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アルヴィスを発ったリオは、行く宛てもなく歩いていた。
これまでリオが屋敷を出た経験は教会の主催する晩餐会くらいしかなかった。
それは教会からの魔術師に褒められてから魔法にのみ打ち込んできたリオ自身のせいでもあり、またそれを良しとし外に目を向けさせつつも連れ出そうとはせず、さらに言えば魔法に打ち込む手助けすらしていたリオの両親のせいでもあった。
晩餐会の後の、世界の広さ…とは言わないまでも、自分よりも優れた存在など外に目を向ければ少なからず居るのだということを知ったリオであれば自発的に外に出て己の糧にしようとしたであろうことを考えれば、その機会を奪った教会のせいというのが一番正しいだろう。
加えて言うのであれば、そもそもリオがアルヴィスを離れることになったのも両親に顔を見せに行けないのも、あの非人道的な実験を行っていた教会のせいである。
いや、より正確に言うと、実験を行っていたのは教会の地下にある実験施設の研究員とリオがその手で葬ったエルシャリア王国の元国王である。
(…さて、どうしようかな? 地面に直接寝るし、食事も鳥とかその辺にいるのを狩るし…)
殺し合いの末に得たリオの身体能力やあの研究施設での生活のおかげで、生きていくことに困ることはなかった。
強いて言うなれば情報が手に入らないというのが問題ではあるが、もしこれから先他人に関わらずに生きていくのであれば情報が手に入らないというのも問題ではなくなる。
一応、リオの起こした事件による両親への影響などが心配ではあるので、それが問題になっていると言える。
現在は偶に見かける行商人から話を聞くことができているが、じきにリオの人相書きでも出回るだろう。
そうしたら行商人から情報を得るというのもあるいは難しくなるかもしれない。
何せリオは王族2人と多くの教会関係者を虐殺した大罪人である。
たとえその王や教会関係者が地下で子供達を殺しあわせて『擬似勇者』という兵器を作ろうとしていたとしても、表では善政を敷いていた王と迷える人々に神の教えという救いを与えたり孤児を保護したりしていた教会なのだ。
法に則り適切な処罰を下すではなく私怨で殺したリオが罪に問われないということはあり得ない。
さらに運が悪いことに、リオが殺した王女は実は例の研究に一切関係なかった。
つまり王女にとっては侵入者のリオに連れて行かれ、その目の前で父親を殺され、そして自分も殺されたという不幸な物語なのである。
復讐で頭がいっぱいで興奮した状態のリオに冷静に判断する余裕がなかったことと、王女が関与を問われた時に謝ってしまったことに原因がある、不慮の事故だという話だ。
当人たちですらその事情を全て知っているわけではないし、当然と調査から得た情報だけから判断を下す者たちには知り得ないことである。
結論として、リオは王を殺したことよりも無罪の王女を殺したという意味で完全に王族殺しという罪に問われているのである。
さて、話を少し戻してリオが行商人から両親の情報を得ているという話に触れよう。
地面に寝ていることや野生動物を狩って食料にしていることからわかるように、リオは金銭を持っていない。
王城を出てからそのままアルヴィスを離れたので、金銭はもちろん替えの服や下着といったものも持ってきていない。
そんな金を持たないリオに、行商人がタダで情報を渡すかといえば答えは否である。
価格や流通量、税や需要など情報は即ち商売に重要であり、それは同業者にはもちろんのこと離れた地の情勢や様子を聞きたいと思う人間は少なくない。
つまり情報は大切な商売道具なのである。
それを道の途中であった小僧にタダでくれてやるようなお人好しかあるいは馬鹿はいないだろう。
ではリオはどのようにして情報を得ていたか?
