季節がめぐる中で 21
カウラの車はそのまま高速道路を降りて一般国道に入った。前後に菱川重工豊川に向かうのだろう大型トレーラーに挟まれて、滑らかにスポーツカーは進む。
「そう言えば第三小隊の話はどうなったんだ?」
要は恐る恐るアイシャに尋ねた。振り向くアイシャの顔が待っていたと言うような表情で向かってくる。
「ああ、楓お嬢様の件ね。何でも今月の末に胡州の『殿上会』が開かれて、そこで嵯峨家の家督相続が完了するとか言うことで、それ以降になりそうだって」
「でんじょうえ?」
初めて聞く言葉に誠は胡州の一番の名門貴族西園寺家の出身である要の顔を見た。聞き飽きたとでも言うように要はそのまま頭の後ろで手を組むと、シートに体を投げ出した。
「胡州の最高意思決定機関……と言うとわかりやすいよな?四大公家と一代公爵。それに枢密院の在任期間二十年以上の侯爵家の出の議員さんが一同に会する会議だ。親父が言うにはつまらないらしいぜ」
めんどくさそうに要が答える。だが、誠にはその前の席から身を乗り出して、目を輝かせながら要を見ているアイシャの姿が気になった。
「あれでしょ?平安絵巻のコスプレするんでしょ?出るんだったら要はどっち着るの?水干直垂?それとも十二単?」
アイシャの言葉で誠は小学校の社会科の授業を思い出した。胡州帝国の懐古趣味を象徴するような会議の映像。平安時代のように黒い神主の衣装のようなものを着た人々が胡州の神社かなにかで会議をする為に歩いている姿が珍しくて、頭の隅に引っかかったように残っている。
「アタシが六年前に引っ張り出された時は武家の水干直垂で出たぞ。ああ、そう言えば響子の奴は十二単で出てたような気がするな……」
胸のタバコに手を伸ばそうとしてカウラに目で威嚇されながら答える要。
「響子?烏丸大公家の響子様?もしかして……あの楓お嬢様と同性熱愛の噂が流れた……」
「アイシャよ。何でもただれた関係に持って行きたがるのはやめた方がいいぞ。命が惜しければな」
アイシャの妄想に火が付く前に突っ込む要。アイシャの妄想はいつものこととして誠は話題に出た人物について考えていた。確かに四大公筆頭の次期当主の要から見ればそんな人物が話題に出てくるのは普通のことだが、四大公家の西園寺、大河内、嵯峨、烏丸の家のうちの三家の女性当主が話しに出ていることに正直驚いていた。
長男が国会議員をしている大河内家以外はどれも現当主や次期当主は女性だった。先の当主烏丸頼盛の追放で分家から家督を継いだ烏丸響子女公爵と父の遼南皇帝就任のため名目上の大公家を相続した嵯峨楓、そして普通選挙法の施行以降爵位返上をちらつかせる父からの家督相続の話がひっきりなしに出る西園寺家の長女西園寺要。
そんなことを考えている誠が見ている風景は見慣れたものになり始めた。いつものような大型車の渋滞をすり抜けて、カウラは菱川重工豊川工場の通用門を抜けて車を進めた。
「ちょっと生協寄ってなんか買って行きましょうよ。私おなかが空いているし……誠ちゃんも何か食べるでしょ?」
にらまれ続けるのに飽きたとでも言うようにアイシャがカウラに声をかける。それを無視するようにアクセルを踏むカウラ。
「今日はシャムが遼南の土産を持ってくるって言ってたろ?どうせ喰いきれないくらいあるんだから……」
要の言葉にアイシャはうつむいた。要は先ほどまでの大貴族の家督相続の話などすっかり忘れているように見えた。
「だから言ってるんじゃないの。また変なもの買ってくるに決まってるわよ」
そう言いながらアイシャはうなだれた。




