第13章 写真の裏側
印刷された写真は、思っていたよりも粗かった。
セリナは机の上に二枚の写真を並べた。
一枚は、古い資料に残されていた黄金銃。
もう一枚は、見知らぬ番号から送られてきた、現代の黄金銃。
同じ銃に見える。
だが、断言はできなかった。
古い写真では、スライドの彫刻が潰れている。現代の写真では、光の反射が細部を隠している。グリップの形状も、製造時のものなのか、後から交換されたものなのか判断できない。
セリナはルーペを取り出した。
「実物なら、こんな苦労はしないのに」
言ってから、彼女は手を止めた。
まただ。
最近、この言葉を何度口にしただろう。
彼女は写真を伏せ、銀花を取り出した。
右の一挺。左の一挺。
銀色の表面に、朝の光が滑っていく。
「あなたたちは、写真でも十分きれいなのにね」
銀花を元の場所に戻す。
それから、伏せた写真をもう一度表に返した。
*
手掛かりは、写真の裏側にあった。
正確には、写真の裏側に書かれた文字ではない。
画像データの隅に、小さな白い反射が写り込んでいたのだ。
セリナは、現代の写真を拡大した。
黒い布の上に置かれた金花。その背後には、木製の箱がある。箱の蓋には王冠と二頭のライオン。
そのさらに奥に、細い金属の縁が見えていた。
何かの額縁だろうか。
鏡かもしれない。
セリナは画像の明るさを変えた。
反射の中に、文字らしきものが浮かび上がった。
アルファベットが数文字。
その後に、数字。
「……住所?」
彼女はノートに書き写した。
文字列だけでは、何を意味するのかわからない。地名なのか、古い管理番号なのか、単なる製品番号なのか。
いくつかの検索を試したが、確かな結果は得られなかった。
それでも、ひとつだけ見つかった。
ヨーロッパの古い銃器収集家が残した、短い投稿だった。
投稿には、同じ文字列が記されていた。
その下に、英語で一文。
Some things are not lost. They are waiting.
失われたのではない。
待っているのだ。
セリナは椅子に深く座り直した。
「大げさね」
だが、投稿者の名前を確認すると、彼女は姿勢を正した。
投稿者は数年前から活動していない。
最後の投稿は、ある銃器コレクションの写真だった。
その中に、黄金銃が写っていた。
セリナは画面を見つめた。
写真の撮影場所は明記されていない。
ただ、投稿のコメント欄に、ひとつだけ短い返信が残っていた。
「彼は、まだ探しているのか?」
投稿者からの返事はなかった。
*
セリナは、その日の午後、古い銃器雑誌の店を再訪した。
店主は彼女を見るなり、ため息をついた。
「今度は何を見つけたのですか」
「あなたが知っていそうなもの」
「それは、たいてい面倒なものです」
彼女はノートを開き、文字列を見せた。
店主は目を細めた。
「これは……」
「心当たりがあるの?」
「管理番号に見えます。ただし、一般的な銃器の製造番号ではありません」
「何の番号?」
「古いコレクションの目録か、保管施設の記録か。あるいは、単なる個人用の符号かもしれない」
「どこで使われていたの?」
店主はノートを返した。
「それを調べるには、もう少し情報が必要です」
セリナは彼を見た。
「あなた、知っていることを少しずつ出すのが趣味なの?」
「知っていることが少ないだけです」
「それにしては、いつも何かを隠しているように見えるわ」
店主は笑わなかった。
「隠している人間は、たいてい、もっと上手に隠します」
その言葉は、妙にもっともらしかった。
セリナはノートを閉じた。
「わかったわ。別の人に聞いてみる」
「そうしてください」
店を出ようとしたとき、店主が彼女を呼び止めた。
「セリナさん」
彼が彼女の名前を呼ぶのは、初めてだった。
セリナは振り返った。
「何?」
「金花を探すのは、やめておいたほうがいいかもしれません」
彼女は目を細めた。
「どうして?」
店主はしばらく黙っていた。
