第108話 町に戻ると
そうして警戒を緩めることなく奥まで向かっていたものの、結局その間、全く何も起こらなかった。
魔物がどこから発生していたのかも分からない。
自然生息してたにしてはいかんせん数が少ないように思える。
だが。
「……下種な真似を……」
姑息な臆病者は、人としての尊厳も何もない外道でもだった。
洞穴の最奥部は六畳程度の小さな部屋だった。
その中央に、茨の塊が鎮座していたのだ。
その中に閉じ込められていた人物が誰であったのか。もはや言うまでもない。
下手に力を込めることも出来ず、結局《刻風》で破壊するしかなかった。
あの時の手応えからして、間違っても内部から子供の力で敗れるものではないだろう。
頭の中身を疑いたくなる。
町を目指して走っている間にもそんな思考が止まらない。
背負った少女の呼吸に乱れた様子がないのはせめてもの幸いだった。
「大丈夫だからね。もうちょっとで町に着くからね……!」
「あの茨は全部取った。頑張れ。ご家族も、お爺さんも待ってる」
何より驚いたのは、その少女がつい先日にも魔物に狙われていた旅行客の一人だったこと。
あの時点で狙っていたのではないかと勘繰りたくなる。
少なくともこの世界では魔物を操る技術は存在している。
アレもまた、その一環だったのではないか。
「傷を癒す魔法ってないの? 薬だけじゃ……」
「すまない。そういう魔法は故郷でもどうにもならなかったんだ。あとは町の医療を頼るしかない」
……変な毒を摂取させられていなければいいのだが。
ミーナという名の少女を閉じ込めていたあの植物は、アイシャ曰く危険の無いものとのことだった。
念のため、サンプルだけは持ち帰らせてもらっている。
何かあっても少しは調べの助けになる筈だ。
見た目はそのままでも何か余計な手を加えていてもおかしくない。
それこそ教団であればやりたい放題やっていただろう。
今回の犯人もほぼ同類と思っていい。
一度顔を見て殴り飛ばしてやりたいくらいだ。
「それなら先に行って! 私のことはいいから!」
「気持ちだけ受け取っておく。今のこの子に《加速》の揺れは危険すぎる」
「……えっ。そ、そんなに揺れたっけ……?」
「体感すれば嫌でも分かる。まあ、それもこれもこの子を送り届けた後での話だが」
「そこまでしなくていいよ……?」
目で見ても魔力の反応を探っても犯人達は見つからず、床にも壁にも秘密の隠し通路の入り口はない。
天井がぶち抜かれているわけでもなく、明らかに脱出は不可能だった。
つまりあの場所には俺達が着いた時点で既に、ミーナ以外の誰もいなかったということ。
町の上空に現れたのはおそらく、最初に倒した翼のある魔物だろう。
或いは俺やアイシャが魔法で仕留めた中にいたのかもしれないが、この際そんな事はどうでもいい。
まさか俺達を誘導するためではないだろう。
あいつの気配は微塵も感じられなかった。
いくら鈍いと言っても付き合いの長い相手だ。
あの程度の距離ならさすがに分かる。
「おじいさーん? 言われた通り取ってきましたよー?」
ユッカの呼びかけに応える声はなかった。
ノックをしても中から物音一つ聞こえてこない。
朝も訪れた裏通り。
一軒の店の前でユッカ達は立ち往生させられていた。
「いない、ですか?」
「用事で空けてるだけじゃないの? いいじゃない。待ってたらそのうち来るわよ」
「忘れて寝てたら別ですけどね」
「ないでしょ。……ないわよね?」
「リィルさんまで不安になったらダメ、です」
釘をさすマユも内心、密かに疑っていた。
忘れていたとまでは思っていなかったものの、寝てしまっているのではないかと。
今朝会ったミーナという少女なら代わりに店を開けてくれるのではないかとマユは期待していたが、今彼女は店にいない。
