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エルシャリア王国の首都アルヴィス。
その中心には王の権威を示すような巨大な、そして細部の造形までこだわり抜いて作られた城が聳え立っている。
その城からあまり離れていない場所に居を構えている貴族の家に、一人の男の子が生まれた。
彼は生まれつき膨大な魔力を持っており、その将来を有望視された。
しかし膨大な魔力と言っても、それはあくまでも一般人と比べればという話であり、冒険者になるような人物たちや宮廷に使える魔術師たちに比べればに普通といった程度だ。
そしてその男の子は教会から派遣されてきた魔術師の指導のもと魔法について学び始めた。
彼は普通の子供よりも吸収が早く優秀であるとの評価をもらい、父も母も喜び彼を褒め、そして褒められた彼も喜んだ。
彼の屋敷の近所ではおそらく彼以上の魔法の使い手はいないのではないかという、平時であれば世辞とわかったであろう言葉も真に受け、彼はより一層魔法を学ぶことに力を入れつつも、心の片隅では傲っていた。
そんな彼の姿を見た父は、彼に対して「自分より優れた才能が一つでも持つ者に対して傲慢に振舞ってはいけない。たとえどんな些細なことであろうとも、自分より優れた才能の持ち主は敬い、それに倣うんだ」といつも教えた。
それを聞いた彼は素直に聞き入れ、決して誰かを馬鹿にすることのないように気をつけてはいたのだが、やはり自分の優れた才能を誇る気持ちは抑えきれなかったし、自慢にも思っていた。
そんな彼に転機が訪れた。
それは教会からの晩餐会への招待状だった。
教会からの晩餐会への招待状と聞くと違和感を覚えるかもしれないが、これは教会の子供達の育成機関としての役割が関係している。
エルシャリア王国の教会…特に首都アルヴィスにある教会本部では、魔法の才に優れた子供達を集め育成する機関としての役割がある。
魔法の才に優れているかどうかというのは入学試験で測ることもあれば、教会から派遣された魔術師が測りに行くこともある。
後者は特に貴族の家庭に生まれた子供の場合が多い。
それは貴族の家庭に優秀な子供が多い…などということではなく、生まれてすぐに優れているかどうか判明するのは出産の現場に立ち会った医師が計測する貴族の家が多いという理由からである。
ごく一般の家庭に生まれた子が優秀であると判明するのは、ごく一部の格別に優れた者を除いては自分である程度動けるようになってからであるので、教会から派遣された魔術師が測りに行くのではなく、自ら試験を受けに教会を訪れるのだ。
そんな教育機関としての側面を持つ教会が主催する今回の晩餐会。
当然集まる…というより招待される子供達は皆、相応の魔法の才を秘めている。
この機会に顔を合わせ、知己を結ぶと共に研鑽の目標を定めたり、あるいは教会で魔法を学ぼうとさせる狙いがある。
出欠は自由であるが、この招待を断った者が過去に存在しないことからこの晩餐会がいかに有意義であるかということがわかる。
なので招待された本人達のみならず、その両親も積極的に我が子を参加させようとする。
その例に漏れず、彼も晩餐会に出席することとなった。
晩餐会当日、会場には沢山の子供とその親がおり、その子供達は皆品定めするような目線で他の参加者を見ていた。
自分より劣ると判断した相手にはすぐに興味をなくし、逆に強いと感じた相手には観察するような視線を送っている。
偶然にも目が合ってしまった場合はお互いに近づいていき、何となく話しつつ相手の力量を測るという、本当に子供か怪しい光景がそこら中で見られた。
もちろん彼も同じように品定めするように見ていたのだが、そこで自分と同程度の子供などごまんといるという現実を叩きつけられ、打ちのめされていた。
その様子を見た父は落ち込む様子の息子から傲慢さが消えるであろうことに対する喜びと、あまりの落ち込みように逆に心が折れてしまわないかという不安で複雑な心境だった。
そんな親子に関係なく晩餐会は続き、やがて教主の挨拶と締めによって終わりを迎えた。
