第12章 王を狩る者
返事は、三日後に届いた。
セリナが問い合わせを送った収集家からではない。
見知らぬ番号からだった。
メッセージには、短い文章と、PDFファイルがひとつ添付されていた。
「あなたが探しているものについて、少しだけお話しできます」
セリナは文章を読み、送信者の番号を確認した。
例の番号だった。
金花の写真を送りつけてきた、あの相手。
彼女はすぐに返信した。
「名前を教えて」
既読。
返事はなかった。
「あなたは誰?」
既読。
やはり、返事はなかった。
セリナは舌打ちした。
「会話のできない人ね」
それでも、添付ファイルは開いた。
*
PDFは、古い新聞記事を複写したものだった。
紙面の端が欠け、印刷はかすれている。記事の日付は判読できなかったが、写っている人物の服装と紙面のデザインから、かなり古いものだとわかる。
見出しは、英語だった。
THE KING HUNTER
王を狩る者。
セリナは眉を上げた。
記事は、ある武器収集家の死について報じていた。
男は北アフリカのどこかで死亡したとされる。現地の権力者に接近し、金色の拳銃を見せたあと、消息を絶ったという。
ただし、記事の記述は曖昧だった。
死亡が確認されたのか。
遺体が発見されたのか。
それとも、単に行方不明になっただけなのか。
どれもはっきりしない。
本文には、奇妙な証言が引用されていた。
「彼は王を殺すために来たのではない。王が殺されるところを見届けるために来たのだ」
セリナはその一文を読み返した。
意味がわからなかった。
記事の最後には、別の証言が記されていた。
「黄金の銃を持つ者は、王の近くに立つことができる。しかし、王を殺せるのは、同じ黄金の銃を持つ者だけだ」
彼女は画面を閉じた。
「……おとぎ話?」
古い新聞記事には、事実と噂が混じる。
特に、政治的な事件や権力者の周辺では、奇妙な逸話が生まれやすい。誰かが誇張し、別の誰かが書き写し、やがて元の出来事がわからなくなる。
それだけのことだ。
セリナは、そう考えた。
だが、記事の見出しは気になった。
王を狩る者。
人間を殺す者なら、暗殺者と呼べばいい。
王を狩る者という呼び方には、殺す相手が人間ではなく、ひとつの身分や役割であるかのような響きがあった。
彼女はPDFを保存した。
保存したことに、特別な意味はない。
必要な資料だからだ。
そう自分に説明した。
*
翌日、セリナは古い銃器雑誌を扱う店を訪れた。
店主は、彼女が持参した記事のコピーを見て、露骨に嫌そうな顔をした。
「どこでこれを?」
「質問に答えてくれたら、教えるわ」
「答えられないかもしれませんよ」
「それでもいいわ」
店主は記事を机に置き、眼鏡を外した。
「これは、昔から収集家の間で出回っている話です。ただ、出所がはっきりしない」
「王を狩る者?」
「そう呼ばれていた人物がいた、という話ですね。名前は資料によって違います。国籍も違う。ある記録では元軍人、別の記録では商人、さらに別の記録では、そもそも実在した人物ではないことになっている」
「便利な人物ね」
「ええ。歴史の空白を埋めるには便利です」
店主は、別の資料を取り出した。
それは、金色の拳銃を撮影した写真だった。
写真の下には、手書きの説明がある。
――リビア、個人コレクション。
セリナは写真を見つめた。
「カダフィ大佐?」
店主はうなずいた。
「カダフィ大佐と金色のブローニング・ハイパワーにまつわる話は、実際に知られています。ただし、写真に写った銃の来歴や、伝説の二挺と同一のものかどうかは別の問題です」
「つまり、この銃が金花だという証拠はない」
「ありません」
「では、なぜ見せたの?」
店主は写真を指で押さえた。
「あなたが探しているものが、どんな形で現実に存在し得るのか。それを考える材料にはなるでしょう」
