海の避難
2011年3月11日14時52分頃、私は息を切らしながらも走り、ある所に向かっていた。
私はそこに着いた瞬間インターホンを強く押し、荒い呼吸のままこう言った。
「健三さん、大丈夫ですか?家、入りますね。」
そうして健三さんの返答を待たずに家に入っていった。健三さんとは、星のおじいちゃんのことで、もう高校生にもなる私が「星のおじいちゃん」と言うにはいかず最近はそう呼んでいるのだ。
ガチャっと玄関のドアを開き、慌てて居間に行くと健三さんがぶつぶつと考え事をしていた。
「健三さん、何してるんですか?津波が来るかもしれないので避難しますよ。」
「おぉ!海ちゃんじゃないか。どうしたんじゃ?」
「どうした?じゃないですよ!津波が来るかもしれないんです。避難しますよ。」
「わしは……、いいや。ここに残るとするよ。」
「駄目ですよ。弟子の蜜柑の為にもお願いします。」
「……わかった、逃げよう。」
実は3年ほど前に星が蜜柑に祖父が地学・生物学者であることを伝えたら、蜜柑が「弟子になりたい」と食い気味に言って、毎日通うようになり、今では健三さんの愛弟子となっているのだ。
健三さんを連れて家を出ると町の人達が高いビルなどに逃げ込もうとしていた。
私もあとに続こうとしたが健三さんがそれを引き止めて、こう言った。
「津波や高潮のときは人工物に頼らない方がよい。こういったときは山に登る方が安全じゃ。」
私はその言葉を信用して先に走り出した健三さんのあとを追いかけた。
2011年3月11日14時58分頃、後ろを振り返るとさっきまでいた健三さんの家や私達の町が津波にのまれていた。
(少し避難が遅かったら……。)
そんなことが頭によぎり震災の怖さを肌で実感した。不幸中の幸いか津波は私達がいる高さまでは到達しなかった。
やっとの思いで山を登頂し、町を見ると津波の第2波が町に襲いかかっているところだった。
ホっとしたのもつかの間、安心していると突然また地面が揺れ始めた。しかも津波の第2波は私達がいる高さまで到達しそうだった。
揺れで体が思ったように進まなかったが、必死になって上へ進んだ。
必死に進んだが津波が真後ろまで迫っていた。
(もう駄目だ。)
ザーザザザーザー、ザバッ。