翌日、その家には今まで以上に熱心に取り組む彼の姿があった。
父はその姿を見て安堵し、そして応援した。
父にとっては幸せを感じる時間であったし、息子にとっては充実した時間であったのは間違い無いだろう。
そしてその時はすぐに終わりを迎えた。
男の子が何者かに誘拐されたのだ。
屋敷に忍び込んだというのに金品には一切手をつけられておらず、また荒らされた形跡も無いことから、身代金を要求するものでは無いことは明らかだった。
それが彼の両親に一番絶望を感じさせたのだった。
金など目的がはっきりしていれば、それに即応じて取引することも考えていた。
しかしどうやらそういった目的では無いようであるし、さらに言えば目的のものは"息子"だった可能性もあるのだ。
その場合、息子の消息も安否もわからないし、最悪の場合はもう2度と彼には会えないことを覚悟しなくてはならない。
もちろん両親は必死に探し、捜索のための出資は惜しまなかった。
そこでとある事実が判明した。
例の教会の晩餐会に出席した子供たちの数人が、息子のように誘拐されているというものだ。
しかも詳しい話を聞くと、どうやら全員が同日に誘拐されたようなのだ。
それを知った両親は出席者に犯人がいるのではないだろうか、計画的な犯行であるし明らかに複数犯であるのだから怪しい者は絞れるはずだ、と教会に出席者の紹介を求めた。
教会も集団誘拐事件の話は知っているようで、彼らの求めに積極的に応じた。
しかしそれでも犯人は特定できず、さらに言えば手がかりさえ掴むことはできなかった。
さて時は少し遡って、誘拐事件の翌日のことだ。
誘拐された少年少女たちは大きなホールのような場所に集められていた。
拘束などは一切されていないし自由に動き回れたのだが、ホールには結界が張られており、外に出ることはできなかった。
彼らの不安がだいぶ募ってきたころ、ホールの扉を開けて1人の人物が入ってきた。
一瞬は犯人が接触してきたのかと身構えた彼らだったが、相手が何者か理解すると助けが来たのだと一様に安堵した。
…それは現れた人物が、例の晩餐会でも姿を見せた教主だったからだ。
そして彼らのその希望はあっけなく砕かれた。
「諸君、まずはじめに言っておくことがある。君たちをここに集めたのは私たちだ」
喜びの雰囲気は一転して、場は静寂に固まった。
それを気にした様子もなく、教主は淡々と説明を始めた。
いや、それを聞いていた側にとっては一方的な宣言に聞こえただろう。
「君たちをここに集めたのは、我々の『擬似勇者育成計画』のためである。知っているだろうが、勇者は世界の危機に偉大なる神より遣わされてこの世界の"どこか"に降臨する。その戦力がいかに絶大であるかというのはわざわざ私が言うまでもないだろう。…しかし。しかしだ。その勇者は"どこ"に降臨するかわからないのみならず、我らが神の使徒であるがためにその神命を果たされたのち、天へと帰られる。それはなんともったいないことだろうか。その絶大な戦力を国に抱え込むことができれば、それだけでその国の安泰は保証されるのに。他国との戦争になった際に、戦力として用いることができれば勝利は確実。そう、世界統一も思うがままだというのに! ……そこで私たちは考えた。どうすれば勇者を我々の戦力とすることができるだろうか? どうすればこの世界に繋ぎ止めておくことができるだろうか? そして、どうすれば勇者に匹敵する戦力を…兵器を保持できるだろうか? とね。その結論が君たちであり、『擬似勇者育成計画』だ。簡単に言ってしまえば、もともと強い力を持った子供たちを集め、育て、勇者に匹敵する力を持たせるというだけの計画だ。方法には優秀な魔術師が指導することや魔法の知識を本人の求めるがままに与えるだけというのもあれば、薬物投与による増強や精神を破壊し従順になった後で教育していくなどもあった。…そう、"あった"だ。結局どれもせいぜい優秀な魔術師や壊れた奴隷を作るだけに終わってしまったんだよ。本当に残念だ。さて、気を取り直して君たちの話をしようか。君たちにやってもらうことは簡単なことだ……互いに殺しあってもらうだけの、な」
