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不定の女性を中心に一軒家が構築され、そして玄関に一人の男が倒れていた。
状況から考えるに、この男が次の死者なのだろう。
女性はやはり優しい表情で男が目を覚ますのを待った。
実を言えば、この優しい笑顔で見つめるという行動…つまり目を覚ます前の行動からが死者の望むものを体現しているのである。
容姿が不定であるのは目を覚ました人物が目にした時、それがたとえ視界の端に入れただけだとしても、認識された瞬間にその人物が望む姿との微妙な齟齬を補正するためである。
つまり不定であるとはいえ、その人物が目覚める前にもある程度決まっており、その姿に近い容姿で変化を繰り返しているのである。
無数の容貌から、望んだものに近い容姿に収束していると言えればわかりやすいだろうか。
そしてそのまま数分がたち、男は目を覚ました。
女性は"妙齢の女性"の姿に収束、固定された。
久しぶりに"少女"以外の姿に収束した自分に喜びを感じながら、話しかけた。
「目は覚めましたか?」
「え…あ、お、おう」
いきなり話しかけられたこと、話かけてきたのが自分の好みの容姿の女性だったことから男はどもりながらも頷いた。
それを見た女性は少年の時のように軽い説明をし、最後に男に問いかける。
少年の時のようにとは言っても、今度は順序立てや補足説明がしっかりとしていた。
それは女性が失敗を経験して頑張ったというわけではなく、女性が"少女"の姿ではなく"妙齢の女性"の姿であることに関係している。
詳しい説明は省くと、女性はその容姿と内面の年齢が比例していると言ったところだ。
そこに多少は相手の願望が混じるのだが、それは本当にごくわずかであるので今は考えなくていいだろう。
男はそのできる女といった様子に頬を赤くして見惚れていたが、説明はしっかりと聞いていたと補足しておく。
ところでここで、なぜ男は少年のように光になっていないのか疑問に思う人がいるかもしれないが、これは死後の世界は本人の望みに依存するということが解答になる。
少年は『人が生まれ変わる時は死んだ体を捨てているのだから不定形であるはずだ。おそらくは意識の塊のようなものだろう』という考えを持っていたために、光の塊という姿になった。
意識の塊が光の塊という形に変わっているのは、荘厳な神殿の中でただの意識の塊が存在して意志を伝えるという難解な状況に対して補正力が働いたためである。
男が人間の姿を、生前の姿を保っているのも男の望みによる。
「では、あなたが次の生で望む姿を想像してください」
「…想像するだけでいいんですか?」
「はい。術式があなたの理想や思考を読み取り、その望んだ能力や容姿を構成しますので」
「わかりました」
そう、本当は口にする必要はなかったのだ。少年が勝手に語っていただけで。
少年が話したのが悪いのか、"少女"が説明しなかったのが悪いのかは微妙なところではあるが、過ぎたことを気にしても仕方がない。
「…決まりましたら、儀式の完了とともに転生を行いますので言ってください」
「はい。…といっても、もう決まっていますが」
「そうですか。では最後に、新たな生を楽しんできてください」
「ありがとうございます」
男がそう言って頭をさげると同時に、その姿が消えた。
そして家は消えまた一面の闇に。
女性はというと、その表情は先のように無表情…ではなく、黒さを感じる笑みを浮かべていた。
理由は男とのやりとり、特に儀式にある。
気づいているとは思うが、女性は能力によって決まる制約の話と能力変更の不可の話を省いた。
後者に関しては男は迷いもなく決めたので、結果として問題はなかった。
つまり、問題があり、女性の笑みの理由となったのは前者である。
そしてその内容というのは…
「まさか『不老不死』を願う馬鹿が本当にいるなんてねぇ…」
であった。
そして女性の説明のような独り言は続く。
