かない事にはどうにもならない」


 町の真上、青い空を引き裂くように放たれた紫の光。

 大砲程の幅もあった一撃は幸いどこかへ被害をもたらすことはなかった。


 問題はそれが二度、三度と繰り返された事。

 被害はなくとも町の中は当然大混乱に陥っていた。


 所用で町の外へ赴いている人も少なからずいるだろう。

 安全確保のために、エルナレイさんがカウバに残ってくれている。


 おかげでこうして発射元を探しに向かうことができた。

 あの老店主から頼まれたのもある。


「ねぇ、ちょっと。前にあんなこと言って頼めることじゃないんだけど……いい?」

「頼みたいこと?」


 これはまた珍しい。


 なんて、本当は内容にも見当がついていた。

 俺の答えも既に決まっている。


「キリハさんは先に行っちゃダメ、です」

「マユ!?」

「今分断したらもっと危ない、です」

「俺も同意見だ。それにリィル。忘れたのか? こんな時のために《小用鳥》があるじゃないか」

「偵察用の魔法でしたよね。あれ」


 そんな違いはこの場に限ればあってないようなもの。

 今言わなくてもいいだろう。ユッカも。


「だがやはり、俺が先行しても効果はなかっただろうな。一羽も落とされていない」

「お休み中、ですか?」

「そう思いたい。いっそこのまま終わってくれたら笑い話にもできるんだがな」

「そんな呑気なこと言ってる場合?」


 或いは学習したか。とはいえ、その可能性は低いだろう。


 一体どれだけ古い時代から稼働しているかは分からない。老店主でさえ正確な時期は知らないと語っていた

 だがまさか、これまでその程度の事すら誰も思いつけなかったとは思えない。


 そういう仕掛けが施されていないか、逃げるだけなら見逃しているのか。

 とびきりの隠し玉を持っていてもおかしくない。


「……そう来たか」


 こんなものまで。

 忠告がなかったということは老店主も知らなかったのだろう。


「どうきたんですか。一人でため息なんてついてないで教えてくださいよ」

「あの木の辺りだ。すぐに分かる」

「分かりませんけど?」

「さすがに秒単位の話はしてない」


 そこまで近くにいたならユッカからもしっかり見えている筈だ。

 今も木に張り付いている人型が。


 異常に発達した爪に、屈むような姿勢。頭はトカゲのようにも見える。

 それにあの腕。あれだけの長さがあれば背筋を伸ばしても地面に届くだろう。


「うわっ……」


 俺達の接近に気付いたのだろう。

 コケに覆われたような肌がいよいよ姿を現した。


「今度はなんなんですか……もういいですよ、変な魔物なんて……」

「この前の青いのでこりごり、です」

「いいから構えなさいってば。いつまた消えるか分からないわよ?」


 別に消えてはいない。

 透明化と呼べるほどのものではない。


 皮膚を周囲の景色に近付け溶け込んでいた。

 効果は高いだろう。実際、遠目から見つけるのは難しい。


 カメレオンくらいのサイズなら、もっと分かりづらかっただろうに。


「キリハさんあれ倒せます? ……その辺にいませんよね!?」

「いない。俺が保証する。あの個体もどういうつもりであそこにいるのか知らないが、邪魔をされる前に――」


「大丈夫」


 魔物の足元に現れた灼熱が標的を焼く事はなかった。


「邪魔なんてさせない。絶対に」


 燃え上がるより早く、魔物諸共アイシャの《水流》に押し潰されてしまったからだ。

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