固まってそれまでの言葉を聞いていた子供たちは"殺しあう"という言葉にビクリと震えるように体を反応させ、そして教主が今何を言ったのか理解できなかった。
…いや、正確には"理解したくなかった"だろうか。
しかし現実は非情であった。
「…ふむ。やはりただ殺しあえと言っても動かんか」
教主は顎をさすりながらそう言った。
そして子供たちは理解した。
教会がこの誘拐事件の犯人であり、自分たちは殺し合いをさせられるために集められたのだと。
そんな遅すぎる彼らの理解に気づくこともなく、教主は続けた。
「ならばまず、お前とお前。殺し合え」
指名された2人の男の子は自分だということに気付きながらも、隣や後ろの子ではないだろうかと願っていた。
「…殺しあわんのなら、苦しい拷問か死が待ち受けているぞ?」
教主のその言葉に、指名された2人のみならずその場にいた子供たち全員が恐怖した。
そして自分が指名されたのだと気付いていた彼らはついに殺し合いを始めた。
数分後、片方の子はその短い生涯を終え、その命を摘み取った男の子とそれを見ていた、否、見せられていた子供たちのうちの何人かが嘔吐した。
先までの子供同士の殺し合いや現状を見ても特に動揺した様子も見せずに教主は口を開いた。
「よろしい。次は…お前とお前だ」
子供たちはまた繰り広げられるであろう惨劇を想像し、その場から何とか逃げ出そうとした。
結界に対して攻撃を始めたのだ。
晩餐会に招待された優秀な子供たちの中から、さらに選ばれた子供たちというだけあってその攻撃力はなかなかのもので、複数の攻撃が同時に被弾した場所は一瞬綻びかけたほどだった。
それを見た少年が「一箇所に集中して攻撃しろ!」と指示をだし、それに従って子供たちは魔法を放った。
そしてついに結界の一部に穴が開き、抜け出したところで…教主から魔法が飛んできて、被弾した子供は意識を失った。
「逃走を図ろうとする者には、殺し合いを拒否した者と同じく拷問か死が待ち受けている。わかったらおとなしくしていろ」
実験動物か何かを見るような目でこちらを見る教主に、自分たちがもう逃げられないこと、言われるがままに殺し合いをするしかないということを悟った子供たちは勢いを失いその場に座り込んでしまった。
「よろしい。…まぁそこまで急いても良い結果は得られぬだろうし、今日はとりあえずここまでにしよう。君たちにはそれぞれの部屋が与えられるのでおとなしく自分の部屋で指示を待つように」
教主は一方的にそう言うとホールから出て行き、入れ替わるようにして入ってきた教会の抱える魔術師たちのよって子供たちはそれぞれの部屋へ案内された。
教会の姿を借りた研究施設が彼らに与えた部屋は、牢獄と言った方が正しい様相だった。
部屋と外を繋ぐのはただ一つの出入り口のみで、その出入り口に取り付けられた扉には監視用の隙間とおそらく食事の配給口が空いているだけだ。
その扉には外から鍵をかける仕組みになっており、明らかに中に収容した人物を外へ逃がさないようにという目的で付けられたものだとわかる。
つい昨日まで父に応援されながら必死に魔法を学んでいた彼にとってそこは人の住む場所だとは思えず、中に入れられ呆然としている間に扉は閉められた。
施錠される音とともに我に返り、慌てて振り返って扉の方を向くと、部屋に結界が張られた。
途端に彼は脱力感を覚え、それが結界によって魔力が使えなくなった結果だと理解した。
そう、魔術師として有望な子供たちは、あくまでも"魔術師として"有望なだけであってそれさえ封じてしまえばただの子供にすぎない。
魔法の知識については多少詳しいかもしれないが、それも研究所の、教会が抱える魔術師たちに比べれば圧倒的に未熟だった。
「…父上」
思わず彼の口から漏れたのは、父を呼ぶ声だった。
しかしそれを聞くものはおらず、ただ虚空に溶けていくのみだった。
それからはまさに地獄だったというべきだろう。
殺し合いをさせられる時だけ部屋から連れ出され、それが終われば敗者は研究所の一室へ、勝者は再び部屋に戻される。
