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季節がめぐる中で 73

「そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないかよう」 

 再び睨みつけられた嵯峨は仕方なく湯飲みを置くと席を立った娘の後ろに続いた。

「また来ますねー」 

 拳銃の手入れをしている楓と同じぐらいの年の女性隊員に手を振る嵯峨。当然のように飛んでくる楓の視線。

「本当に……姉上もご苦労されるはずだ」 

 部屋を出て颯爽と廊下を歩く楓の後ろで、間抜けな下駄の音が響く。ちゃらんぽらん、そう言う風に楓に聞こえてきたので思わず楓は振り向いてみせる。懐手でちゃんと楓の後ろに父親は立っていた。

「その足元何とかなりませんか?」 

「ああ、もう少し人に優しい素材を使うべきだな。床には」 

 そんな嵯峨の言葉に楓は頭を抱えながらエレベータへ向かった。

「そういえば事前に伯父上には会われるつもりは無いのですか?」 

「無いな。どうせ殿上会で会うんだ」 

 そう言う嵯峨の言葉に力が無いのを楓は聞き漏らさなかった。

「康子様が怖いんですか?」 

 楓が伯母、そして彼女が一途に慕う西園寺要の母親のことを思い出した。

 西園寺康子。胡州帝国のファーストレディーである彼女は嵯峨惟基の剣の師匠に当たる。ひ弱な亡命遼州王族、ムジャンタ・ラスコー少年が国を追われてこの胡州にたどり着いた。そのとき彼が手に入れようと望んだのは力だった。その彼を徹底的にしごき、後に『人斬り』と呼ばれる基礎を作ったのは彼女の修行だった。

 そして法術が公になったこの時代。彼女が干渉空間に時間差を設定して光速に近い速度で動けると言う情報さえ流れている今では銀河で最強に近い存在として彼女の名は広まり続けていた。その空間乖離術と呼ばれる能力はこれまでの彼女のさまざまな人間離れした武勇伝が事実であることを人々に示し、その名はさらに上がっていた。自分の腕前に自信を持っている楓も彼女の薙刀の前に何度竹刀を叩き折られたことかわからなかった。

「おい、置いていくぞ」 

 いつの間にか開いていたエレベータのドアの中にはすでに嵯峨がいた。あきれ果て頭を抱えながら続く楓。

「車はいつも通り運転手つきだよな」 

 嵯峨の言葉に楓は静かに頷いた。

「いつもの場所に行きたいんだ。どうせいつもの渡辺だろ?まああいつなら大丈夫か」 

 そう言ってしんみりとしながら一階に到着して開いたドアの間を潜り抜ける二人。

「お姉さま!」 

 決して大声ではなく、それで通る声の女性仕官が手を振っていた。こちらは楓のようにスラックスではなくスカートである。すけるようなうなじで切りそろえられた青色の髪と、童顔な割りに均整のとれたスタイルが見る人に印象を残した。

 彼女、渡辺かなめは軽く手を上げて挨拶する着流し姿の嵯峨に敬礼をした。

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