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此度形成されたのは、おそらく天国と形容されるであろう空間だった。
草原、花畑、色とりどりの蝶、澄んだ小川、晴れた空。
花の匂いに満たされており、清らかな空間というよりは柔らかな空間といった雰囲気である。
そしてそこで気持ちよさそうに眠る少女と、それに膝枕をしながら優しげに見守る女性がいた。
女性は少女の頭を時折撫で、少女はその度に安らかな寝顔に笑みを浮かべていた。
どれほどの時間が経っただろうか。
少女がうっすらと目を開け、身を捩り、目を覚ました。
女性はそれを笑顔のまま黙っていていた。
少女は上半身を起こし、大きく伸びをし、欠伸をした。
そして女性の方を向き直り、首をかしげた。
「えっと…だれ?」
女性はそれに答えず、立ち上がって数歩下がった。
地面に座っていたというのに、女性の服には土が付いていなかった。
少女はどうしたら良いのかわからず、座ったまま女性の行動を待っていた。
そして女性は立ち止まると口を開いた。
「私が何者であるか、お答えすることはできません。ここがどこであるかという質問に対しても、答えは同じです」
女性の回答に少女はというと、首をかしげていた。
それからしばらく、反対側にかしげたり、顎に手を当てて上を向いてみたり、目を瞑り眉を寄せ唸ってみたりと考え込むような仕草を見せた。
「そっか。じゃあとりあえず、私は何をすればいいですか?」
再び女性の方を向いた少女はそう言った。
「ではまず私の説明を聞いてください」
少女の問いに女性がそう答えると、少女は頷いた。
「はじめに、貴女は死を迎えました。真偽を疑うのでしたら、ここに来るまでの記憶を思い出そうとしてください」
「あ、はい」
少女は女性の言葉を疑うことなく、その指示通りにした。
人を疑うことを知らず、純粋に言われた通りに行動するといった話ではない。
現在どこにどのような立場で自分がここにいるのかわかっていないのに関わらず、一緒にいる唯一の人間にして、情報の提供者たり得る人物の言葉を疑っていては何も進展しないからだ。
もちろん、あたり一面が草原と花畑で、他に人間や手がかりになりそうなものが存在しないのを確認した上での判断である。
「……うん。確かに私、死んじゃったみたいですね。…てことは、ここは天国なんですかね?」
「……」
少女は特に動揺した様子もなく、自身の死を受け入れた。
その結論として導き出された答えを女性に確認するも、女性は何も答えなかった。
「あ、ここはどこかということは教えられないんでしたっけ。すみません」
「いえ。では次の説明をさせていただきます」
女性は少女の謝罪を特に気にした風もなく受け取り、話を続ける。
「ここでは貴女のように死を迎えた人物に、次の生の機会を与えます。そして望んだ来生を歩んで頂きます」
「…てことは、私はこれから生まれ変わるってことですね」
「そうなります」
少女は驚いた様子もなく女性の話を聞いていた。
ともすれば自分の話だと思っていないのではないかと思える様子だが、少女の言葉を聞く限りではちゃんと理解しているのだろう。
「それに伴い、貴女にはどのような生を求めるかをお尋ねします。魔法のある世界で魔法使いとして生きたい。皇国の美姫としての自由な生を体験したい。冒険者として世界を旅して回り、スリルの中で生きたい。…もちろん、人間でなくても構いません。鳥になって自由に空を旅したい。エルフとなって長寿や永遠にも等しい寿命を得て和やかに過ごしたい。龍となって上位種として敬われたり、時として敵として人などと戦いたい。なんでも構いません」
「…なるほど」
女性の説明に少女はそう言って頷くだけだった。
やはり反応が薄いというか、他人事のような様子がある。
説明を終えたのか、女性は口を閉じた。
少女も特に何を言うでもなく女性を見つめていたため、沈黙が続いた。
「……それで終わりですか?」
少女が口を開いた。
都合のいい話には裏がある、という言葉通りに疑ったということだろうか。
果たしてそれは正解であり、女性は制約の話をしていなかった。
「いえ、まだ終わりではありません。先ほど、貴女の望む来生を与えると言いましたが、それには制約が伴います。貴女の望んだものが大きければ大きいほど、制約はより厳しいものとなると考えてください」
「…当然ですよね」
