季節がめぐる中で 110
「そんなに引っ張らないでくださいよ!」
そう叫ぶ誠を無視して玄関まで彼を引きずるアイシャの満面の笑み。誠は次第に不安になっていくのを感じた。
「そうねえ、どう宣言しようかしら……?」
玄関で健康サンダルを履いて素足の誠を無理やり寮の前の小道まで引っ張ってきたアイシャが拍子抜けしたように立ち止まったので、誠もようやくあたりの異変に気づいた。
記者達は消えていた。
隣の駐車場も見渡せるがそこにもそれらしい人影は無い。隣の新しいマンションにも人影は見えない。ただ、いつもの通学路をかけていく小学生の群れが見えるばかりだった。
「いないですね」
誠はそう言うとアイシャの緩んだ手から自分の右手を抜いた。アイシャも拍子抜けしたようにあたりを見回している。
「オバサン。お礼くらい言ってもらいたいよね」
その声に二人は視線を下ろした。見た感じ8歳くらいの少年が二人を見上げている。
「オバサンじゃないでしょ?お姉さんでしょ?」
見ず知らずの少年だと言うのにアイシャはいきなり少年の両の米神に握りこぶしを当ててギリギリと締め付けた。
「痛い!痛いじゃないか!だから言ったろ!僕が追い返してあげたんだから!」
少年はじたばたと手を動かしながらそう叫ぶ。誠も明らかに大人気ないアイシャの手を握って彼女を止めた。
「君が追い返したって?」
誠が少年に声をかける。少年は嫌味に見えるほど大人びた調子で髪の毛を整えると誠の顔を見上げてにんまりと笑った。その表情に誠は誰だかわからないが明らかに知った人物の同じ表情を見たことがあるのを思い出した。
「まあね、僕もこの近くに住んでいるからね。こんなところでカメラマンや記者にうろちょろされたら迷惑なんだよ」
そう言いながら少年はまずは誠を、そして次は見比べるようにアイシャを頭の先からつま先まで観察すると大きなため息をついた。
「なによ、文句でもあるの?」
『オバサン』の一言がかなり頭にきたのか、アイシャが珍しくとげのある調子で少年を見下ろすようにつぶやいた。
「近隣住民の迷惑を考えない行動は公僕としては慎むべき……」
そこまで言った少年だが、すぐに彼の言葉は口の中に飲み込まれた。
「小難しいことばかり言う子供ね!」
そう言って手を上げようとするアイシャを止める誠。確かにこの少年の言葉は神経を逆撫でするようなことばかりだった。だが、この目つきやしゃべり方がいつも聞いている誰かの言葉だったと思って考えてみた。
誰だかわからないがとにかくあまり好意を持てる人物でないことだけは確かで、誠もいつの間にかこぶしを固めている自分に気づいた。
「じゃあ、僕は帰るからね」
そう言うと少年はそのまま振り向きもせずに歩き始めた。
「もう二度と来ないでね!」
アイシャの叫び声を聞きつけると、少年は振り向いて中指を立てて見せるとそのまま小道に身を躍らせて二人の視界から消えた。




