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クオリア王国という国のハンデンブルクという街のある貴族の家に、一人の男の子が生まれた。
その男の子は生まれた時から膨大な魔力を持っており、神の子だと騒がれるほどだった。
父親はそれほど多くの魔力をもつ魔術師ではなかったし、母親に至っては魔力を持たなかった。
その子供が一流の魔術師、宮廷に抱えられるほどの魔術師や一流の冒険者すらをも上回る量の魔力を持って生まれたのだから、神の子と称されたのは当然と言えるかもしれない。
最初は計測ミスか何かかとも思われたのだが、噂を聞きつけた魔導師や教会関係者の手によって詳しく計測され、それが間違いでなかったことが証明された。
なお魔導師について説明すると、宮廷の筆頭魔術師には魔導師という称号が与えられ、それを名乗ることができるのは現役の魔導師のみ…つまり魔導師は1人しか存在しない。
計測に携わった魔導師も教会関係者も自分の目が信じられず、しかしそれを受け入れた時、目の前の男の子の将来がとても楽しみだと思った。
魔導師にとっては自分の後継者として有望そうだという意味で。
教会関係者にとっては神の子が一体どのような使命を帯びて遣わされたのであれ、一切の憂いなく人々を救ってくれるだろうと確信して。
しかしその希望はあっけなく打ち砕かれた。
その男の子は魔力が桁違いであるにも関わらず、魔法が使えなかった。
正確に表現するのであれば、魔法が発動する途中の段階までは進むのだが、そこから先の工程へ至ることがなかった。
魔法の発動のプロセスは大きく分けて4段階ある。
1.魔力を意識し、濃度を高める
この段階では"どこに"魔力を集めるかを特に意識することが重要となり、また"そこ"から魔法を出すことになる。
2.詠唱をし、魔力に属性を持たせる
詠唱は属性毎に定型句の部分があり、それによってどの属性の魔法を発動したいのかを定める。
なお現在判明し普及している属性は火・水・風・土の4つで、土は地といった方が正しいのではないかという意見もある。
3.詠唱によって属性付与された魔力を魔法へと昇華させる
先の段階では集められ高められた魔力にどの属性にしたいかを定めただけであり、実際にその属性を持った魔力を使おうとしても思った通りの形にはならない。
火属性ならば変換した魔力に比例する量の火が、水属性ならば同じく水が、風属性は何も起きず、土属性は変換された魔力量に比例する土の塊が現れるといった具合だ。
4.昇華が完了し臨界状態の魔法を発動させ、それを制御する
この段階は魔法発動のプロセスというには微妙なところだが、魔術師としての腕を問われるところはこの段階だと言っても過言ではないほどに重要である。
詠唱の段階で魔法を使って何をしたいのかという大体のイメージは完成しているのだが、それを為すための正確な制御はこの段階である。
たとえば土を集めて固め家を作りたいとする。
詠唱の段階ではその家を作りたいという意思を表明し、自分の中にそれをイメージさせる。
そして制御の段階で、どのような家にするか…たとえば間取りや外観を細かく決めていくことになる。
制御が緻密であればあるほど能力は高いとされ、また実際に応用技術に優れているので、優秀な魔術師と扱われるのだ。
魔力量が少ないが制御に優れている魔術師の方が高い評価を得ることもあるくらいなのだから、その重要性は明らかだろう。
戦場でとにかく大きな威力の魔法が数発飛んでくるよりも穴を縫うようにして敵だけを殲滅していく多数の魔法の方が恐ろしいとされているからであるというのも要因の一つではあるのだが、大道芸など人を楽しませる為にも高い技術が必要とされているのだから、これを主要因というのは控えたいところだ。
ちなみに魔導師については、魔力量も魔法制御の技術も別段に優れていなければならない。
魔導師が後継者に有望そうだと言ったのはここに起因する。
さて、男の子の話に視点を戻そう。
彼がどの段階で障害にぶつかるかというと、実は2段階目の、特に属性付与の段階であった。
1段階目の魔力の濃縮に関してはそれを指導した魔導師も手放しで褒める程であった。
詠唱に関しても覚える定型句がたった4種類だったこともあり、淀みなく紡げた。
しかし魔力に属性を持たせようとすると、なぜか魔力は属性を持たずにそれどころか霧散してしまうのだ。
男の子がわざとそうしているようでもなかったし、魔導師がどこに原因があるのか幾度も調べたにも関わらずそれは判明せず、男の子は魔法が使えないという結論になった。
本来は誰かに指導することなどない魔導師が唯一弟子のように扱っているということもあり注目を集めていた分、周囲の落胆ぶりは凄まじかった。
魔導師も例に漏れず、責任はないはずの男の子に思わず侮蔑の視線を向けてしまったほどだ。
しかし彼の両親だけは違った。
