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荘厳な神殿のような、されど窓を含めて外界への通路が一切無い場所の中。
その中央に不自然に開けられた半径3メートルほどの円形のスペースには祭壇があり、そこには一人の少年が横たわっていた。
少年の胸が上下していることから、死んでいるのではなくただ眠っていることがわかる。
そしてその少年が目を覚ますのをただじっと見守るようにして待っている影が一つ。
少年に慈母の如き視線を向けるその女性は、ある瞬間には少女の姿に、そしてまたある瞬間には妙齢の女性の姿へと変えていた。
それが彼女が只者ではないことを示している。
また少年に向ける視線から、少年に害をなす存在ではないであろうことも容易に想像ができる。
…たとえ内心では(あぁ〜、早く起きてくんないと暇すぎるんだけど〜……。ねぇま〜だ〜?)とか考えていたとしても。
そしていい加減に焦れたその女性が揺すり起こそうとしたところで、少年が小さく呻き、起床の兆候を見せた。
それに思いとどまり元の姿勢で、元どおりの表情で待機する女性の前で、ついに少年が目を開けた。
その瞬間に女性の姿は少年より僅かに若いと思われる姿に固定された。
(…こいつもロリコンか)
女性は内心そう思っていたが、顔にも態度にも微塵も漏らさなかった。
まだ目が覚めたばかりの少年がたとえ彼女が嫌そうな顔を浮かべていたのを見ても気づかなかったとしても、それを表に出さないのがプロの仕事ですと言わんばかりに。
そんなことを知らない少年は、見慣れぬ天井、見知らぬ場所に、おそらく全裸で横になっていたという事実に困惑していた。
そして、傍で慈母の如き笑みを浮かべる女性がいることに気づいて羞恥心に顔を赤くした。
少年は慌てて体を、特に下半身を隠そうとして……できなかった。
そして同時に必要なくなっていた。
「え、か、体が!?」
そう、少年の体に異変が起きていた。
"人体"という形を取らず、不定形の光の塊といったような状態になったのだ。
手足を動かそうにもそれに相当する部分が存在せず、さらに言えば"身体"と言って良いのかわからない状態なのだから、当然隠すことはできないし、その必要もない。
あくまでも本人の羞恥心がどうであるかを別にして、の話ではあるが…。
それを見た"少女"はというと、顔色一つ変えず、ずっと同じ表情で微笑んだままだった。
ともすれば見たものに驚き固まってしまったとも思えなくはないが、実際はただ見たことになんの感情・感想もないというだけである。
もし少年がこれを知ればショックを受けたであろうが、当の本人は自分の身に起こった変化に驚きすぎて、そこまで気が回っていない。
「……そろそろいい?」
焦れた"少女"が口を開いた。
少年は驚愕と羞恥を残しながらも"少女"の声に肯定の意を示す。
頷こうとしたのだが、実際には光の明滅という形で表された。
「じゃあまず君の現状から説明するよ。前世の…いや、まだ生まれ変わっていないから前世とも言い切れないかな? まぁとりあえず、君は死んだ」
「…へ?」
「ここは君たちの言う死後の世界ってわけでもないんだけど、似たような場所って認識でいいよ。実際、死んだ後に来るって意味では似たようなものだしね」
「いや、あの…」
「うん、いきなり死んだって言われても実感ないだろうけど、とりあえず『私』の話を全部聞いてからね」
光は少年の動揺と困惑を表すように激しくランダムな明滅を繰り返すも、"少女"のその言葉に一応の落ち着き…肯定を示した。
「じゃあ続けるね。人は死んだ後は天国とか地獄に行ったり、あるいは自分と他人やその他のものとの境が曖昧な何もない空間に行ったり、輪廻転生だったりって言われてるけど、どれも正しくてどれも間違ってる。人は死んだあと、その人が本当に心の底で信じているようになるんだよ」
少年は突然話が変わったように思え、さらに"少女"の言葉がうまく理解できず、光はそれを淡くなることで示した。
「う〜ん……たとえばさ、普段口では「俺は悪いことばかりしてきたからきっと地獄に落ちるんだ…」とか言ってる人がいたとして、その人が本心では「天国に行きたい」って思ってたら、その人は天国に行くって感じかな。まぁきっと俺は地獄に落ちるんだなんて言葉は天国に行きたいって気持ちを持ってることをそのまま表してるけど、そんな感じで考えてよ。あ、本心っていうのは無意識って捉えてもらった方がいいかもしれないね」
"少女"の説明がうまくないこともあり、少年の光が納得を示すことはなく、むしろ一層淡くなった。
"少女"はそれを不満げに見ながらも、無視して説明を続けた。
「というわけで死後はその人が望んだようになるわけなんだけど、君はどうやら異世界への転生を望んでいたようだね。あ、別に夢見がちだとか恥ずかしがる必要はないよ? 君以外にも同じことを望んでた人はそれなりにいたし、特に恵まれない世界に生まれた人間は大抵転生を望むからね」
少年は"少女"の言葉を聞いて、自分の過去…つまり(少女の話を信じるのであれば)生前の記憶を思い返した。
生まれて育った町、幼い頃から仲が良かった少女に抱いていた淡い恋心と失恋した傷心、住んでいた家、そして両親…最後に、自分の死の直前の姿。