その繰り返しだった。
敗者が連れて行かれる一室について色々と想像を巡らせてみたが、一番有力なのは解剖や人体実験という目的だろう。
次点が……想像したくはないが、調理場。
配給される食事の中にたまに硬いものが入っていて、それが"何か"の骨のようだったから意外と可能性が高いとの考察だ。
これよりも解剖などの可能性が高いと考えるのは、解剖などが済んだ"モノ"を調理場に持って行っているという順序を考えての結果なので、"敗者が連れて行かれる一室"という条件でなく"敗者が最終的にどこに行くのか"ということであれば調理場一択だ。
いや、それを食べさせられている子供たちの……。
そんな正気であれば絶対に考えないことも、この何もない空間と逃げ場のない殺し合いとの往復をひたすら繰り返す生活で壊れた心にとっては丁度いい暇つぶしだった。
そしてそんな彼が知る由もないのだが、連れてこられた子供たちの生き残りもあと僅かとなり、実験もそろそろ終わりを迎えようとしていた。
「教主様、計画は順調に進み、最終フェーズに移行できるかと」
「そう…か……。ようやく…ようやくだ。ようやく我々の手で勇者を作り出せるのだ!」
「おめでとうございます」
「いやいや、お前たちの尽力あってこそだ。誇るといい」
「はっ」
「殺し合いによって力の強い者が生き残り、精神が壊れることで箍が外れて魔力も魔法の威力も桁違いに上昇した。…まさに我々の望んだとおりの結果というわけだな」
「はい」
狂人のそれにも似た笑みを浮かべながら、教主と研究員は計画の成功を確信していた。
……計画が根本で破綻していることに気づかずに。
残り3人となった子供たちは、彼らの地獄が始まったホールに連れてこられた。
一人は希望を失って目が死んでおり、一人は狂ったように虚空を見つめて「キャハ…キケケケケケキヒャハハハハハは」と笑っていた。
研究員はこれらはもうダメだろうと思いつつも、最後まで生き残った実力を信じて連れてきていた。
そして残った最後の一人はというと、ここに連れてこられた当初とほぼ変わりない有り様で何が始まるのかを待っていた。
この最後の一人こそが"彼"である。
彼よりも魔術師としての才能に優れているであろう少年少女はたくさんいたのだが、殺し合いの中で成長しここまで生き残ってきたのだ。
研究員そして教主も"彼"が彼らの計画の成功例、『擬似勇者』であると確信していた。
教主はそう確信しつつも、計画の最終段階としての指示を出した。
「これより君たちには最後の殺し合いを行ってもらう。君たち3人の中で最後に立っていた者が私たちの計画の完成品であり、究極の兵器『擬似勇者』となる。さぁ、最後の殺し合いを始めるのだ!」
それを合図に3人が動き始めた。
いや、正確には動いたのは2人だった。
"彼"以外の2人が自害したのだ。
その瞬間の2人は、死んだ目をしていた少女の目にはやっと解放されるという喜びと希望が浮かべられており、狂った少年の方は狂う前の本来の少年の笑みを浮かべていた。
少女はこの地獄から抜け出す方法は死ぬ以外にないことを理解しており、他の子達を地獄から解放してあげるために殺し、戦い続けていた。
少年は心が完全に壊れていたのだが、"彼"の言葉を聞いて嬉しさと教主たちに対する嘲笑を込めて笑おうとして、しかしうまく笑うことができなかったのだ。
殺し合いが始まる前、ここに連れてこられた"彼"は2人に対してこう言った。
「もう大丈夫、ボクがみんな殺してあげるから」
倒れ行く自害した2人の子供の姿を見つつ、"彼"が生き残るとは思っていたものの、こんな結末の迎え方をするとは思っていなかった教主たちは呆然としていた。
そしてそれが"彼"に時間を与えてしまった。
教主の側にいた研究員がいち早く我に返ったが時すでに遅く、"彼"は魔法を発動させていた。
それを見た教主と研究員たちは戦慄した。
自分たちがとんでもない"化け物"を作ってしまったことを理解して。
自分たちの計画が破綻していたことをここに来て理解して。
彼らの計画のどこが破綻していたのか?