答えは、両親の地位を利用したのである。
リオが「実家の王都アルヴィスのニーディアス家に請求してください。ボクはリオ=ニーディアス。ニーディアス家の一人息子です」と言えば、行商人はまずリオの言葉の真偽を疑う。
もしリオが本当に"リオ=ニーディアス"であった場合、ニーディアス家に顔を得ることができるし、次期当主であるだろう一人息子のリオには恩を得ることができる。
しかしもし"リオ=ニーディアス"ではない場合、ニーディアス家に請求したとしても代金は回収できないだろうし、詐欺師に騙されるような愚かな商人というレッテルも貼られてしまう。
そこで行商人はリオが買おうとしているものに目を向ける。
ここがリオにとって一番難しいところであった。
もし買おうとしているものが高すぎれば、行商人はリスクを恐れてツケでの購入を拒否するだろう。
逆に安すぎた場合はというと、その程度のものを買う金すらない者がニーディアス家の子息なのかと疑われるか、もしくはツケでの購入は許可されるが商人はニーディアス家まで請求に行かないかもしれない。
それでは意味がないのだ。
この方法は、ニーディアス家にツケでというのが成立することとリオ=ニーディアスが購入したとニーディアス家に請求が行くことの二つが重要なのである。
まずニーディアス家にツケでというのが成立するのは、ニーディアス家が無事、つまりリオの両親まで罪に問われるという事態は免れていることを意味する。
次にリオが購入したという情報がニーディアス家に届くことは、リオがその商人と出会った時までは健在だったことを知らせることにつながる。
だからその両方を狙えるラインを商人ごとに見極めて、商品を選ぶ必要があったのだ。
何人からこれならツケでもいいと提示されたものがあったが、どれも見るからに売れ残りの類であり無駄な荷物を減らすための在庫処分の意思が見られた。
しかしこれならというものを提示されたということは逆に言えば、それ以外はツケで買うことは認めないという宣言である。
その時点でリオの目的はほぼ達成できなかったと考えられる。
ともあれ、そんなこんなで失敗を経験しつつも幾度かは感触を得られる取引ができていた。
それが全てうまくいくとは思わないが、少なくともリオの無事は両親に届いたことだろう。
ところで、リオは行く宛てもなく歩いていると言ったが、その日その日の目的地は決まっていた。
リオはこれまでアルヴィスから隣国まで続く一本の道をジグザグに跨ぐようにして進んできた。
最初はアルヴィスから見て右手側にある村に、次はアルヴィスから見て左手側にある村に……その繰り返しだ。
その一本道を通るのには行商人に出会うためという目的があったし、村を選んで進んだのには身を隠しつつ行動する意図があった。
アルヴィスから離れるという目的を考えると、その移動速度はまっすぐ離れたときよりもかなり遅い。
しかし、それはあくまでもリオがまっすぐ離れた場合に比べてであり、旅の移動速度としてはむしろ早い方だと言える。
また村から村へとは言っているが、実際に村に入るのではなくその近くで野宿していた。
それは村人に会うことを避けることに加え、もし村に入って居心地が良かったら居座ってしまいたい衝動に駆られるだろうこととそれに抗えないだろうことが理由だった。
単に村人に会いたくないのであれば、そもそも村に近づこうとしなければいい。
しかしリオはわざわざ村の近くに野宿していた。
リオは他人と一緒に過ごす暖かい暮らしというのが恋しかったのだ。
8歳というリオの年齢を考慮すれば当然のことかもしれない。
実際、リオの焚き火を見て近づいてきた村人と話した時などは嬉しいと感じていた。
その村人はリオを家に来ないかと誘ってきたのだが、リオは断った。
これは先に挙げた理由の通りだ。
村人にとっては一泊止める程度のことだったかもしれないし、もしかしたら保護の意味合いだったのかもしれない。
だがリオにとってはそのたった一泊が致命的になる。
だから、頷いてその誘いに乗ろうとする自分を抑えて断るしかなかった。
それ以降は、焚き火をしても気付かれないような場所…例えば入口が村と反対側に向いている洞窟などを探すようにしていた。