女性は、さもこれから話すところであったというように言った。
少女はその態度を気にした様子もなく女性の話を聞き、頷いた。
「説明は以上になります。あとは、これから貴女に望む来生を想像していただき、転生していただきます」
「想像するだけでいいんですか?」
「はい」
「わかりました。あ、どのような制約になるのかは教えてもらえるんですか?」
「はい」
「そうですか。……あと、制約を聞いたあとで希望を変更することはできますか?」
「いえ、望みを聞き届けるのは一度きりで変更はできません。制約は望みを聞き届けたあとに確定しますので、制約を聞いて変更というのは不可能です」
「なるほど…。どの程度の制約になりそうか相談しつつ決めるというのは可能ですか?」
少女の質問に、女性は言葉に詰まった。
「…どういうことでしょうか?」
回答を渋ったのではなく、少女の質問に対する答えが難しかったからだ。
場合によってはYESであり、場合によってはNOである。
そしてYESの場合の回答がNOでもありYESでもあった。
「えっと…そうですね。私が『例えばこんな希望をしたらどんな制約がつきますか』と質問して、答えてもらうといった感じです」
「その場合ですと、具体的にどのようなモノになるかはお答えできませんが、私の予想程度であればお話できます。…ただし、それが例えを望みながら質問した場合、それが貴女の望む来生となりますのでご注意ください」
「あ、なるほど。ご忠告ありがとうございます」
女性の回答に少女は満足したようだった。
それから女性に質問するかと思いきや、少女は自身の望む来生をいきなり口にした。
「私は健康な体に生まれて、病気や事故などではなく長寿の末の老衰で安らかに死を迎えるような、そんな人生が歩めれば十分です」
少女とは思えないような枯れた望みだった。
女性が魔法使いや王女などといった、凡そ少女が夢見るであろう例を提示したにも関わらずだ。
「…それで構わないのですね?」
「え?」
女性の確認に対して少女は初めて驚いたような声を上げた。
「どうしました?」
「…だって、さっき一度願ったら変更はできないって仰いましたよね?」
「そう…ですね。すみません」
「いえ。仮に変更できたとしても、変えるつもりはありませんので」
「…そうですか。では転生に移ります」
女性がそう言うと、いつものように魔法陣が展開された。
それを見た少女が思い出したように言った。
「…一応、どんな制約が付いたか教えてもらえますか?」
「分かりました。…貴女に課された制約は『寿命以外での死の回避』です。こちらの方が能力といっても過言ではないですね」
「…なるほど。ありがとうございます」
「いえ。では、理想の来生をお楽しみください」
女性は最後にそう言って微笑み、魔法陣の中にいた少女は転送された。
そしていつも通りに魔法陣が消え、空間が崩壊し、女性は"不定の女性"となった。
「あ〜あ、久しぶりにあまり面白くない人間だったかな。それでちょっとだけイタズラしたけど…完全に嘘ってわけでもないし、問題ないよね」
女性は誰に言うでもなく、そう呟いた。
女性がしたイタズラ。
それは課された制約についての嘘である。
少女に課された制約は、正確に言うのであれば『寿命以外での死の回避』ではない。
結果としてそうではあるのだが、実際には『寿命以外での死を迎えた場合の時間の巻き戻り』である。
事故や殺害などで死を迎えた時、それを回避可能な時点までタイムリープする制約…いや、能力である。
もちろん単なる巻き戻りでしかないので、上手く回避を選択できなければ再び死を迎えることになる。
つまり、死ぬたびに時間が巻き戻り、寿命以外の死を回避した選択をしなければ先に進むことができない人生ということである。
女性が告げた『寿命以外での死の回避』というのは、そうしなければならないという意味では制約と言えるが、言い回しとしてそれが能力であるというように聞こえた。
誤解をするとすれば、自身の行動に関わらず寿命以外での死が訪れない人生を歩むことができる、といったあたりだろうか。
ともあれ、少女は望んだ人生…事故などで死ぬことはなく、寿命による死を迎える人生を歩み始めるのだろう。
正しい選択をするまでにどれほどの時間を体感するのか、死ぬまでに体験した時間とその時の体との年齢差がどれほどになるか。
"正しい選択"が少女にとって幸せな選択になるのか、死を迎えるまで少女の心が正気を保っていられるのか。