答えは現状、『擬似勇者』が彼らの制御下になく、彼らを攻撃しようとしていることだ。
つまり、彼らは『擬似勇者』に力を持たせることに囚われすぎて、コントロールする方法を失念していたのだ。
これは最初、子供たちに殺し合いをさせる際に、従わなければ拷問か死が待っているという恐怖で従わせていたせいでもある。
自分たちの方が力が上である"現在"だからこそ恐怖で従わせられているのであって、力関係が逆転した際にどうなるか思い至らなかったのである。
自分たちが作ろうとしているものが、そもそもそういう力を持った兵器だというにも関わらずだ。
それだけ結果が出ずに焦っていたということでもあるし、『擬似勇者という兵器』という考えがあったせいで、心を壊した子供たちがどうなるかを考えていなかった計画の粗が最後の最後で彼らに最悪の結果をもたらしたのだ。
今更それを悔いたところでもう遅い。
彼らが作り出した『擬似勇者』が牙を剥き、そして……ホールは一面血まみれになっていた。
「みんなとは違って薄汚い悲鳴だったけど、肉を裂く感覚は手応えがしっかりしててよかったかな? …さて、こんな大規模なことをしていたとして、関係者がこれだけってはずはないよね? だったらみんな殺さなきゃ」
さも当然といった様子で彼はそう呟くと、ホールを後にした。
研究員全員がホールに集まっていたわけではないようで、彼がしばらく探索していると何人もの研究員と思しき魔術師に会った。
その度に「『擬似勇者計画』って知ってる?」と問いかけ、答えを聞く前に足を削ぎ、最後に「この計画に関与している他の人を教えて?」と問うて、今度は答えをちゃんと聞いてから…殺した。
それを繰り返し研究所から音が消えた後、彼は研究所の外、教会本部の祭壇に居た。
祭壇の裏に仕掛けがあり、そこから地下の研究施設に入れるようになっていたのだ。
そして彼は教会を出て……王城へとまっすぐに進んだ。
すれ違う人は彼の血まみれの様相に眉をひそめたものの、それが冒険者であれば偶にこういうこともあるのでそこまで気にしているようではなかった。
しかしそえれだけでは済まなかった。
彼を探していた人物たちが彼を見つけたからだ。
「君は…リオ……なのか?」
「…おじさんは誰? ボクはこれから王様に会いに行かないといけないんだけど」
「本当にリオなのかい!? 君のご両親が必死になって探していて、私もそれを頼まれた一人なんだ。ああ、私の名前は−−」
「おじさん、聞いてた? ボクは王様に会いに行かなきゃいけないんだ」
「いや、しかしだな。君のご両親が−−」
「父上と母上にはボクが無事だったと伝えてよ。それで十分でしょ? じゃあね」
『擬似勇者』リオはそう言って、男を無視して王城への道を進んだ。
リオが王城に入ろうとすると、当然衛兵に止められた。
「王への謁見は明日にしてもらおうか。今日はもう謁見の時間は終わった。王は忙しいんだ」
「え、何を言ってるの? ボクは王様にどうしても会いに行かなくちゃいけないんだよ? 謁見がどうとかそんなの関係ないよ。ボクが会わなくちゃいけないから会うんだよ。邪魔しないで」
「お前、自分が何を言っているのかわかっているのか? 今なら見逃してやる。さっさと帰れ」
「君たちこそボクが何を言ってるのか分かってる? "会わなくちゃいけない"から会いに行くんだよ」
リオはそう言うと、警戒の色を濃くし、忠告してきた衛兵の首を飛ばした。
魔法ではなく研究所で拾った『擬似聖剣』で。