期待に応えられず責められる我が子を庇い、むしろ勝手に期待を押し付けた周囲に対して怒りをあらわにしていた。
その姿を見た教会関係者は、親子の愛とはこういうものを表すのだと民衆や非難をしていた人々に対して唱え、男の子とその両親に味方した。
それで事態は一応の落ち着きを見せ、魔導師と教会関係者はハンデンブルクを去り、クオリア王国の首都リージェンへと帰って行った。
周囲の人々は興味を失ったように離れていき、家族は元の一貴族としての暮らしに戻った。
両親は息子の為を思って魔法を遠ざけようとしたのだが、本人が使えるようになれるかはわからないけれど学んでみたいと訴えたので、望むようにさせた。
5歳の息子が見せたやる気を削いではいけないという考えと、うちの息子ならできるに違いないという若干の親バカゆえの判断であった。
ちなみにであるが、彼が魔導師に魔法について習い始めたのは3歳の時からであり、それから2年にわたって全く発動せず原因もわからないという状況に悩まされていたのだ。
それを考慮すれば、自己の研鑽の時間を割いたにも関わらず、結局才能が開花しなかった男の子に対して魔導師が失望を隠しきれなかったのは仕方ないのかもしれない。
それから更に4年魔法の勉強に熱心に取り組んだが使えるようになることはなかった。
それでも男の子の熱意は消えなかったのだが、彼の両親はさすがにそろそろ他のことに力を入れて欲しいと考え始めていた。
そして明日で10歳になるという日の夜。
夕食の席で、ついに両親がその思いを男の子に告げた。
男の子はそれまで味方をしてくれていた両親に裏切られたような気持ちになりつつも、確かに自分には無理だったのかもしれない、父様や母様の言う通りに別のことに目標を持つべきかもしれないとも思った。
それだけ努力が報われないことに心が挫けそうになっていたということかもしれない。
男の子はしかし両親にそのことは伝えず、ただ「考えてみます」とだけ答え、男の子が生まれて初めて家族の間に気まずい雰囲気が漂い、その日が終わった。
…その日と次の日の境、つまり日付が変わる時。
それは起こった。
「う…うあぁぁぁああああ!!」
深夜の屋敷に響き渡る男の子の叫び声に、両親は飛び起き、「そこまで息子を思い詰めさせてしまったのだろうか」と顔を青くしながら男の子の部屋へ向かった。
屋敷にいる使用人達も男の子の叫び声に飛び起きたのだが、医者の手配や警戒の強化、もしもの時のための備えに慌ただしくしており主人達に少し遅れて男の子の部屋に着いた。
そこで彼らが見たものは……今まで見たこともない複雑で緻密で、しかしなぜか不安や害意を感じさせない魔法陣の中で男の子が宙に浮かんで輝いている光景だった。
何分ほどその状況が続いていたのかわからないが、やがて男の子の輝きが収まりゆっくりと下にあるベッドに落ち、魔法陣が収縮して消えた。
そこで我に返った両親がまず男の子の安否を確かめ、その様子を見て使用人達も動き始めた。
男の子は何事もなかったかのように眠っており、足音を響かせてやってきた医師の診断でも問題ないとわかると、一同は安堵した。
両親は心配だから一応朝まで見守ると言い、でしたら私たちもと使用人たちも主人たちに付き合って朝まで男の子の部屋で主人とその子息を見守った。
朝になり男の子が目を覚ますと、大丈夫とは聞きいていたが目を覚まさない可能性も捨て切れないでいた両親が心から安堵したようにため息をつき、使用人たちもその様子を見て微笑んだ。
これを例の教会関係者たちが見ていたとしたら、これぞ家族の〜と言ったに違いない。
…しかし、昨夜の魔法陣が本当に何の効果をもたらさなかったはずもなく、それは両親に、屋敷の人間に、さらには世界に衝撃を与えるのだった。
朝食の席で両親は男の子に何か体に異常はないかと仕切りに尋ねた。
側に控える使用人たちも昨夜の件は知っているので気持ちはわからなくはないのだが、余りの過保護ぶりにさすがに苦笑を浮かべずにはいられなかった。
「旦那様、奥様。あまりご心配なさいますと、フュリル坊ちゃんも不安になってしまうかもしれませんよ」
「だ、だが、それでもフュリルに何かあったらと思うと…」
「万が一のことがあったらと思うと気が気じゃないのよ」
「旦那様も奥様も、朝まで坊ちゃんを看ておられてあまり寝ていらっしゃらないのですから、無理をなさらないでください。お二人が倒れられたら坊ちゃんが悲しみますよ」
「それは…そうだな」
代表して主人に話しかけた執事がそう言うと、ようやく両親は質問をやめた。
そして心配されていた男の子、フュリルはというと…
(これが俺の父さんと母さん……なんか前世と現世の2つの記憶があるって不思議な感覚だな)
などと考えていた。
そう、彼フュリルは転生者であった。
(しかし…10歳まで記憶が無くて、しかも魔法が使えないってひどい制約だな。………ん? 魔法が使えない? おいおいおいおいちょっと待てちょっと待て、俺が望んだのは最強の魔法と無尽蔵の魔力のはずだろ!?)