「確かに不老不死は強力だし、同時に痛覚操作を入れたのも悪くない。ただ不老不死だというだけでは、痛くて死にたくても死ねないし、四肢を引き裂かれて別々にされたら地獄だろうからね。…でもさ、これはあくまでも転生だよ? その転生者が『不老不死』になったら…『不老』なんて力を手に入れたらさ、一体どうやって成長するんだい?」
そう、生をどこと判断されるかは置いておくとして、不老ということはそこから年をとらない…年をとれないということに他ならない。
たとえ母親の腹から産み落とされたその瞬間からだとしてもそこから年をとることはないし、もし受精の瞬間が生の始まりとされたとすればその状態からもはや成長することはない。
しかも死ぬこともできないのである。
育たない赤子を普通の赤子と思う人間はいないだろうし、受精卵のまま成長が進まなければ、母とともに埋葬されてそのまま無限に生き続けることになるのだ。
男の望んでいたような人生はまず訪れないと断言できる。
それが女性の笑みの理由であった。
ちなみに女性は「私はあなたの望みを知る術はありません」とは一言も言っていない。
口に出さなくても術式が読み取ると言っただけだ。
そんなことを思い出しながら、"女性"はまた不定の女性となった。
そして次の人間が来るであろう時間になって、しかし空間の構成も女性の姿の収束も始まらなかった。
女性はそのことに疑問を抱きつつも、ただ次の転生希望者を待つ。
しばらくして、少年が考えていたような、本当に意識の塊とでも呼ぶべきものが女性の前に現れた。
女性はそのことに多少驚きつつ、定まらぬ容姿のまま問いかける。
「…君は誰だい?」
「俺…私…僕は…誰なの?」
本当に転生希望者なのかという、心の中に湧きあがった疑問をそのまま尋ねると、意識の塊からは答えとは言えないような反応が返ってきた。
「それはボクが聞きたいんだけど……まぁココに来るってことは君も転生する運命にあるんだろうね」
「転生?」
「そう。君は元いた世界とは別の世界に、別の存在として生まれ変わるんだよ! ……といっても、記憶がないんじゃわからないか」
「?」
「ん〜…これは困ったね…。これじゃあどんな力が欲しい聞きようがないし、叶えようが−−−」
「…が欲しい」
対応の仕方がわからない相手に困った様子の女性の言葉に、無意識に(意識の塊が"無意識に"というのもおかしな話かもしれないが)…条件反射のように意識の塊が何事かをつぶやいた。
「え?」
「力が…欲しい」
「力、ねぇ…一体どんな力が欲しいんだい?」
「誰にも負けない力が欲しい」
だんだんと言葉に力がこもってきていた。
条件反射ではなく、女性に意志を伝えてきているということだろう。
「もうちょっと具体的に、誰よりも優れた体力が〜とか喧嘩では誰にも負けない〜とか軍隊の指揮能力がすごくて〜とかさ」
「…わからない。…でも、誰かに従わされるだけの、虐げられるだけの日々はもう嫌なんだ!」
「…ふ〜ん」
後半の言葉の力の込めようが、その意識の塊の前生に何があったのかを彷彿させた。
「じゃあ君にオススメの能力があるよ」
「オススメ?」
「うん。もう誰からも何かを強いられることのない人生を歩むために最適な力さ」
「じゃあ…それが欲しい」
「OK。じゃあその力に合わせて君を転生させるから、ちょっと待っててね」
「うん」
女性はその意識の塊を中心に、いつも通りの魔法陣を展開した。
そして意識の塊の望んだ…いや、女性が与えようと思った能力を付与していく。
「……よし、じゃあ行くよ」
「ねぇ、僕にくれた力ってどんな力なの?」
「う〜ん、生まれ変わってからのお楽しみ! …ってしたかったんだけど、さすがにそれじゃ可哀想だよね。じゃあ能力の名前だけ教えてあげる」
「…うん」
「君の能力は『完全に透明な人生』だよ。じゃあいってらっしゃい!」
女性が言い終わるのと、魔法陣が消えるのはほぼ同時だった。
最後まで聞こえていたのかは微妙なところだ。
そしてまた静寂が戻ったその空間で、女性は独り言をつぶやく。
「…君はその力のおかげで自由に生きられる。その自由が君にとって幸せかはわからないけどね」