おかげで誰にも見つかることはなくなったが、探すのにかかる時間やその場所を掃除する時間がかかるようになり、今までのように村の方を見て人々の暮らしを眺めるような時間をとるのが難しくなった。
そんなリオが次に目指している村は現在2つあった。
リオのどうしようかという言葉はこの2つのうちどちらを選ぶかということだ。
距離的にはあまり変わらず、両方とも道の反対側であった。
(片方はラヴィルという村で、山の麓にあるという話だったかな。山の麓ということは洞窟とかを探すのには苦労しなさそうだけど、村に背を向けているものとなるとなかなか見つからないかもしれないね。もう一方は確かクリシュエという名前だったね。ほとんどの地図に村の存在は示されているのに、村の名前はとなるとごく一部の地図にしか載っていないという不思議な村なんだよね。しかもその理由を父上や使用人達に尋ねても、クリシュエの場所を知らない者が多かったんだよね…)
リオはこんなことを考えながら移動していた。
考え事をしながらだというのに、風景が目まぐるしく変わるほどの速度で移動しているというのはリオだから成せる所業だろう。
(…うん、クリシュエにしよう。行ってみたいと思ってたしね)
リオはそう結論を出すと、速度を上げてクリシュエに進路を向けた。
常であれば昼間のほとんどは国をつなぐ道で行商人を探すのであるが、この日はしないことにした。
いいことではないのだろうが、ここ最近は観察眼も養えたようで成功率が上がってきていたからだ。
あまり頻繁にツケで買うようにするとリオがそれに慣れてしまうということもあるし、商人の間でリオは…ひいてはニーディアス家はツケで買い物をするという不名誉な評価が流れる可能性が高い。
そのうち踏み倒されるかもしれないから気をつけろという話まで出てきたらニーディアス家の名は地に落ちたも同然だろう。
それを避けるためにもそろそろ自重しなければならない、との判断だった。
(実は廃村だったりするのかな? それとも、完全な自給自足で生活をしていて、部外者は立ち入れないように制限されているとか? …単に無名なだけという理由であれば、あれほどの資料の中でごく一部にしか名前が載せられていなかった理由には足りないきがするね…。となると、何か秘匿する必要があるものが隠されているのかな? ……もしあの研究所に関係あるものが隠されているなら潰さないとね。 ん、距離的にはそろそろ着く頃かな)
リオがクリシュエについて思いを馳せているうちに、村のあるあたりにだいぶ近づいた。
そこからは速度を落として、慎重に進み始めた。
村人に見つからないようにというのはもちろんのこと、リオの今夜の寝床を探すためでもある。
寝床については魔法で作るという選択肢もあるが、その場合も作った寝床と周りの地形に違和感がないような場所を選ばなければならない。
(平坦な地形というのは、やはり難しいね。木の上に作ろうにもこの程度の高さだと目立つだろうし。いざとなったら穴を掘るしかないかな)
そんなことを考えながら進んでいると、リオの目に一軒の家が映った。
リオはそこで立ち止まり、その家と周囲の様子を伺った。
(……人影は見当たらないね)
そう判断すると、リオは家から離れつつさらに奥へと進んだ。
すると、今度はクリシュエと思われる村が見えてきた。
そちらは住人の姿が見られ、リオは気付かれないように観察を続けた。
(ここがクリシュエ…かな? それほど変わった様子も見られないし、秘匿される理由もなさそうだけど……一応、夜にでも調べるべきかな)
いつもはたとえ夜中であっても村に近づかないリオであるが、クリシュエに関しては研究所に関係あるかもしれないということから積極的になっていた。
よく考えなくても、こんな森の奥に研究所を建てそれを村ごと秘匿するというのはかえって目立つ上、それならば名前だけでなく村の存在自体を秘匿するか普通の村であると見せるべきであるとわかるのだが、あの実験に関係あるかもしれないと思うとリオは冷静になれなかった。
(とりあえず、怪しそうな人間の動向とか観察したいところだけど…どこからなら見えるかな?)