そしてそのまま堂々と王城の中に入っていった。
そこからは出会って誰何されるたびに首をはね、侵入者に気づいた兵によって警報が鳴らされ、それによってリオを迎撃にきた兵たちを切り刻んで行った。
兵たちも黙ってやられるだけでなく魔法と剣術で応戦しようとしたのだが、『擬似勇者育成計画』によって高められたリオの戦闘能力と研究所のもう一つの研究成果である『擬似聖剣』の前には抵抗虚しく、ただ一方的に殺られるだけであった。
そしてついに、リオは王の居室に着いた。
重厚感のある扉を開けると、近衛兵が斬りかかって来た。
それを躱すと、その近衛兵の後ろで魔法を放とうとしている宮廷魔術師たちの姿が見えた。
近衛兵を道連れにしてでも侵入者を排除しようとしていたのだろう。
リオがそれに対抗しようとした時、宮廷魔術師たちの魔法は完成し、リオめがけて飛んできた。
後ろには共に死ぬ覚悟を決めた近衛兵がおり、逃げ道は完全にふさがれていた。
…しかし『擬似勇者』たるリオには関係なかった。
これはやった本人であるリオも少し驚いていたのであるが、『擬似聖剣』で宮廷魔術師たちが放ってきた魔法を切り裂いたのだ。
死を覚悟していた近衛兵も、それを巻き添えにしてでもと歯を食いしばっていた魔術師たちもその光景には呆然としてしまった。
そしてそれが命取りとなった。
リオはその勢いのまま後ろの近衛兵を鎧ごと切り捨て、魔術師たちに向かって"属性を持たせた魔力"をぶつけた。
ただそれだけで、近衛兵と宮廷魔術師は壊滅した。
残されたのはそれをやったリオと、目の前の化け物に王の威厳を微塵も感じさせない王だけだ。
「お、お前の目的はなんだ!」
「君が王様だよね?」
「そ、そうだ」
「じゃあ聞くけど、『擬似勇者育成計画』って知ってる?」
「…知らぬ」
「おかしいなぁ、ボクは研究所の人に「王様も知ってるよ」って聞いたんだけど?」
「私はそんなもの知らない!」
「本当に?」
王はそう尋ねるリオに頷いて答えた。
それを見たリオは…
「…王様、嘘はいけないよ」
満面の笑みでそう言うと、部屋を出て行った。
その笑みに嫌な予感がした王は禁断の秘宝とされる秘薬を用いて近衛兵の一人を蘇生させると、リオの後を追うように指示を出した
この秘薬、作成方法は失伝しており、しかもその材料となるものは既に絶滅しているため、現存するのは今王が使ったものを除けば宝物庫にしまわれている2つを残すのみである。
そんな貴重な物を使ってでも後を追わせなければならないと、彼の警鐘が告げていたのだ。
最初はあの化け物をと尻込みしていた近衛兵であったが、その空き瓶を見てそれほどの事態なのだと判断し、震えを抑えて王の命に従ってリオの後を追った。
しばらくして足音が聞こえ、王がその顔に緊張をにじませていると……リオが現れた。
しかも状況は最悪だった。
リオの右腕には顔を真っ青にして怯えた様子の王女が、そしてリオの左手には彼の後を追った近衛兵の生首があった。
その生首を王の方に放り投げ、リオは口を開いた。
「もう一度聞くよ? 王様は『擬似勇者育成計画』って知ってる?」
王は王女が人質に取られたことや、後を追った近衛兵の無残な姿、そして己の部屋で繰り広げられた惨劇を思い出して……首を縦に振り、関与を認めた。
するとリオが王女を床に降ろし、王の前まで歩くと無造作にその首を跳ね飛ばした。
それを見た王女は「ち、父上ぇぇえええええ!!」と叫び、涙を流した。
リオはそんな王女に視線を向けると、そのまま歩み寄り尋ねた。
