第119話 誰だったんですか?
「……キリハさんがやったわけじゃないんですよね? あれ」
キリハさんなら声くらいかけてくれますよね。きっと。
だからますます分かりません。
誰がやったんですか。あれ。
一度にたくさん飛ばしたところとか、キリハさんの《小用鳥》の魔法にちょっと似てる気もします。
マユもそう言ってました。
でも、なにが飛んでたのか分かりません。
おかしくないですか。誰にも見えないなんて。
わたしもリィルもアイシャもマユもいたのに。
それなのに、あの石は反応してたなんて。
「決めつけるには早いんじゃない? たとえば何か理由があったとか。そのせいで合流できなかっただけかもしれないでしょ」
「なんですか。その理由って」
「たとえばの話だってば。あいつに聞かないと分からないわよ。そんなの」
はっきりしませんね。もう。
でもやっぱり、キリハさんだったなんて思えません。そんな気がします。
粒みたいな魔法くらいキリハさんなら使えそうですけど、なんか違うんですよね。
「……あいつといえば……」
なにか思い出したような顔ですね。
「アイシャ。マユ。二人とも、今夜は寝させないからね」
「……へ?」
「?」
「そこは分かってよ!」
そんなの無理に決まってるじゃないですか。
アイシャもマユもつかれてるのに。
「いきなり変なこと言うからですよ。こんなときになに考えてるんですか。キリハさんに言えないからって」
「は? ……っ!? あ、あんたこそ変なこと考えないでよ!」
「き、キリハがどうかした? リィルちゃん、顔赤いけど……」
あ、分かってないんですか。仕方ないですね。
リィルにも見習ってほしいです。
なんですぐ顔赤くしちゃうんですか。まったく。
「紛らわしい言い方するからですよ。変な意味に聞こえるじゃないですか」
「これっぽっちもそんなつもりないわよ! 変なこと考えてるのはユッカの方じゃない!」
「なんでそうなるんですか!?」
今のはリィルの言い方の問題ですよ! 絶対!
「えっと、その……リィルちゃん? お話なら明日聞くから、今日はもう休んでも……」
「なんでもないわよ! 好きにすれば!?」
「なに言ってるんですかまだ話は終わってないですよ!」
「分かってるわよ!」
今日はわたしも引きません。
あんな言い方されたら変な意味に聞こえるに決まってます。
「ど、どうしたんだろうね……?」
「きっと疲れてる、です」
いつも『言葉を選びなさい』って言ってるのはリィルなんですから。
リィルが言おうとしてたことくらい分かります。
マユがあの石に煙玉を投げようとしたこととか、アイシャがそれを止めようとして飛び出したこととか。
お説教に決まってます。危なかったですからね。
でも普通、あんないい方しません。わたしはしません。絶対にしないです。
いいですよ。宿に戻ったあとでも、キリハさんの前でも――
「……さすがに場所は考えた方がいいんじゃないか? 二人とも」
「同感ね。すっかり人気者よ?」
……やっぱりいっしょだったんですね。エルナレイさんと。
「それは災難だったな……すまない。俺がもっと早く戻っていれば……とにかくアイシャは休んでくれ。今日のMVPは間違いなくアイシャだ」
「え、えむ……?」
「その『誰か』が手を出すまで攻撃を誘導してくれていたんだろう? それが凄いという話だ。さ、ゆっくり」
納得してもらえないのも無理はない。
たまに向こうの言葉でもほぼそのまま通じるからつい油断してしまう。
「それにしてもどういう神経をしているんだか……マユが怪我をしなかったからよかったとはいえ……」
「メモは取り返せなかった、です」
「悪いのはメモを奪ったそいつだ。その青い石か、お爺さんか。放っておいてもどちらかの前には現れるだろう。そんな度胸があればの話だが」
アイシャ達が戦っているところを見たにせよ、真正面から戦おうだなんて考えもしないだろう。