「探している人間が、あなた以外にもいるからです」
「それは、もう知っているわ」
「その人たちが、何をする人間なのかは?」
「知らない」
「なら、知らないままでいるほうが安全です」
セリナは、少しだけ笑った。
「私、銃を持っているのよ」
「知っています」
「銃を持っている人間が、いつも安全なわけではありません」
「それも知っているわ」
セリナはドアを開けた。
「忠告はありがとう。でも、私は自分で決める」
店主は、それ以上何も言わなかった。
*
帰り道、セリナは誰かに見られているような気がした。
振り返っても、特に変わったものはない。
通行人。車。店の窓に映る自分の姿。
気のせいだろう。
彼女は歩き続けた。
地下鉄の入口に差しかかったとき、背後から声がした。
「セリナさん」
彼女は振り向いた。
男が立っていた。
年齢は四十代くらい。濃い色のコート。手袋。表情の薄い顔。
見覚えはなかった。
「どちら様?」
「あなたが探している銃について、お話があります」
セリナは男の手元を見た。
何も持っていない。
「誰から聞いたの?」
「それを説明する前に、ひとつ確認したい」
男は彼女の目を見た。
「銀色のハイパワーを、二挺持っているそうですね」
セリナは答えなかった。
男は続けた。
「その二挺を、今も手放すつもりはありませんか?」
「あなたに関係ある?」
「あります」
「どうして?」
男は少しだけ視線を落とした。
「その銃を探している人間がいるからです」
「金花を?」
「いいえ」
セリナは、わずかに眉を上げた。
男は言った。
「あなたの銀花をです」
周囲の音が、一瞬だけ遠くなった気がした。
セリナは男の顔を見つめた。
「……何のために?」
「それを、私が知りたいのです」
「あなたも探している人間?」
「そうです」
「なら、話は簡単ね。私は売らない。譲らない。見せる必要もない」
男はうなずいた。
「そうおっしゃると思いました」
「なら、なぜ聞いたの?」
「あなたが、金花を探しているからです」
セリナは黙った。
男は、彼女の反応を待っていた。
やがて、彼はコートの内ポケットから名刺を取り出した。
名前と連絡先だけが印刷されている。会社名も肩書きもない。
「もし、実物を見る機会があれば、連絡してください」
セリナは名刺を受け取らなかった。
「私は、あなたを信用していないわ」
「それで結構です」
男は名刺を近くのベンチに置いた。
「信用する必要はありません。ただ、覚えておいてください。金花を探している人間は、金花だけを探しているとは限らない」
男はそれだけ言うと、歩き去った。
セリナはしばらく、その背中を見送っていた。
そして、ベンチの名刺を拾った。
*
帰宅後、セリナは銀花を机に並べた。
二挺とも、いつもと変わらない。
銀色のスライド。金色の引き金と撃鉄。琥珀色のグリップ。
彼女は名刺を見た。
名前は、ありふれたものだった。
検索しても、目立った情報は出てこない。
会社も、所属も、過去の記録も見つからなかった。
男は本当に何者なのだろう。
金花を探している人間。
銀花を探している人間。
そして、彼女自身。
三者の目的が、同じとは限らない。
セリナは名刺を裏返した。
裏には、手書きの文字があった。
短い一文。
「王を狩る者は、最初に銃を選ばない」
彼女はその文字を見つめた。
何を意味しているのか、わからない。
ただ、ひとつだけ気づいた。
男は金花のことを話しに来たのに、銀花について尋ねた。
彼女が金花を探していることを知っていた。
それなのに、銀花を手放すつもりがあるかと聞いた。
セリナは、二挺の銃を見た。
「……あなたたち、何なの?」
答えはない。
彼女は名刺を机の引き出しにしまった。
そして、銀花をいつもより丁寧に拭いた。
その夜、彼女は金花の写真を開かなかった。
代わりに、名刺に書かれた一文を、何度も思い返していた。
王を狩る者は、最初に銃を選ばない。
それは、銃のことではないのかもしれなかった。




