第109話 裏通りの店の前
「やっぱり! 昨日のお兄さんとお姉さん! みんなお友達だったんだ?」
「ああ。今日は少しばかり別行動していたがな。ミーナはいつ、リィル達と?」
「今日の朝だよ? 三人ともおじいちゃんに会い、にゅむっ!?」
突然ミーナの口が塞がれた。
気を抜けばたちまち迷ってしまいそうな裏路地の一角。
魔力を抜かれた老人が営んでいる店の前にはユッカ達の姿もあった。
妙なところで世間は狭い。
まさかこんな形で鉢合わせるとは。さすがに俺も驚かされた。
だからと言って高速移動で口を塞ぐ必要まではない。さすがにない。
ユッカも口を塞ぐためだけに《駆ける風》まで使わなくても。
無意識的に使用していたようにも思えたが、どうだろう。戦った相手の影響だろうか。
「い、言わなくていいですから! たまたまですよたまたま!」
「たまたまとは言うが……地図でもなければ辿り着けるような場所じゃないだろう。ふ、変な好奇心にでも駆られたか?」
余程変な迷い方でもしない限りは辿り着けはしない。
かなり入り組んだ道だ。無計画に建て直しでもしたんだろうか。
住宅やら何やらに囲まれた本当に狭い区画。
怪しげな連中のたまり場になっていないのが不思議なくらい。
「いやいやいやっ! ほんとになんでもないですよ!? ね、リィル?」
「そ、そうね!? ちょっと気分転換しようと思っただけよ!」
「左に同じ、です」
マユくらいのポーカーフェイスがあれば。
気の毒なくらいの慌てよう。
いくらなんでもこの状況は予想できない。想定外だ。
俺もアイシャも、ただミーナの祖父の家に行こうとしただけに過ぎない。
案の定ミーナはきょとんと首を傾げていた。
アイシャも程なくユッカに連行され、解放されたミーナと二人、微妙に離れた位置に残される。
「(アイシャ! どうしてここにキリハさん連れて来ちゃうんですかぁ!)」
「(ご、ごめんね? まさかミーナちゃんのおじいさんの家なんて思わなくて……そっか、ここだったんだ……)」
この程度の距離では丸聞こえなのだが、何度目だろう。
前にそれとなく伝えたつもりが伝わっていなかったらしい。
「(そもそもアイシャはどうしてあの子といっしょだったのよ。今日は町を見て回るって言ってなかった?)」
「(さっきまでそうしてたんだよ? えっと、話すと長いんだけど――)」
「……揃いも揃って、何を誤魔化す必要があるんだ?」
「へ?」「はい?」「ぃっ!?」「?」
いつ相談したのだろうか。タイミングもぴったりだ。
いや、そんなことはどうでもいい。思わせぶりなことだけ言っても何も好転しない。
「ここのおじいさんに用があったんだろう? どういう理由だったか知らないが、今日はもう無理だ。あの人は今、協会のベッドの上にいる」
視線を泳がせ慌てふためいていたリィル達もさすがに来れには驚かされたようだった。
無理もない。驚いて当然だ。
「とはいえ明日になれば意識を取り戻せると思う。訪ねるならその後の方がいい。……営業再開の方はまだ先のことになるかもしれないが」
「大丈夫だよ。おじいちゃん、けっこう体力だってあるんだから。昔は山を三日三晩走り回れたんだって」
「だ、そうだ。それじゃあミーナ。俺達は荷物を」
今、うっすらとスパルタ教育の香りが。
冗談もそこそこに、頷いたミーナに促されるまま扉の前へ。
結果的に無断で持ち出してしまった鍵で錠を開く。
気を失っていた店主の老人に断りを入れられる筈がない。
ミーナは大丈夫だと言っていたが、どうなることやら。
「あ、そうだ。お姉さん達も手伝ってくれない? おじいちゃんのこととか、ちゃんと話さなきゃいけないから」
「助かりましたね。協会に泊まらせてもらえるなんて」
「でも、仮眠室のベッドは微――」
「やめなさい」
「はい、です」
普段から使っているマユだからこそ言えることだろう。
宿直室のようなものがあると聞いている。
そんな場所に貴族様が使うようなベッドがあるわけもない。
「おじいちゃん、これでもうお姉さん達に頭が上がらないねー。こんなにしてもらったんだから」