ひったくったというそいつを探し出す手段は現状ない。
顔も年齢も性別も分かっていない。おおよその背丈だけではほとんど絞れない。
この町なら、家より高い巨人は珍しいかもしれないが。
「それより、ほんとにキリハさんじゃない、ですか? あのとき攻撃をそらしたの、は」
「ああ、違う。マユ達と合流する少し前まで店にいた」
「雑用を頼まれたのよ。気難しい誰かさんにね」
「なにやってるんですか。特級なのに」
「あら、特級もそのくらいのことはやるわよ?」
身内が相手となれば猶更。
度が過ぎると肩入れし過ぎだと後ろ指を指されることになってしまう。
まあ、あの程度であれば文句を言われる事もないだろう。
「ところで、どうしてエルナレイさんがここにいる、ですか?」
「「………………あぁっ!?」」
今更気付いたか。
下ですっかり注目を浴びていたから気付いているものだとばかり。
……いや、エルナレイさんがあまりに自然に溶け込んでしまったせいか。
「私にも関係のあることだもの。仲間外れにしなくてもいいでしょう?」
「だったらひとこと言ってくださいよ! 普通についてきたせいで分からなかったんですからね!?」
「私の責任ではないわね」
この調子で続ける気だろうか。
放っておけばきっとしばらくこのままだろう。
「それより今はユッカ達が見たという八面体の話だ。とてもじゃないが生物とは思えない」
「『だから倒しに行ってくる』はなしですよ」
「ちょっと見に行くのも駄目だからね」
「……ユッカもリィルも俺をどういう目で見ているんだ?」
まだそこまでは考えてない。
魔物かどうかも怪しいのは今回に限った事ではない。
そしてあの老店主はそれを知っていた。
しかし協会からの注意勧告らしきものはない。
いくら文明的に監視カメラの類が置かれていないとはいえ、人通りがあればいつかは発見される筈。
その姿を見て生き延びた者はいなかった――なんて事でも起こらない限りは。
「慌てる必要はないと思うわよ? ……それとも、気になっているのはユッカさんたちを助けた人の安否かしら」
「それに関して言えば心配するようなことは特に何も。ユッカ達が離脱した時点ですぐに退いているでしょうから」
「まるでその場で見たような言い方ね」
「見ていなくても分かりますよ。そのくらいなら」
今の目的は分からなくても、あいつならそうしている筈。
イリアからの知らせもない。すぐに撤退したんだろう。
つまり、大至急で倒さなければならない相手ではないということ。
いるだけで周囲の環境を破壊するほどの力はない。
これまでの話を聞く限り、まるで何かを守っているようにも思える。
では何を守っているのか。
さすがにそこまでは分からない。
「そこまで分かってるなら……」
「その件に関してはノーコメントだ。……それより」
「舐められたものね」
大した度胸の持ち主だったらしい。
先程の発言は撤回しなければならない。
それとも、今この部屋にいるのが誰かも分かっていないような大馬鹿か。
魔力の大きさを調べるだけでも分かることだろうに。
それも全く感知できないというならもうどうしようもない。
何故あのメモを盗んだのか逆に分からなくなるレベルだ。
金に換えるつもりにしても、他に狙い目くらいあるだろうに。
「《凍結》」
まして、今俺達がいるこの部屋の盗聴なんて。
「そう、取り囲んで。お願いね」
既にエルナレイさんの呼びかけに応じた精霊達も集まっているというのに。
壁に手を張り付けるように氷漬け。
更にはその周囲を雷の柱が取り囲む。触れたら最後、黒焦げでは済まないだろう。
幸い、そいつが潜んでいた壁は表通りにも面していない。
人目につかない事を利用した以上、その可能性くらい覚悟してもらわなければならない。
「な、なんで……!?」
褒められるところを無理矢理にでも挙げるとすれば一つ。
魔法も魔道具も使わず壁をよじ登ったその身軽さくらいのものだろう。