リオはあたりを見渡したが、村から気付かれにくいがリオの方からは村全体が見渡せるような絶好の場所というのは見当たらなかった。
(魔法でなんとかできないわけでもないけど…それだと気付かれる可能性もあるし、できれば避けたいんだよね)
頭をかかえるとは行かないまでも、首を捻って考えていた。
そこでそういえば、とリオは村の外れ…というよりも森の中に立っている小屋のことを思い出した。
(怪しそうな場所といえば、あそこも怪しいよね。もしかしたら見張り小屋みたいなものかもしれないし、慎重に動く必要はあるだろうけど…あれだけ離れてるなら、仲間を呼ばれたり連絡される前にさっさと殺しちゃえば大丈夫かな)
リオの中では既に研究所に関係あることはほぼ確定したという前提で話が進められていた。
後はどこにその施設が隠されているのか、敵の規模はどの程度か、村人の全員が研究に関係ある者なのか、それを確認するだけだと考えていた。
リオは例の小屋が見える位置まで来ると、息を殺して近づいていった。
気配を殺すというのはできなかったが、そもそも魔法で姿を見えなくすることもそれを見破ることも可能であるので、不用意に音をたてないようにするだけで十分だった。
そしてリオは小屋の裏手に回ると、小屋全体に一瞬だけ強い電気を流した。
中にいる人間を気絶させるためだ。
ドサッと人が床に倒れる音がしたのを確認して、リオは玄関から中に入っていった。
すると、リオが発見できたのは一般人と思しき女だけだった。
その後もこ屋の中を隈無く探してみたが、それらしき物は一切見つからなかった。
(……この小屋は関係なかったってことなのかな? そうだとすると、この女には悪いことしちゃったね…)
リオが申し訳なさそうに女性を見て、介抱して目を覚ますまで待ってから謝るべきかと考えていると、玄関のドアが開く音がした。
そちらを見ると、1人の子供が居た。
「お母…さん? …ねえ、ボクのお母さんに何したの?」
「君はこの人の子供なのかい? ごめんね、ちょっと間違えて気絶させてしまったんだ」
「…間違えた? 何を? 何を間違えたら、こんな村のはずれにあるような小屋にいたボクのお母さんを気絶させることになるの?」
女の子供だという子供の言葉に、リオは訳を話すべきか迷った。
話したとしても理解できるとは思えないし、リオが大量殺人を犯した人間であることを明かすことになる。
(適当に言って誤魔化すこともできるけど…できれば嘘をつきたくないんだよね。彼奴らと同類になったみたいで気持ち悪いからさ)
王や教主のせいで、リオは嘘をつくことに対してトラウマのような物を抱えていた。
嘘をつかれることも殺してやりたいくらいに腹がたつのだが、村人の生活や行商人を観察するようになってからはだいぶ我慢できるようになった。
生きていく上で嘘をつくことは必要になる、ということを理解したからだ。
しかし、自分が嘘をつくということだけは、やはりまだ克服できそうになかった。
だからリオはこう言うしかなかった。
「それは…君が知ることではないよ」
「ボクが知ることではない? ボクのお母さんが襲われたのに?」
「それについては謝るよ。でも、理由を教えることはできないし、聞いても君には想像できないことだと思うよ」
「ボクじゃなくて、お母さんに謝るべきなんじゃないの? あと、ボクが想像できるかどうかはあなたが決めることじゃない。ボクが、聞いて判断することだ」
そこでリオはすぐには言葉を返さずに、どうしても理由を聞き出したいという子供のことを観察した。
(…見えているはずなのに、よく分からないっていうのはなんとも不思議な感覚だね。それに、玄関を開ける音が聞こえなかったら接近に気付けなかったことを考えると、普通じゃないよね。……これは当たりということなのかな? でもこの子供は、この女のことをお母さんと呼んでいたし…。まぁ敵だとしても何かされる前に殺せばいいだけだし、話して確認する価値はあるのかな。もし無関係だったとしても、話さなければ納得しそうにないしね)
リオが観察しながらだんだん思考に沈んでいき、結果として話すことを決めて意識を戻すと子供の姿が見当たらなかった。
リオは慌てて周囲を見渡すのではなく音を…具体的には呼吸音と床の軋む音を探した。
しかし聞こえてくるのは外の木々の葉が風に揺れる音と床に寝かせたままの女の呼吸音だけだった。
(油断したつもりはなかったんだけどなぁ…。それにしても、ここの中を調べまわったときに人が移動すれば床が軋むのは確認したのに音もさせずに消えるし、動かずに潜んでいるとしても呼吸音すらないというのは恐ろしいね)
「…ねぇ、まだ?」
唐突に声が聞こえ、いつも間にかリオの正面に子供が立っていた。
(…いつの間に?)