「ですよね。そうですよね。もうあんなこと言わせませんよ」
「まあ、そんなに簡単に変えられるものではないと思うがな」
前例を何人も見てきたせいで余計にそう思う。
もしかしたらほんの少し――変わっていないようにしか感じられなくても――変化はあるかもしれないが。
「キリハさん? なんでその服装のままなんですか? せっかく宿まで取りに帰ったのに」
「動きやすさ重視だ。だから今は上着も来ていないだろう?」
「あんまり意味ない、です」
それは確かに。
だが、こんな状況だ。そこまで気を緩めるわけにもいかない。
協会で休養中の店主の老人。
あの人の護衛も兼ね、今晩だけは協会で休ませてもらうことにした。
祖父がまた狙われるのではないかと気が気でないミーナが見ていられなかった。
皆も気持ちは同じだったようで、直接提案するまでもなく自然とそういう運びになったのだ。
マユが普段協会を手伝っていたこともあって、向こうからの反応もそこまで悪い物ではなかった。
ご両親も幸い俺やユッカの顔を覚えていたらしい。
今は親父さんもこちらに来ている。さすがに女性陣とは別の部屋だが。
唯一の難点は仮眠室を完全に占拠してしまうこと。
こればかりは今更どうしようもない。
大事なく、すぐに意識を取り戻したとはいえミーナも危ない。
攫われたのはミーナだったのだ。ご両親としても、見張り役が増えてくれるのはありがたかったのだろう。
この支部全体で見ればシロと思っていい。
ライザのような裏切者くらいは紛れ込んでいるかもしれないが、尻尾を見せようとはしなかった。
他に気配はない。
しっかり調べた上でいざ奥の部屋へ向かおうとしたリィルが何故かこちらを振り返る。
「あんた、こっちの部屋に入るんじゃないわよ? 覗いたら容赦しないからね?」
「いまさらですか。昨日なんて同じ部屋で寝てたのに」
「そうなの!?」
「し、仕方なかったのよ! あんたもそんな聞きたそうな顔するんじゃないわよ! 言わないからね!」
防犯的な面ではむしろ、同じ部屋の方が都合がいいのだが。
しかし幸い女性陣の部屋は全く窓に面していない。
何せ位置は支部の建物の奥も奥。
更に、その部屋へ入ろうと思ったら俺やミーナの父親が使っている部屋を抜ける必要がある。
そして医務室は俺達の部屋から見て廊下を挟んだ向かい側。
この場所からならはっきり見える。
「心配しないでください。お父上も娘さんも責任を持って御守します」
「あ、ああ……お願いするよ。すまないね。ちゃんとしたお礼も出来ないのに……」
「そうしたいって思ったんです。ね、キリハ?」
アイシャの言葉通りだった。
頼み事など関係ない。
「……君はお友達の部屋に行かなくてもいいのかい?」
「もうちょっとだけキリハと話したくて。寝るときはちゃんと戻りますから」
「そういうことなら私は親父の様子でも見てくるかな……」
魔力で多少の威圧もかけられるだろう。そう思っていた時だった。
医務室の更にその向こうで怪しい明かりが揺らいだのは。
「アイシャはミーナの傍に。何かあったら――」
「この枝だよね。お願い、キリハ」
「任された」
医務室に飛び込んでも、やはりお爺さん以外誰もいない。
窓から飛び出し、夜風を切りながら石畳の上を駆け抜ける。
アイシャには不安を煽るようなことを言ってしまったものの、本当は分かっていた。
今俺達に接触をしてきたのが一体、どこの誰なのか。
あれだけ印象的な魔力の反応を早々忘れられるわけがない。
何より、大通りを駆けるその後ろ姿には見覚えがあった。
(そのくらい、向こうも分かっている筈だが……!)
走る。ひたすらに走る。
相手も速度を緩めようとはしない。
こちらのスピードを見計らい、闇夜を貫くように走り続けている。
あくまでも俺の視線から外れないように。
そんなその人の姿が角の向こうに消えたのは、いよいよ門が近付こうという頃。
時間にしてみれば二分弱。
「……何もこんな真似をする必要はなかったんじゃないですか? エルナレイさん」
巷で“精霊騎士”として名を知られるこの人でもなければ、そう気軽に出せる速度ではない。




