季節がめぐる中で 72
四条畷港の超空間転移式港湾警備本部。その立て替えられたばかりの壁にしみ一つ無い廊下を一人の胡州海軍の少佐の階級章をつけた細身の高級将校が早足で歩いている。
後ろに流れるような、根元を白い紐で結わいた黒髪も流れるように空調の風に揺れ、この人物の中性的な表情をより美しく飾り立てた。海軍の女性将校の制服はタイトスカートが基本であるところから考えれば、スラックスの姿であるこの人物が男性ということになるが、その胸の大きな塊がその可能性を否定した。
彼女、嵯峨楓少佐の機嫌は最悪だった。
検疫か、それとも分析班の職員と思われる白衣の女性達が彼女に熱い視線を送っている。いつもなら軽く笑顔を浮かべて黄色い歓声を浴びることを楽しみにしている彼女だが、今日はそれどころではなかった。彼女が立ち止まったのは『機動特務隊』と書かれた部屋の前だった。当然のようにノックもせずに楓は踏み込んだ。
防弾ベストに実弾入りのマガジンをいくつも入れている臨戦態勢の部隊員が一斉に楓を見据えた。百戦錬磨の室内戦闘のプロに睨まれている状況は、普通の軍人でもかなり威圧感を感じるところだろうが、楓はただ彼等をすごむような調子で睨み返すと、さらについたてで仕切られた部屋の隅の休憩所のようなところへと足を向けた。
「よう、遅かったじゃねえか」
天丼を食っているのは着流し姿の父、嵯峨惟基だった。いつもと同じように、食事中だというのに隣におかれたガラス製の大きな灰皿には吸いかけのタバコが煙を上げている。
「父上……」
娘を一瞥した後そのまま天丼に箸を伸ばす父を見ながら、楓は疲れが出たように真向かいのパイプ椅子に腰を下ろした。
「やっぱり米は東和の方が旨いんだな……で、勤務中じゃないのか?」
そう言いながら嵯峨は口元に付いた米粒を指でつまんで口に放り込む。その動作がさらに楓の怒りを駆り立てた。
「その勤務中の僕に身元引受人を頼んだのは誰ですか!子供じゃないんですから来るたびに警察に迎えに来させる必要は無いと思いますよ!」
そう言って机を叩く楓。慣れたもので、ついたての外の隊員達はこの親子喧嘩にまるで口出しをするつもりは無いように沈黙している。
「前のお盆の墓参りの時はここには来てないのにな……」
もぞもぞとそう言う嵯峨だが、楓の一睨みでおずおずと下を向き、重箱の中に残った飯粒をかき集め始めた。
「今年になって四回ですよ!父上がここに世話になるのは。この前は爆発物を仕掛けたテロリストを峰打ちと言って袋叩きにするし、その前は……」
「良いじゃねえか死人は出て無い……」
再び楓の射るような視線に黙り込む嵯峨。
「大体、今回もあそこにスナイパーがいるのはわかってたんじゃないですか?どうせもう上層部には今回の事件に関係する組織の名前を送付済みで今頃国家憲兵隊が協力者のアジトの摘発に動いてたりとか……」
「そこまでお見通しか……」
明らかに呆れ果てたような楓の視線。黙らせられる嵯峨。
「特に今回は父上にはちゃんと殿上会での勤めを果たしていただかねばならないのですから!」
そう言うと楓は彼女を無視してきょろきょろと周りを見回す父親を見ていた。
「なんですか、父上」
「ああ、お茶をお願いしたいと思って……」
そう言った父の前の机を楓は思い切り叩いた。