もっとも、キリハやアイシャと共にいることをマユ達が知る方法などありはしなかったのだが。
「今日の反省会する時間ができたと思いましょ。あいつの前じゃできないでしょ」
「『探してみる』とか言いそう、です」
「そのままキリハさんが倒してくれてもいいんですけどね」
「止めなさいってば。そういう発想」
今日の夜も都合よくキリハが先に休むとは思えなかったのだ。
実際にはリィル達の予想に反して今日も魔法を乱発していたわけだが、キリハは今も別行動中。
宿で最終的に露呈し、リィルとキリハの話し合いの場が設けられるのはまた別の話である。
「だってあの魔物、絶対また出てきますよ? 斬っても叩いても倒せなかったじゃないですか」
「はっきり言って異常、です。気絶してなかったらどうなってた、か」
「大きな石叩きつけたあんたが言えることじゃないでしょ。マユ」
「木の方がよかった、ですか?」
「違うわよ!?」
三人の連携によって無事落とし穴に嵌めたものの、魔物を魔結晶に変えるには至らなかった。
マユが持ち上げた岩を頭に叩きつけ、動かなくなったところを止む無く撤退したのだ。
そうした理由はもう一つ、目当ての品を回収できた点がある。
ユッカ達にはあれ以上戦う理由がなかったのだ。
「またまたー。リィルもムキにならないでくださいよ。いくらなんでもあんなの引っこ抜けるわけないじゃないですか」
「できない、ですか?」
「……はい?」
しかし魔物への興味もたちまち薄れる。
マユの突飛な発言に目を丸くしたユッカ達だが、当の本人は何故分からないのかが分からないと言った様子だった。
「あんまり大きいのはできない、ですけど、抜けそうな木もあった、ですよ?」
「なかったですね」
「ちっちゃな、木とか」
「できませんね」
そもそも引き抜くという発想がユッカにはなかった。
たとえ引き抜けるだけの力があっても実行はしなかっただろう
それは当然リィルも同じ。ただ首を傾げるばかりだった。
アイシャはサイブルに木を投げつけられた経験もあるのだが、生憎彼女はこの場にいない。
今カウバにいないメンバーも含め、[イクスプロア]の中で引き抜ける可能性が最も高いキリハでも実行はしない。
余程の非常事態でもない限りは。
「どうして、ですか。やればできる、ですよ?」
「できないこともありますからね!?」
「これはできること、です」
マユはまたしても譲らない。
ユッカに助け舟を出したのは、状況を見かねたリィルだった。
「じゃあマユ、あんたあの建物の上まで飛べる?」
「無理、です」
「あたしやユッカにとってはどっちも同じことなの。分かるでしょ?」
「むう……」
リィルもマユもユッカのような速度は出せない。
魔法攻撃――特に炎の魔法であればリィルに軍配が上がる。
それぞれに長所があるのだ。
「――こっちなんだよね? 狭いけどほんとにあってる?」
ようやく話がまとまりかけていた頃。
ふと、ユッカ達の耳に聞き覚えのある声が届いた。
「大丈夫だろう。俺が言っているわけでもない」
「お兄さん、戦ってる時と全然雰囲気違うんだねー?」
「ああ、よく言われる。不本意だがな」
「さっきからわざとやってないよね……?」
一人だけではない。
聞き慣れた男の声と、今朝少しだけ話した少女の声。
声の主達はユッカ達の元へ近付きつつあった。
まさかと思いつつも、三人の少女は息を呑む。
アイシャは例外にせよ、彼はこの場に近付けるつもりもなかったのだ。
そんなアイシャもまだ職人の所在は把握していない。
「え……?」
「うそっ……!?」
そうして、声の主が通りの向こうから顔を覗かせる。
相手も、アイシャもまた目を丸くしていた。
気配で察知していたキリハ意外、驚かない理由がなかった。
「「なんでここにいるの(よ)!?」」
お互い、まさかこの場所に彼・彼女達がいるとは思っても見なかったのである。