警戒していたにも関わらず接近されたことにリオは驚いていた。
リオの警戒をものともせずに行動できるような子供が、少なくとも2人以上いることにも。
そんな内心の動揺を隠しながら、リオは正面にいる子供に話しかけた。
「まだ?、というのはどういう意味かな?」
「……まだボクのお母さんを襲った理由を話さないのかって意味だよ」
その言葉にリオはさらに動揺した。
(さっきの子供に続き、この子もこの女の子供? ……あれ、さっきの子供ってどんな子だったかな?)
「ボクがその質問に答える前に、一つだけ教えて欲しいことがあるんだけどいいかな?」
「…そのあと、ちゃんとボクの質問にも答えてくれるならね」
「うん。それは約束するよ」
リオの言葉に子供は頷いて返した。
「それでボクの聞きたいことなんだけど、君に兄弟はいるのかな?」
「…ボクに? ボクは一人っ子だよ。お母さんとボクの2人だけでここに住んでる」
(…2人だけで住んでる、か)
「じゃあ次はボクが答える番だね」
「うん」
「ボクが間違えた理由はね、この家が見張り小屋か何かだと思ったからなんだよ」
「…見張り小屋? なんで?」
「ボクはアルヴィスから来たんだけど、そのアルヴィスでとある実験に巻き込まれてしまってね。その結果いろいろあって、ここクリシュエの村がその研究施設に関係あるんじゃないかってことで調べてるんだよ」
「いろいろあって、とかじゃ全然わからない」
「だろうね。ここからは信じるかは君しだいなんだ。念のためにいておくけれど、ボクはこのことに関して嘘をつく気はないし、そもそもボクは嘘を吐くのが嫌いだ」
子供はリオのその言葉に反応を返さなかった。
「…早く話せってことかな。それじゃあ重要なことだけ話すとしようか。まず、アルヴィスにある教会と王は教会の地下に研究施設を作って実験をしていたんだ。『擬似勇者育成計画』って言うね。自分たちの思い通りに動く勇者を作り出そうとして色んなことをやっていたみたいなんだけど、ボクはその実験に巻き込まれたんだよ。誘拐されて、監禁されて、殺し合いをさせられた。その唯一の生き残りがボクだ。その実験の後、ボクはその研究所を潰してアルヴィスを離れた。そして今日ここクリシュエに着いたんだけど、このクリシュエという村に関して不思議なことがあるんだよ。多くの地図にこの村の"クリシュエ"という名前が載っていないんだ。村が存在していることは記されているのにね。それでボクは、それにはなんらかの意図があるのではないかと考えて、もしかしたら例の研究に関係ある施設か何かが隠されているということで調べていたんだよ。この小屋は村からだいぶ離れたところにあって、村に近づく者を察知するのに便利だろう? だから見張り小屋か何かと疑ったんだけど……どうしたんだい?」
リオは粗方話し終えた時、子供の様子がおかしいことに気づいた。
虚ろな目をして、何事かをつぶやいていたのだ。
リオが近づいてみると
「教会、勇者、殺し合い、実験、監禁、誘拐、結界、監禁、殺し合い、殺す、殺した、殺された、死んだ、生き残った、牢獄、結界、監禁、殺し合い、殺された、死んだ、死んだ、殺す、実験、痛い、怖い、熱い、恐い、死にたくない、怖い、殺したくない、生きたい、苦しい、逝きたい、死にたい、殺す、殺さないで、ごめんなさい、ごめんなさい……」
と、壊れたように続けていた。
リオはその言葉を聞いていて、あることに気がついた。
それは、リオの話の中に出てこなかったはずの"結界"という単語である。
特に「牢獄、結界、監禁」という並びは、結界に閉じ込められて監禁されていたことを連想させる。
そしてリオが何か知っているのかと問いかけようとした時、その子供はリオに焦点を合わせ言った。
「『もう…大丈夫、ボクが、みんな殺して…あげる、から』」
そう言い終わると、その子供は崩れ落ちた。
リオは慌ててそれを支え、意識を失ったようなのでゆっくりと地面に寝かせた。
(それは…ボクがあの時言った言葉…。なんでこの子が?)