口に出すわけにもいかずあくまでも心の中だけで考えているのだが、表情には現れてしまっていたようで、それを見た両親は心配そうな顔になり、使用人達がまたそれを宥めるといったやりとりがなされていた。
しかし彼は魔法が使えないという事実の衝撃が強すぎて、それどころではなかった。
(…まさか俺も努力しまくって、結局死ぬまで使えないってオチなのか!? いや、でもこの4年間頑張ってきたし、魔力量も凄いみたいだし……んん? とりあえず、あとで色々試してみるか)
自分の中で結論が出た彼は目の前の両親にようやく意識が向き、そこで心配しすぎて涙を浮かべている両親を目にした。
傍には困ったという表情の使用人たちがおり、両親の心配を取り除かなくてはということに思い至った。
「父さん、母さん」
「え…え? 父さん?」
「母さん?」
「あ、いや、ちが……お、オホン。父様、母様、僕は大丈夫です」
「ほ、本当に大丈夫なのかい?」
父親がそう問いかけ、母親も同調するように心配そうな顔で頷く。
「はい」
フュリルがそうはっきりと言って、安心させるために満面の笑みで頷くと、両親は安堵した。
それを確認して、フュリルは続けた。
「父様、母様。昨晩の−−」
「や、やっぱりどこか!?」
「フュリル、どこが痛いの?」
「い、いえ、落ち着いてください、父様、母様。昨晩のお話の…魔法の勉強はそろそろ控えるようにという話のことです」
「あ、ああ、その話か…」
「本当に体は大丈夫なのね?」
「ええ、ですから安心してください、母様。それで、魔法の話なのですが−−」
「フュリル。私たちはフュリルの望むようにすることを勧めるよ。昨晩のことは忘れてくれていい」
「ええ。……ただし、危険なことだけは絶対にダメよ?」
「え、えっと…はい」
話を聞かずかなりマイペースに、しかし自分の意志を尊重してくれるという両親に、手間が省けたと思いながらも複雑な心境のフュリルだった。
そんな朝食の後、フュリルは両親が自分の魔法の練習用に用意してくれた庭の一角にいた。
ここは魔導師が指導の際に周囲に被害が出ないようにと用意してくれた結界が張ってあり、帰還の際にわずかな希望を残して張り直してくれたのだ。
その優しさに感謝しつつ結界の中に入り、いつも通りの訓練を始める。
まずは魔力の濃度を高める…次に詠唱…そして属性付与。
そこでやはり魔力が霧散してしまった。
「…やっぱダメか。でも、なんか違和感があるんだよな」
フュリルは前世の記憶、"少女"とのやりとりを思い出すことで、詠唱から属性付与までの動作の間ずっと違和感があった。
まるで何か入れる場所を間違えているような、そんな感覚だろうか。
土踏まずのところがくびれているスリッパを左右間違えて履いているのを想像してもらうと近いかもしれない。
(……待てよ? そもそも俺が望んだのは『魔法が使える』ことじゃなくて、『最強の魔法が使いたい』だ。ということは、そもそも普通の魔法を使おうとしているのが間違いなんじゃないのか?)