セリナは写真を手に取った。
金色の銃。
装飾されたスライド。
華美な仕上げ。
権力者の持ち物として、いかにもふさわしい。
だが、彼女が気になったのは、銃そのものよりも、写真に添えられた説明文だった。
「王の銃は、王のために作られる」
その下に、別の筆跡で書き加えられていた。
「王を狩る者の銃は、王と同じ者のために作られる」
セリナは顔を上げた。
「どういう意味?」
店主は首を振った。
「私にもわかりません」
「あなた、さっきからわからないことばかりね」
「古い銃の資料を扱っていると、そういうものです」
「じゃあ、これは?」
セリナは説明文を指した。
「王と同じ者って、誰のこと?」
店主は少し考えた。
「王を殺せるのは、王と同じものを持つ者だけ。そういう言い伝えがあるのだとすれば、王と同じものを持つ者とは、王と同じ力を持つ者なのかもしれません」
「銃の話をしているのよ」
「ええ。ですから、銃の話として考えるなら、同じ銃を持つ者という意味でしょう」
セリナは黙った。
同じ黄金銃。
二挺の金花。
王を殺せる者。
そして、所有者の名前が残らない銃。
「……馬鹿馬鹿しい」
彼女は写真を返した。
だが、店を出るとき、カダフィ大佐の写真をもう一度だけ振り返った。
*
帰宅すると、セリナは銀花を取り出した。
二挺を机の上に並べる。
右の銃。左の銃。
枯れた薔薇と、咲いた薔薇。
翼のない天使と、翼のある天使。
彼女は、金花の写真をスマートフォンに表示した。
銀花と金花。
どちらもブローニング・ハイパワー。
どちらも、通常の量産品とは違う意匠を持つ。
だが、同じなのはそれだけではない。
彫刻の構図。
王冠の欠け。
対になった図柄。
それらは、偶然で説明できるかもしれない。
職人が同じ意匠を使っただけかもしれない。
後世の誰かが、銀花を見て金花の伝説を作ったのかもしれない。
どれも可能性としては成立する。
セリナは、そう考えた。
そして、ひとつだけ認めた。
金花の実物を見たい。
伝説の真偽を確かめたいからではない。
歴史を解明したいからでもない。
あの彫刻を、自分の目で見たい。
金属の表面に触れたい。
どれほどの重さがあるのか、知りたい。
その願いは、もう謎とは関係がなかった。
彼女はスマートフォンを置き、銀花を見つめた。
「あなたたちのほうが、きれいよ」
いつもの言葉だった。
けれど、今夜は少しだけ違って聞こえた。
*
午前零時を過ぎたころ、スマートフォンが震えた。
例の番号からだった。
メッセージは、たった一行。
「王を狩る者は、あなたが金花を欲しがっていることを知っています」
セリナは画面を見た。
すぐに返信した。
「その人は、今どこにいるの?」
既読。
返事が来るまで、彼女は動かなかった。
一分。
二分。
五分。
やがて、画面に新しい文章が現れた。
「あなたの知らない場所です」
セリナは深く息を吐いた。
「本当に、会話のできない人ね」
彼女はスマートフォンを机に置いた。
そのとき、銀花のスライドに、窓の外の街灯が映った。
一瞬だけ、金色に見えた。
セリナは目を細めた。
光が動く。
銀色に戻る。
彼女は銃を手に取り、角度を変えた。
銀色だった。
当然だ。
照明の反射に決まっている。
彼女は銃を置いた。
それから、スマートフォンをもう一度手に取った。
画面には、最後のメッセージが残っていた。
「あなたの知らない場所です」
セリナは、返信欄に文字を打ち込んだ。
「なら、教えてあげるわ。私は探すのが得意なの」
送信。
今度は、既読がつかなかった。
セリナは画面を見つめたあと、静かに笑った。
翌朝、彼女は金花の写真を印刷するため、街へ出た。
その写真を、銀花の隣に置いておくつもりだった。
ただ、比較するために。
それだけだった。
少なくとも、彼女はそう考えていた。




