第15章 雨の向こう側
刑事からの連絡は、三日間なかった。
セリナは気にしていなかった。
少なくとも、気にしていないつもりだった。
いつもなら、用件だけを告げる短い電話が入る。必要な情報を伝え、余計なことを聞かれそうになると切る。そういう男だった。
その男が三日間、沈黙している。
忙しいのだろう。
店主が殺されたのだから、警察の仕事は増えているはずだった。
セリナはそう考え、机に向かった。
銀花の写真を並べていた。
古い写真に写る二挺。現在の銀花。そして、断片的に送られてくる金花の写真。
彼女は写真を一枚ずつ比較した。
王冠の形。獅子の顔。薔薇の棘。
どれも似ている。
しかし、同じではない。
「誰が彫ったのかしらね」
セリナは写真を裏返した。
答えはなかった。
*
四日目の夕方、刑事から電話があった。
「今、どこにいる」
挨拶もなかった。
「家よ」
「一人か」
「ええ」
「窓の外を見てみろ」
セリナは椅子から立ち上がった。
カーテンを少し開ける。
向かいの道路に、黒い車が停まっていた。特別な車には見えない。運転席に人影があるが、顔まではわからなかった。
「見えたわ」
「近づくな」
「誰なの?」
「わからん」
「わからないのに、私に電話してきたの?」
「わからないから電話したんだ」
セリナはカーテンを閉じた。
「店主の件?」
「それもある」
「それも?」
電話の向こうで、紙をめくる音がした。
「店主の死亡推定時刻と、俺たちが把握しているお前の行動を照合している」
「私を疑っているのね」
「俺が疑っているかどうかと、警察が何を調べるかは別の話だ」
「便利な言い方ね」
「前にも言ったな、それ」
セリナは笑った。
刑事は笑わなかった。
「お前、最近、誰かに会ったか」
「いろいろな人にね」
「ふざけるな」
声が少し強くなった。
セリナは黙った。
「……悪い」
刑事はすぐに言った。
その一言が、かえって不自然だった。
「あなた、何かあったの?」
「何もない」
「嘘ね」
返事がなかった。
「あなた、嘘をつくときに目をそらさない人でしょう」
「電話だぞ。どこを見ていると思う」
「そういうところよ」
刑事は小さく息を吐いた。
「セリナ。金花のことは忘れろ」
彼女は窓を見た。
カーテンの隙間から、道路の黒い車が見えた。
「どうして、みんな私に忘れろと言うの?」
「みんな?」
「あなたも。あの店の主人も、ほかの連中も。何かを知っているような顔をして、肝心なことは誰も言わない」
「知っていることと、話せることは違う」
「では、あなたは何を知っているの?」
長い沈黙があった。
「……一つだけ言っておく」
刑事の声が低くなった。
「金花を探している人間がいる。そいつらは、金花を手に入れることだけが目的じゃないかもしれない」
「何が目的なの?」
「わからん」
「あなたも?」
「ああ」
セリナは机の上の写真を見た。
黄金の銃。
棘のある薔薇。
二頭の獅子。
「それなら、私と同じね」
「お前は違う」
「何が?」
「お前は、わからないものをわかろうとする前に、手に入れようとする」
セリナは答えなかった。
刑事の言葉は、彼女が自分自身に対して使ったことのない言葉だった。
「……気をつけろ」
電話は切れた。
*
翌日、セリナは古い銃雑誌店の近くを歩いていた。
店はまだ閉まっていた。
規制線は撤去されていたが、入口には封印の跡が残っている。看板は雨に濡れ、以前よりも色あせて見えた。
彼女は立ち止まった。
店主は、金花を見つけたのだろうか。
それとも、金花を見つけたと思い込まされていたのだろうか。
彼女にはわからない。
ただ、あの男が最後に何を見たのか、それだけが気になった。
「お嬢さん」
背後から声がした。
振り返ると、黒いコートの男が立っていた。
以前、地下鉄の入口で会った男だった。
「またあなた?」
「覚えていてくれたか」
「忘れにくい人だったから」
男は微笑んだ。
「店主が亡くなった」
「知っているわ」
「残念だ」
「あなたは、あの人と親しかったの?」
「親しいというほどではない。ただ、何度か話をした」
「金花について?」
男は答えなかった。
セリナは、その沈黙に苛立ちを覚えた。
「あなたたちは、どうして質問に答えないの?」
「答えれば、満足するのかね」
「少なくとも、今よりは」
「そうかな」
男は店の看板を見上げた。
「人は答えを求めているようで、実際には、自分が望む答えを恐れていることがある」
「哲学の話なら、ほかでやって」
「失礼」
男は頭を下げた。
「一つだけ忠告しておこう。警察の人間を、あまり信用しないことだ」
セリナの表情が変わった。
「どうして?」
「彼らは、真実を見つけるために動く。だが、真実が誰を救うかまでは考えない」
「あなたは考えるの?」
「私は、誰も救えない」
男は静かに言った。
「だから、誰も救うと約束しない」
その言葉を残し、男は歩き去った。
セリナは追わなかった。
男の背中が人混みに消えるまで、彼女はその場に立っていた。
*
夜。
セリナは刑事に電話をかけた。
呼び出し音が続いた。
一回。
二回。
三回。
留守番電話に切り替わった。
「……私よ」
自分でも驚くほど、平坦な声だった。
「話したいことがあるの。あなたが言っていたことについて」
そこで言葉を切った。
何を話すつもりだったのか、わからなかった。
金花のこと。
店主のこと。
黒いコートの男のこと。
あるいは、自分が何を求めているのかということ。
「また電話するわ」
通話を終えた。
机の上には銀花が二挺並んでいた。
セリナは片方を手に取り、刻印を眺めた。
王冠の先端が一つ欠けている。
いつから欠けていたのか、彼女は知っている。
それでも、ときどき考えてしまう。
本当に、最初からそうだったのだろうか。
彼女は銃を置いた。
窓の外で、車のエンジン音がした。
カーテンを開けたときには、道路に車はなかった。
セリナはしばらく外を見ていた。
それから、カーテンを閉めた。
部屋は静かだった。
銀花は、机の上で銀色に輝いていた。