ちょっと飛躍した思考ではあるが、それは間違いではなかったようだ。
というのも……
「う…うあぁああああああ!!」
頭に激痛が走り、フュリルの望んだ『最強の魔法』の知識が流れ込んできたからだ。
結界の外はというと、いつも通りの平和な時間が流れていた。
というのも、この結界には周囲への防壁とともに、その衝撃による轟音を漏らさぬように防音機能も備えてあったため、フュリルの叫び声が一切もれていなかったからである。
やがて頭痛が治まり、息を荒くしたフュリルはなぜ自分が魔法を使えなかったのか、そして自分の使える魔法の威力、その能力の名前を完全に理解した。
(能力名『魔導の究明者』。俺専用の魔法が使えて、すべての魔法の仕組みを理解できる。ただし使用できるのはその魔法のみ。さらに10歳になるまで転生前の記憶は失われ、能力の使用もできない…ね。使える魔法に比べれば、思ってたよりは優しい制約じゃん)
実は昨夜の記憶が取り戻された段階で、魔力量がさらに桁違いに増えまさに無尽蔵となっていたのだが、計測する機材もなく、またそれどころではなかったためにフュリルもそれ以外の人々もそれを知らない。
記憶と新たな知識を手に入れた今もそれに気づかぬまま、フュリルは早速魔法を使ってみようとして、結界の強度に不安を覚えた。
普通の魔術師であれば魔導師が張った結界が壊れる心配など皆無であるし、魔導師本人もフュリルの魔力量から判断して張った結界であるのでそうそう壊れることはないと考えていたのだが、現在のフュリルの魔力量と使える魔法からすれば、魔導師が張ったこの結界も一般の魔術師が張った結界も似たようなものでしかない。
一秒と持たずに破れてしまうのだ。
(……父さんと母さんには悪いけど、魔法の練習をするには家では無理だな)
結局、フュリルは魔法の練習をそこでやめ、今後どうすべきなのかということに悩むのだった。
さらに月日は流れ、13歳になった日。
フュリルは涙が止まらぬ両親に別れを惜しまれながら、家を出た。
魔法の練習はできず、魔法を両親を安心させるための材料としては使えなかったのだが、「世界を見て回ってそこで培った知識や経験を自分の糧にしたい。 ついでに僕にも魔法を使う術がないか探してみたい」と主張し続けて2年とちょっと、なんとか13歳になるまでは家にいることを条件に許可を取り付けた。
その条件を引き出すまでの過程を見ていた使用人たちは両親の過保護ぶりに呆れを通り越して戦慄すらしていた。
そんな触らぬ神に祟りなしといった様子の使用人たちの中で唯一フュリルの味方をしてくれたのが、以前も助けてくれた執事である。
「旦那様と奥様がいつまでも坊ちゃんのことを守ることができるわけではございません。もし旦那様や奥様が亡くなったとき、坊ちゃんが一人では何もできないとなると、それは坊ちゃんにとってとても不幸なことではないでしょうか? 私どもが生きている間であれば、もちろん坊ちゃんのために尽力いたします。ですが私どもも亡き後のことを考えますと、坊ちゃんのおっしゃる通りに世界を見て回り、知識や経験を積むというのは必要なことだと思います。旅の道中の安全や旅先の情勢などに不安を感じる旦那様がたのお気持ちはよくわかります。しかし、坊ちゃんはきっとそれらを乗り越え、無事にたくましく育った姿で帰ってきてくださります。それを信じて送り出すことも、子を愛する親として重要なことなのではないでしょうか?」
…と、一部を抜粋すればこのようなことを言って、フュリルに目配せをし頷かせて肯定させていた。
それを毎日のように続けても2年とちょっとかかり、数ヶ月前にようやく許可を出したと言うのだからフュリルの両親の過保護ぶりの恐ろしさを理解していただけるだろう。
「…父様、母様。涙を拭いてください」
「フュリル…」
「どうしても行ってしまうのね?」
「はい。…でも、約束した通り毎日日記をつけて定期的に手紙とともに送りますし、宿に泊まるときは値段よりも安全性や衛生といったところを第一に選びます」
「それだけじゃなくて、ちゃんと危険なところに行かないとか、絶対に野宿しないとか」
「夜はちゃんと14時には寝るとか、知らない人にはついていかないとか−−」
「父様、母様。ちゃんと守りますから。だから安心して、笑顔で送り出してください」
「……わかった。ならもう何も言わない。頑張るんだぞ」
「家が恋しくなったら、いつでも帰ってきていいんだからね?」
「はい」
フュリルがそうはっきりと頷き返事をすると、両親は涙を拭いながら笑みを浮かべ、フュリルを送り出した。