リオが計画の最終段階まで生き残った2人に言った言葉を、思い出すように口にした子供。
あの場にいて生き残っている子供はリオだけであるし、その言葉を聞いた者といえばあの2人以外にいるはずがない。
なのになぜ知っているのか。
リオが接近に気付けないほどの隠密能力も含め、目を覚ますまで待って問い詰めたいと思った。
しかし、リオにはそんな時間はない。
村の調査や寝床の捜索、食料の確保などやらなければならないことがたくさんあるのだ。
数秒ほど悩んだ末、リオはその子供と未だ気絶したままの女を奥にあったベッドに寝かせ、小屋を出た。
その後はというと、リオは小屋の中の母子を気絶させたことの責任を取るということで不審者や野生の熊などへの警戒も兼ねて、小屋の近くの木に登って村の方を眺めていた。
結局、日が暮れるまでに小屋に近づく人影も大型の動物もいなかった。
そして小屋の中が明るくなったのを確認すると、リオは静かにその場を離れた。
(さて、これでようやく潜入して調べられるわけだけど……もしあの子と同じくらいの隠密能力のある敵がいるとしたら、なかなか難しいかもしれないね。…ん、あの子って誰のことだっけ?)
リオの記憶から、小屋の中で出会った子供についてのことが消えつつあった。
(…なんだろうね、この感覚。頭の中から何かが抜かれたような気がするのに、それを違和感なく受け入れてしまいそうな自分がいる……いや、当然そうであるべきだと思い込まされているのかな?)
自分でも察知できないレベルの隠密能力を持つ相手が複数いるかもしれないという恐怖が、リオの中からその子供の記憶が完全に消えるのを妨げていた。
しかしそれでも、どこで出会ったのかすらもはや思い出せない程度まで忘れてしまっていた。
(とりあえず、十二分に警戒をして慎重に行動しなきゃいけない、それだけに気をつけて行こうか)
リオは違和感なく抜け落ちた記憶について考えることをやめ、村の調査に踏み出した。
結論から言ってしまえば、クリシュエと『擬似勇者育成計画』とは無関係だった。
まず村の家々から明かりが漏れている間は村の周辺を捜索し、やがてその明かりも消えて寝静まった頃になると村の中に入って、さらには家の中にも入って調べて行ったのだが、地下への入り口のようなものも関係ありそうな資料などの物的証拠も見当たらなかった。
時間制限がある上、住民にばれないように行った捜索ではあったが、それでも小さな村を隈無く調べるのは何も問題なかった。
(何も怪しいものはなかったわけだけど…それじゃあ何故クリシュエが知られていないのか、他に何も理由が思いつかないんだよね…)
調査を終えてどこで寝ようか迷っていたリオは、先まで村の監視に使っていた木に向かっていた。
魔法を使用していたとはいえ村人はリオの方を見ることすらしなかったので、あの場所ならばおそらく見つからないだろうというのが理由だ。
小屋の中の人物にはリオの存在はばれてしまっているし、ならばわざわざその人物から隠れる必要もないだろうというのもある。
だがそのどちらもリオの自身に対する言い訳だ。
では本当の理由はというと、久しぶりに家の中に入ったことで人恋しくなっていたのだ。
そしてリオは再び木に登ると、どうせ行商人を探す必要もないのだからと次に向かう村を今回選ばなかったラヴィルに定めて目を閉じた。
その時、一瞬だけ最後に残った2人の最期の姿を思い出して、静かに涙を流して呟いた。
「ボクが、必ず、みんな殺すから。みんなの分まで、ちゃんと殺すから、ね……」




