季節がめぐる中で 108
「なんだか増えてねえか?」
食堂に遅れて顔を出した要の第一声がそれだった。だが、誠は口の中の味噌汁の具のなすを飲み込んで苦笑いを浮かべるしかなかった。寮の前の市道には明らかにスポーツ誌の記者と思しき人物が行ったり来たりを繰り返していた。食堂で朝食をとる隊員達の視線も自然と誠達に集まっていた。
「明石中佐の話では不十分だったと言うことなんだろうな」
食事を終えていたカウラはそう言うとポットの番茶を自分の茶碗に注ぐ。そして三人は黙って目玉焼きを丸ごと口に入れようとしているアイシャを見つめた。
「何が?」
明らかにいつものアイシャに戻っていると言うことに気づいて三人は計ったようなタイミングで同じようなため息をついた。
「おい神前。何とかしてくれねえかなあ。あの文屋さん達。そのうち苦情が出ても俺は知らねえぞ」
そう言って三杯目のご飯を釜から茶碗に移すヨハンに同調するように整備班の隊員達が首を縦に振る。誠も朝のニュースでアイシャをめぐる状況がさらに変化したことを知っていた。
法術適正のあるアスリートに法術関連の研究施設における明確な回答が出るまでの間、一般試合はもちろん練習試合の出場を停止する処置を取るべきだと言う国際体育連盟の発表がどのチャンネルでもトップニュースになっていた。
これまで、噂と先走った競技団体の間だけの話がスポーツ界全体の意思として公表された。来週の東和職業野球のドラフト会議において、半数近い有力選手が指名を回避されると言う野球評論家の困ったような顔が妙につぼに入って誠の頬に笑みが浮かんできた。
「こりゃあ確実にアイシャ・クラウゼ内野手の誕生ってことになりそうだな」
要の言葉はそのことを喜ぶと言うよりも、その言葉でアイシャがどう反応するかを楽しみたいと言うような気色がありありと見えた。そんな彼女の言葉をカウラもとめることをしない。
「でも、指名が確実になったわけでもないし……それにまだどこかの球団からアクションがあったとか言う話しは……」
「ああ、あったわよ」
誠は突然のアイシャの言葉に驚いて彼女の顔を見つめた。
「どこだよ!言えよ!」
そう言いながらご飯に味噌汁をかけている要。その出自のわりに西園寺要は悪食だった。
「一応協約の絡みとかあるから口外は避けてくれって」
そう言うとアイシャは飲み込んだ目玉焼きの次とばかりに茶碗のご飯に取り掛かる。
「口外するなって、してるじゃねえか今。ってまさか……」
「ええ、私はプロには行かないから」
そう言うと黙々とご飯だけを食べ続けるアイシャ。カウラも誠も、要やヨハンまでその一言に呆然とした。
「おい!嘘だろ?一気に有名人になれるかも知れないって言うのに……」
「要ちゃんが言っても説得力無いわよ。それに別に私は有名人になりたいわけじゃないし」
いずれは胡州帝国の重鎮になることが宿命付けられている要にはっきりとそう言い切るアイシャ。
「明石中佐には話したのか?」
飲み干した番茶をポットから継ぎ足すカウラ。
「ええ、今朝電話したわ。だから前の取材陣も……」
「いや、そうは行かねえだろうな」
そう言うと要は一気にどんぶり飯を口に掻きこんだ。
「なによ、要ちゃん。他人事だと思ってうれしそうに……」
アイシャのその言葉に食堂に集う保安隊の隊員達は要に目を向けた。誠には彼等の視線がまるで一緒に何か悪事を働こうとしている子供達の目のように見えた。