「君も同罪なのかな?」
王女はその質問に答えなかった。
代わりに…
「よくも父上を…!」
と睨みつけた。
するとリオはそれまでの笑顔を消し、無表情になった。
「君の父親が何をしたか知っていて、ボクに言ってるの?」
「ヒッ…ご、ごめんなさ」
王女はリオの変化に驚き、感情の向け落ちたようなその声に怯え、先ほどと一転して泣きそうになりながら後ずさり謝った。
それを見たリオは笑顔に戻り…
「つまり君も関与してたってことだよね? なら同罪ってことだね」
そう言いながら後ずさる王女に近づいた。
「ゆ、許し−−」
「君も死んで償ってね」
許しを乞おうとした王女の言葉を遮って死の宣告を告げると、リオは王女の首を斬った。
リオはそれを無感情に見下ろし、そして惨状をそのままに王城を後にした。
翌日、その凄惨な殺害現場は謁見のために訪れた大使が、門番の不在を訝しんで中に入ったことで発見された。
殺されずに済んだ使用人達の証言の中に『擬似勇者育成計画』という単語を犯人がしきりに口にしていたというものがあったことと、王の居室に厳重に保管された書類の中にその『擬似勇者育成計画』に関する書類が見つかったことで犯人は『擬似勇者』であると公表された。
しかし民衆はそれを聞いて「勇者が王を殺すなんて何かの間違いだ。勇者を騙る偽物に違いない」「いや、その実力からすれば本当に勇者なのかもしれない。…だがこれが本当に勇者の所業なのだとしたら…狂っている!」と騒ぎ、いつしか『擬似勇者』は『狂勇者』と呼ばれるようになった。
さて、狂勇者リオが物語を紡ぐ前に、一つの疑問を解消しておこう。
ここまでの中で、きっと『リオは最後の戦いまでに十分な力をつけていたはずなのに、どうして行動しなかったのか』と思われることだろう。
答えは、結界のせいである。
研究者らが使っていた結界の仕組みは、結界内にある魔力を吸収し、それを利用して結界内の魔力を吸い上げる術式を作動させるというものである。
つまり結界内に入れられた者は自身の魔力によって結界を維持し、魔力を吸い取られ続けるのだ。
結界の作動は、外からでも中からでも術式に少し魔力を流せばいいだけである。
部屋に入れられた後に外から結界を作動させられ、後は延々と自分で自分を結界に閉じ込めていたのだ。
そのせいで結界に閉じ込められている間、彼らは魔法が使えなかった。
また、詳しい説明は別の機会となるが、魔力はすぐに回復できる物ではない。
そのため部屋から連れ出された時は行動に移れないし、戦わされた後は魔力のみならず体力も消耗しているのでやはり行動に移れなかった。
最後の戦いでは、『擬似勇者』の戦闘力を見るための実験も兼ねて部屋の外で十分な時間過ごさせていたため、リオは行動に移ることができたのだ。
この勇者すら封印できる結界だが、当然禁忌とされており、使用者は終身自傷刑に処される。
終身自傷刑ではこの結界に似た性質の術式が用いられており、こちらの結界では対象者の魔力を消費して本人の傷を修復させる。
罪人はその結界の中で魔力の自然回復量に応じた体罰が行われ、回復と体罰が寿命で死ぬまで繰り返される。
大抵は寿命が尽きる前に心が壊れる。
ちなみに、魔力の回復量が多いほど過酷なこの刑は、それが一定の値以下の場合は終身禁固刑の受刑者から供給される魔力によって結界が維持されるため、たとえ魔力がなかったとしても免れることはない。
以上が狂勇者の誕生の補足になる。
では引き続きリオの物語をお楽しみ頂こう。