一通りを思い出して、少年は目の前の"少女"のいう通り自分は死んだのだと理解した。
「君が死んだってことは納得してもらえたみたいだね。じゃあまあ、さっそく君の望んだ異世界への転生の話をしようか。…っと、その前に。ここからは話せるようにしないと色々と面倒だから話せるようにしてあげるね」
"少女"がそう言って手を少年に向け、その手から放たれたほの温かい光が少年を包んだ。
「……別に変化してな…っ!?」
「うん、問題ないみたいだね」
見た目などに変化が見られなかったため、何も変化していないように思えた少年が思わずそう"呟いた"。
"少女"は失敗するとは微塵も考えていなかったが、形式美としてそう言った。
「じゃあつづけよう。まず、君が生まれ変わる世界は魔法が存在する世界だ。君が望んだ通りの、ね」
「ああ」
「でも君がもしこのまま転生したとして、君は魔法も使えず、生前と同じような見た目と能力になってしまう。それを避けるためにも必要な…儀式を今からやる」
「…儀式?」
「うん。儀式って言っても大したことはやらないから安心してくれていいよ」
少年の声に不安の色を感じとった"少女"がそう捕捉した。
「じゃあ始めるよ。まず生まれ変わった君が使いたい能力を想像して」
「魔法がある世界…なんだろ? だったら、最強の魔法が使えて、無尽蔵の魔力があるのは当然として、それから…」
先ほどまでの驚愕・不安・動揺はどこへ行ったのか、少年は嬉々として語り始めた。
そんな興奮する少年の様子を気にせず、"少女"が儀式の続きと説明を話す。
「あ、一度願ったら取り消すことはできないから注意してね?」
「…え? まぁ、うん」
「あともう1つ注意点があってね」
「うん?」
「能力が強ければ強いほど、厳しい制限がつくから」
「……え、ちょ、え!?」
「大丈夫大丈夫。今までで最も厳しい制限でも、能力は手に入るけど理想の能力にするためには修行が必要で、それが叶ったのが死ぬ間際だったとかだし。しかも一番軽い制限だと、生まれるまで発現しないっていう、それってつまり制限ないってことじゃない? ってかんじのだったからね」
「一番厳しい制限の方、能力をもらった意味がなくないか?」
「かな? まあ本人が望んだ結果だし…」
"少女"の説明がテキトウなことや、望む能力や異世界に転生という言葉にようやく実感んが湧いてきて気持ちが高ぶっているせいか、少年の口調と態度は砕けてきていた。
「…ちなみに、その時の能力ってどんなだったんだ?」
「う〜ん…たしか、『すべての生物を一瞬で消し去る』とかだったかな? たぶん、そんなかんじだったと思うよ」
「そいつは病んでたのか?」
「さぁ? でも馬鹿だったのは確かだね。発現した能力使って、自分も消されちゃったってオチだもん」
「……」
なんとも言えない気持ちになり、実際になんとも言えなかった。
「あ、一番軽かった方の能力も聞いとく?」
「一応な」
「『エラ呼吸がしたい』」
「…そいつも病気なんじゃねぇか?」
「かもね? 制限が軽かったのは当然でね、魚人のいる世界に魚人として転生したから生まれただけで叶っちゃったんだよね」
「それは…本人の希望に沿ってたのか?」
「満足してたみたいだし、いいんじゃない?」
少年は同じように異世界への転生を願った人物たちのことを聞いて呆れ、同時に自分も同じように異世界への転生を願っているということで似たようなものだと言われているような気になって肩を落とした。
「それより、そろそろ決まった?」
"少女"はそんな少年の様子をやはり気にせず続ける。
「ああ、お前から遅すぎる注意事項を聞いた後には何も追加しないよ」
「ふ〜ん、となると制約は…なるほどね…」
「…っ! ど、どんなのになるんだ? やっぱり結構キツイやつになるのか!?」
前例の参考になるのかわからない話は置いても、やはり強すぎる能力には相応の制約がつくというのは気になるもので、少年はやや興奮した様子で問いかける。
もし"身体"があったら詰め寄っていたところだろう。
「まぁまぁ落ち着いて。とりあえず、この内容ならそこまで厳しくないと思うよ。ただ、能力の発現とその他にすこ〜しだけ不備が出るかもってだけ」
「その他って?」
「……まあその辺は転生してみてからのお楽しみってことで! どうせ今から変更なんてできないんだしさ」
そう言うと、"少女"は少年に聞き取れない言葉を紡ぐように口を動かし、そしてそれに応えるように少年を中心に魔法陣のようなものが広がった。
「あ、おい!」
「それじゃあ、楽しんできなよ〜」
"少女"は魔法陣の中で薄れ行く少年の光に笑顔で手を振っていた。
少年が消え、魔法陣が消えるまでそうしていたが、その両方が沈黙したのを確認すると"少女"の姿はまた不定の女性へと変わり、笑顔は無表情へと変わった。
……まるでこれまでの少年とのやりとりが作業であったとでも言うかのように。
そして女性は口を開き、誰に言うでもなく…
「次はどんな人かしら?」
そう呟いた。
それが合図であったかのように神殿のような建物…空間は消え、真っ黒な闇にただ一人その女性だけが立っていた。




